第124話 奴隷引き渡し
統一歴九十九年四月十四日、午前 - 陣営本部/アルトリウシア
結局リュウイチはクィントゥスから警護隊長就任の挨拶と贈り物を受け取ったものの何一つ祝いの品もお返しもすることができず、かといってこのままオツカレサマデシタと追い返すのも失礼であろうし・・・と、少々気まずい思いをしていた。
せめて何がしか言葉を交わすのが社会人としてあるべき姿だろう。
『しかし、
「え・・・ええ、ありがとうございます。
まあ、たしかに私の歳では少し早いかもしれません。」
『?
あれ・・・以前は
「はい、そうです・・が、何か?」
『今は、
「ええ、はい、おかげさまで。」
あれ・・・百人隊って今の軍隊の小隊だよな?
『百人隊と大隊の間に
「ええ、ありますが・・・?」
『えっと、普通は百人隊長から
てっきり、
二人の会話はどこか噛み合っていなかったのだが、ここにきてクィントゥスはようやく話がかみ合わない理由を理解した。
「ああ!
えっと、それはですね・・・中隊長というポストが固定してる
先月はこっちの百人隊、今月はこっちの百人隊って感じで三か月か半年ごとに指揮する隊が替わって行ったり、どの隊も指揮しない時期があったり・・・
で、中隊は二つか、
クィントゥスは今日ここへきて初めて顔を
『・・・そうなんですか?
じゃあ、別に一段飛ばして出世したとかいうわけではなかったんですか?』
「ええ、出世の段階としては順当です。
私自身も何度か中隊の指揮を執った事がありますし・・・
ただ、通常は私より四、五歳くらい上にならないと大隊長にはなれないので、大出世ではあるんですが。」
また何か失敗してしまったような気になっていたリュウイチだったが、クィントゥスの方は気にしてない・・・というか、小さな誤解が一つ解けた事でコミュニケーションを一つとる事が出来たというような、ささやかな満足感を得て
『じゃあ、大隊長も輪番になってるんですか?』
「そうですね。
百人隊長みたいに率いる隊を替わっていく事は無いですが、大隊が二個以上で軍団から離れて行動する時の指揮官、
ただ、第一大隊と一緒に行動する時は
ちなみに筆頭百人隊長とは第一大隊の大隊長を指す称号で、
この辺の感覚は高校野球や中学生野球の公式試合で負けが確定したチームがレギュラー以外の三年生を打席に立たせるようなものだ。もっとも、
『じゃあ、警護隊長が輪番でクィントゥスさん以外の人になるってことは・・・』
「それは無いのでご安心ください。
まあ、五年や十年といった長期になればまたわかりませんが。」
『しかし、部隊の指揮官がそんなにしょっちゅう入れ替わって大丈夫なんですか?』
「?ええ、そうですね。
百人隊長が輪番で指揮する部隊を頻繁に替わることで、指揮官と部隊の質を平均化することができるのです。
部隊ごとに得手不得手や癖があったら作戦が立てにくいので、部隊の戦力はなるべく平均化した方が都合が良い。そのために百人隊長を定期的に入れ替えるのは有効な手段の一つです。
それに、百人隊長というのは一番死亡率の高いポジションですから、普段から常に入れ替えてあれば、誰かが死んでも直ぐに他の百人隊長が部隊を引き継げます。
少なくとも我々はデメリットよりメリットの方が多いと考えています。」
人の上に立って指揮監督するには部下との信頼関係を築かなきゃダメだろうに、短期間ですぐ異動するんじゃ部下との信頼関係構築とか大変なんじゃないか?と思ったがそうでもないらしい。
他にもレーマ軍にはリュウイチが知ってるような軍隊とは違った仕組みがあるようで、リュウイチの質問にクィントゥスが答える形で会話が進んだ。
二人が二杯目の香茶を丁度飲み干した頃に戸がノックされ、失礼しますと兵士が一人入って来るとクィントゥスに何事か耳打ちした。
「リュウイチ様、それではお約束の奴隷が来たようですが、いかがいたしましょうか?」
『ああ、えっと・・・どうしたらいいですかね?』
「では、先ほどの部屋で奴隷の確認と引き渡しを致しましょう。」
『わかりました。ではそのようにしましょう。』
クィントゥスが退室し、リュウイチとルクレティアは隣の「謁見の間」とでも呼ぶべき
