第401話 イェルナクの懇願
統一歴九十九年五月五日、午後 -
何でこの人がこんなところに居るの!?
馬車から降りたルクレティアがイェルナクを見て最初に持った感想はセプティミウスのそれと全く同じものだった。
神官の家系であり軍事にはほとんど全くタッチしてこなかったルクレティアではあったが、アルビオンニア属州有数の
いかにも嘘くさい薄っぺらい
もちろんそんなことは本人は自覚していない。他の貴族たちも決してわざわざ指摘して教えてやったりはしない。だから、当人もいつまで経っても気づかないし治らないし治せないのだが、そうしたどこか腫物を触るような周囲の態度はイェルナクをしてますますそうした態度を色濃くさせていた。
「ご無沙汰しておりますルクレティア様。
この度、めでたく
出迎えたサウマンディア軍人らとの挨拶を済ませたルクレティアにイェルナクがいつもの調子で挨拶の口上を述べる。胸の前で一方の拳をもう一方の手で包む
「まあ、イェルナク様。
このルクレティア、心より御礼申し上げます。
ですがこのようなところで
わざわざこのような挨拶のためにエッケ島から遥々参られたとは思えませんが、このような廃墟にいかな御用件でしょうか?」
ただの挨拶の場で貴婦人が男性貴族に対しそのような事をいきなり訊くなど、見る人が見れば眉を
「もちろん、お祝いを申し上げるだけが理由ではございませんが、ヴァーチャリア世界に新たな
ルクレティア様が
私も此度のことは我がことの様に嬉しく存じ上げておりますとも。」
満面の笑顔、そして全身を使ったアピールは大袈裟なくらいだし、口調も決して不自然ではないのだが、何故かこの男が言うと嘘くさく感じられてしまう。イェルナクは間違いなく本気で演技しているのだが、どうにもこうにも演技くさいのだ。
そしてそれはどうしても周囲の人間にも伝染してしまう。白々しい演技を目の当たりにすればどうしても気分が白けてしまう。にもかかわらずあくまでも礼儀正しく振舞おうとすれば、そこにどうしても無理が出るのだ。それはルクレティアもまた例外ではなかった。
「まあ、ありがとうございます。
ですが私もまだ若輩の身、その役目の重大さに身の震える思いですわ。
しかし私も
何しに来たのかを答えないイェルナクに答えを聞きたいところではあったが、これ以上話を続けたくも無かったのでルクレティアはこの挨拶の会話を切り上げるべく言葉を選んでそう言うと頭を下げた。だが、イェルナクは空気が読めないのか、ルクレティアが終わらせようとした話をなおも続ける。
「聡明を
このイェルナクもそのように確信しておりますとも。」
「・・・・・・」
そのままお辞儀して引っ込めばいいものを、イェルナクは強引に言葉を重ねて会話の切りを悪くしてしまった。イェルナクはこういうことが度々あり、これもレーマ貴族らに嫌われる理由の一つだった。どう返すべきか話の流れを見失って困ったルクレティアの笑顔が若干引きつり、周囲の貴族らも小さく呻き声をかみ殺し、気まずい沈黙が流れる。
「そう!そう言えば何をしにこちらへ来たのかと言う話でしたな!?」
何を失敗したか必死に頭を回転させていたイェルナクが唐突に思い出したように話を始める。間は悪いが気まずい沈黙が打開されたことで周囲は小さくため息をついた。
「ええ、これについてルクレティア様にお願いを申し上げねばならないのです。」
「まあ、私にいったい何を?」
ルクレティアは両眉を持ち上げた。驚いているのは本当だった。軍事には一切関与することの無いスパルタカシウス家に
「伯爵閣下からお伺いしました。こちらの
「え?…ええ、そうですが?」
「それでその現場を私イェルナクにも調査させていただきたいのです。」
「調査!?」
「はい。お聞き及びでしょう、我が
「え!?…ええ…そのようですね。」
「ですが、我々
メルクリウス団の陰謀により、我々はハメられたのです!」
メルクリウス団と聞いて近くで聞いていたセプティミウスとヴァナディーズがギクリとし、内心で冷や汗をかき始める。
「私イェルナクは我が
聡明かつ慈悲深いルクレティア様なら、きっとお許しくださると信じております。」
イェルナクはそう言うと再び拱手して頭を下げた。実はルクレティアが来る前にイェルナクは勝手に
ルクレティアが頭を下げるイェルナク越しに、出迎えのために来ていた他のサウマンディア軍人たちを見ると、彼らは一斉に顔を
「申し訳ありませんが
ルクレティアが小さくため息をついてから思い切ったようにそう言うと、イェルナクはバッと顔を上げた。
「そこを何とか、お許しを得たいのです。
我が
「ですが、本日はこれより祭祀を執り行わねばなりません。
無関係な者を入れることは、許可できません。」
「他の軍人たちは入ったそうではありませんか!?」
「祭祀の準備のための人手を借りただけです。
そのために入る
今はもう準備も整っておりましょう?
これから部外者を入れることはかないません。」
ルクレティアは思い切ってイェルナクの要求を突っぱねた。取り付く島もないルクレティアの態度にイェルナクは慌てふためき、膝をついて懇願を始めた。
「どうか、どうかご許可をお願いします。
身を清めよと申されるなら身を清めましょう!
これに我がハン族の命運がかかっておるのです!
どうか、どうか伏してお願い申し上げます!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます