第517話 敵船追跡

統一歴九十九年五月七日、午前 ‐ アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



「もっと急げ!!このままじゃ、間に合わないかもしれないぞ!!」


 アルトリウシア軍団レギオンのセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスを名乗る人物からの手紙を読んだ『勇者団ブレーブス』のリーダー、ティフ・ブルーボールはその場にいた動ける仲間たちを三人を引き連れ、木々が密集する森の中を馬に乗って風のように疾走する。


 ゲーマーの血を引く聖貴族は寿命が長い。そして、その分普通の人間よりも成長が遅い。それはつまり成長期が長いことを意味した。技術や知識を習得しやすい成長期が数十年も続く彼らは、一度打ち込んだ事に関しては一般人なんか及びもつかないほどのレベルで習熟する。特にハーフエルフたちは見た目は少年そのものであるにもかかわらず乗馬歴は半世紀を超え、しかもその間ずっと少年で居続けたのである。その乗馬技術はおおよそ普通の人間が到達できないレベルに達しており、ケンタウロスとすら互角に渡り合えるほどだった。

 まさに人馬一体といった様子で、目の前に現れる障害物をものともせずに駆け抜ける。その速度は馬の限界に達しており、馬はまるで何も乗せていない状態で肉食獣から必死で逃げているかのような勢いだ。

 しかし、背中に身軽な少年とは言え、人間を乗せているのである。体力はとっくに限界に達していて、中には口から泡を吹き始めている馬もいた。


「無茶だぁティフ!

 馬が、馬が死んじまう!!」


「スマッグ!馬に魔法をかけろ!!

 クイック・ムーブか、ウィンド・ウォークだ!!」


 馬の限界を察したペトミー・フーマンが警告すると、先頭を走るティフは振り返って最後尾で脱落しそうになりながら必死で付いてくるヒトのエンチャンター、ヘンリー・スマッグ・トムボーイに向かって叫んだ。


 一行の中で唯一のヒトである彼はゲーマーの血を引いているとはいえハーフエルフほどの寿命は無く、当然乗馬歴も長くはない。一般人に比べればかなり高度な乗馬技術を持ってはいるが、一行の中では一番乗馬技術に劣っていた上に、ハーフエルフたちよりも肉体の成長は進んでいるために体重もあり、どうしても遅くなってしまう。

 実際、彼の馬が一番バテており、もう口から泡を吹きながら死に物狂いで走っていた。


「分かりっましたっ!!…クイック・ムーブ!!ウインド・ウォーク!!」


 ポーションの調合をしていたところをいきなり連れ出されたスマッグは未だに事情がよく呑み込めていなかったが、とにかく命じられた通りにハーフエルフたちに追従し、そして魔法をかけた。スマッグは『勇者団』唯一のエンチャンターだけあって、対象を強化したり弱体化したりする付与魔法が得意だ。中には『勇者団』では彼にしか使えない魔法もある。対象の俊敏性を強化するクイック・ムーブもその一つだった。

 スマッグは自分の乗っている馬に魔法をかけて加速させると、自分の前を走っているペイトウィン・ホエールキングの馬に追いついて同じように魔法をかける。


「おお、すまん、スマッグ!」


「いえっ、それにしても、なんで、こんなに、急いで、いるのですか!?」


 ペイトウィンはハーフエルフの中では乗馬が得意ではなかった。魔法が強ければ、他はどうとでもなる…そう思って魔法の修行に打ち込み過ぎた弊害だった。


「メークミーだ!

 メークミーが今日、サウマンディウムへ、送られちまう!

 それも、船でだ!!」


「何ですって!?」


「お前ら!遅れてるんだから、無駄口叩くな!!

 もっと急げ!!」


 後ろの二人が無駄話を始めている事に気付いたティフが先頭から叫ぶ。実際、魔法で馬を強化したのに彼らはティフどころか、その後ろを走っているペトミーにすら追いつけないでいた。


「ええい、クソ!