玉座のような椅子に座るようルクレティアから促されたが、いまいち抵抗を覚えたリュウイチは言葉を濁しつつ立ったまま待っていると、ほどなくして戸がノックされクィントゥスが奴隷となる八人と監視役の兵士たちを引き連れて入ってきた。
八人とも
ルクレティアは目を丸くして息を飲むと、そのままクルリと後ろを向いた。顔が赤くなっており、背を向けたまま目を泳がせている。
『ああ、えっと、何で裸なんだ?』
いくら種族が違うとはいえ、ゴブリン系種族とヒト族は割と近い種族であり、男性の股間にぶら下がっているモノは同じ形だ。
さすがに思春期の女の子のいるところに全裸の男を連れて来るのは無神経すぎるだろうと思ったリュウイチが質問すると、クィントゥスが今更のようにルクレティアの様子に気付いて申し訳なさそうに答えた。
「ああ、すみません。
しかし、奴隷を引き渡す時は裸にして問題が無い事を確認していただくことになってるものですから・・・」
『えっと、外に出てる?』
「いえ!大丈夫です。」
規則ならしょうがないかと思いつつも、かといってこのままじゃ不味いだろうと思ったリュウイチが隣で後ろの壁の方を向いたまま赤面しているルクレティアに訊いたが、彼女はムキになったようにそう答えた。
その後に遅れてアルトリウスが入室する。
「おはようございます・・・って、あれ、どうかしましたか?」
「いや、こいつらの裸で
入室して直ぐにおかしな雰囲気に気付いたアルトリウスにクィントゥスが状況を説明すると、アルトリウスは「ああ!」と一言漏らして思わずニヤッと笑みをこぼすと、そのままリュウイチの前まで進み出た。
「申し訳ありませんが、奴隷の引き渡しの際には裸を御覧いただき、
『ああ、はい。それはさっきクィントゥスさんから聞きました。
確認は良いのでもう隠してもらって良いですか?』
「はい、この受け取りにサインを頂いた後でなら構いません。」
アルトリウスはそう言って人数分八枚の書類を差し出した。
『君ら、済まないが後ろを向いてくれ。』
仕方が無いのでリュウイチは書類を受け取ると八人にそう言い、八人がおずおずと回れ右するのを確認してからルクレティアに書類の内容を確認するよう求めた。
「す、すみませんでした。」
『いや、いいよ。仕方ない。
一応、書類の内容を確認したい。
あと、これらのどこにサインすればいい?』
「はい、すみません。
えっと・・・はい、これは奴隷の引き渡し確認書です。
内容も全部・・・同じですね。」
一応、背中を向けているとはいえ全裸の男が並んでいるのは変わりない。
ルクレティアは落ち着かない様子でリュウイチから受け取った書類の内容を確認すると、アルトリウスが口を挟んだ。
「一応、書類に書かれた者の名前をお呼びいただき、本人に間違いなきことを御確認いただきたく存じます。
あと、取引の証人としてルクレティア、君のサインも頼む。」
「ああ、はい。では名前を呼びます。
呼ばれた者は返事をしなさい。」
ルクレティアはネロ、リウィウス、アウィトゥス、ロムルス、ゴルディアヌス、オト、ヨウィアヌス、カルスと順番に八人の名前を呼ぶと、名前を呼ばれた者がその都度返事をした。
「では、リュウイチ様、こちらにサインをお願いします。」
『わかった。』
結局、リュウイチは座りたくなかった椅子に座り、正面の低いテーブルに書類を置いて教えられた場所に順にサインすると、サインの終わった書類からルクレティアが証人のサイン欄にサインを書き込み、最後に
アルトリウスはそれら八枚の書類を確認すると、監視役の兵士たちに手枷を外すように指示を出す。
「確かに、これでこの八人はリュウイチ様の奴隷です。
お前ら、今からこちらのリュウイチ様がお前たちの新しい主人だ。
これからはリュウイチ様に忠節を尽くせ。
さあ、御挨拶申し上げろ。」
手枷を外された彼らが手枷のせいで痛む手首をさすりながらおずおずと前へ向き直ると、ルクレティアは慌てて再び後ろを向いた。
『いや、挨拶は後で良いです。
それよりアルトリウスさん、彼ら何か着る物は無いんですか!?』
言われてアルトリウスはそれもそうかと気づき、八人に命じた。
「ああ・・・じゃあお前たち、一旦下がって服を着て来い!」
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