 スマッグ!話はあとだ!!」


「わかりました!!」


 彼らが走っているのは道ではない。しいて言うなら獣道のような、到底道とは呼べない木と木の隙間に過ぎなかった。そんなところを全力疾走させているのだから、馬は異常に体力を消耗しており、せっかくの強化魔法の効果も殆ど意味をなしていないかのように馬たちはへばっていく。

 だが、馬たちには幸いなことに、その悪夢のような疾走はほどなく終わりを告げた。

 一行は森が開け、平坦な場所へ出る。そこはかつて農地だった場所だ。馬にとっては尤も馴染みのある草原に近い場所だった。

 ティフはそこから馬首を北西へ向けさせるとそのままの速度で馬を走らせ続ける。だが、複雑な地形の森の中に比べれば、馬にとってはだいぶ楽ではあった。

 ティフはやがてアルビオン湾を見下ろせる高台にたどり着いた。


 アルビオン湾は巨大なクレーター状の地形をしている。実際、湾自体が遥かな昔に大魔法を行使された結果できた地形だった。丸に近い海面の周囲を高い土塁のような丘が丸く取り囲んでいる。ティフが立っているのはその丘の上だった。そこからはアルビオン湾全体を見渡すことができる。


「みつけたぞ、アイツか!?」


 ペトミーが報告していたように、湾内には帆船が停泊していた。二隻が船着き場の桟橋に係留されており、二隻が少し離れたところに錨泊している。そして一隻が、湾口めざしてゆっくりと北上していた。


 今日、サウマンディウムへ向かう船…おそらくアレに違いない。


「どうだ、それらしい船はいたか?」


「ああ、アレだ。」


 ようやく追いついてきたペトミーにティフは船を指さして答えた。


「ああ、何だ、もう出航してんじゃないか!!」


 ペトミーは息を切らせながら嘆くように言った。ペトミーの馬ももうフラフラしていて今にも倒れそうだ。

 そこへ遅れてペイトウィンとスマッグが追い付くと、先ほどのペトミーと同様に船を見つけて嘆いた。


「何だよ!もう出ちまったのか!?」

「あの船、アレがいったいどうしたのです!?」

「アレにメークミーが乗せられてるんだ!」

「そんな!…海を渡られたら助けられないじゃないですか!?」

「渡られなくてももう無理だ。こっからじゃ魔法も届かない。

 ここからでも届くような大魔法じゃ、中のメークミーも死んじまう。」

「フーマン様のモンスターであの船どうにかできないのですか?」

「無理言わないでくれ、攻撃力の強いモンスターを使役するためには結構な魔力が必要なんだ。

 あの船にダメージを与えられるようなモンスターはいるけど、足止めくらいしかできない。沈める前に俺の魔力が尽きちまう。」

「足止めでもしないよりはいいじゃないですか!

 船足を止めればメークミーを助けられますよ!?」

「俺たちより敵の船の方が近い。

 仮にここであの船を足止めしても、敵の他の船が先に助けちまうさ。」

「ペトミー、天馬ペガサスかグリフォン持ってたよな?

 あれなら船に乗り込めるんじゃないか?」

「そうですよ!俺たちで船に乗り込んで、メークミーを助けましょう!」

「乗り込むことはできるが、メークミーを助けた後で帰ってこれる自信は無いぞ?

 ペガサスもグリフォンも空を飛べるが、重たいモノを運ぼうとすると魔力をバカ食いするんだ。

 俺たち四人で乗り込んで、帰りはそこにメークミーを加えた五人で逃げるんだ。俺たち四人にメークミーとメークミーの重たい装備…逃げきる前に魔力が尽きちまうよ。

 マナ・ポーション使っていいか?」


 ジッと湾内を航行する船を睨んだまま三人の話を黙って聞いていたティフが突然口を開いた。


「いや、マナ・ポーションは無しだ。」


「そんな!メークミーを助けるためですよ!?」

「そうだティフ!こんな時くらいマナ・ポーション使ったっていいだろ!?」


 スマッグとペイトウィンが抗議するとティフは穏やかに振り返り、手をかざして二人を鎮めた。


「大丈夫だ。マナ・ポーションを使わなくてもなんとかなる。」


「おお、ティフ!何か思いついたのか!?」

「どうやって!?」


「あそこだ」


 ペイトウィンとペトミーの期待に応えるようにティフは湾口を指さした。


「ここから船でサウマンディウムへ行くにはどうしたってあの狭い湾口を通り抜けにゃならん。

 あの湾口の岬の上からなら、魔法も届くだろ?」

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