精霊と妖精と盗賊たち

第975話 盗賊と悪魔

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 トチ狂った貴族のボンボンが御自慢の魔導具マジック・アイテムで創り出した真夜中の森を真昼のように照らし出していた巨大な炎もあえなく一瞬で地面に叩き潰されてしまった。エイー・ルメオの暗視魔法によって光無き暗闇さえ見通せるようになっていたはずの盗賊たちの目も、さすがにいきなり強力な光源が失われてしまったとあっては一時的に視力を失ってしまわざるを得ない。だが、それでも何が起こったのかは誰もが分かっていた。彼らは暴虐の炎に焼かれる危険から解放されたのと同時に、より恐ろしい悪魔と直接対峙する羽目になったのだ。


「ヴルルルルルル……」


 視力が回復しない彼らの目の前で、空から舞い降りた……いや、降ってきたと言った方が正確かもしれない……巨大な悪魔がそこで唸り声を発している。しかし、盗賊たちは度肝どぎもを抜かれ、一言も無くただ立ち尽くしていた。


「ヴヴ……ヴァラヴァラヴァラヴァラ……

 やれやれ、ようやく捕まったようですな。

 終わってみれば案外呆気あっけない……

 しかし大事なところで仲間割れとは、人間とはまったく愚かしい。」


 叩き潰した獲物……ペイトウィン・ホエールキングを確認したのだろう、グルグリウスはひとしきり笑うと呆れたようにこぼした。セリフからすると嘲笑あざわらっているかのようだが、声の様子はどちらかというと残念がっているようでもある。


 狩りお楽しみが終わって残念ってか?

 満足しきれてねぇってことは……


 グルグリウスの魔の手が盗賊たちこちらに向かうかもしれないと察した盗賊たちがハッと我に返る。


「お、おおおっ!?」

悪魔めディーモン悪魔めぇディーモーン!!」


 盗賊二人が悲鳴に近い喊声かんせいを上げる。


「よせ、やめろ!!」


 クレーエの制止も虚しく、恐慌状態パニックに陥った盗賊たちは相次いで手に持っていた銃を放った。パンッパンッと間の抜けた発砲音が夜の森に木霊こだまするが、視力がロクに回復してもいないのに撃ったからだろう、これだけの至近距離からあれだけの巨体にめがけて撃ったにもかかわらず弾は一発も命中しなかった。


「ヴフゥゥゥ……」


 グルグリウスは不満げな吐息を漏らすとともにゆっくりと首だけ回して背後を振り返り、銃口から硝煙のあがる銃を持った盗賊たちを確認するとおもむろに尻尾をブンッと一振りする。


「ゲヘッ!?」

「ブフッ!」


 大樽ほども太さのある岩の尻尾の一薙ぎで盗賊たちは軽々と吹き飛ばされてしまった。


「ヤベェ……」

「ヴフフフフフッ」


 レルヒェが表情を硬直させたままつぶやくと、まるでそれを聞いたかのようなタイミングでグルグリウスは満足げな笑みを漏らす。


 次は俺らか!?


 生き残った盗賊は三人、クレーエ、レルヒェ、そしてエンテはそれぞれ死を予感した。が、三人の反応は三者三様だった。クレーエは状況把握と打開策に頭を回し、レルヒェはただ圧倒されて茫然ぼうぜんとグルグリウスを見上げていた。そしてエンテは……


「ひあああぁぁぁあぁぁぁぁあ!!」


 声をひっくり返させ、情けない悲鳴を上げながらクレーエたちの方へ駆け付け、そして滑り込むようにクレーエたちの背後に回り込んだ。


 この馬鹿!三人まとまっちまったら良いまとじゃねえか!?


 だがクレーエがエンテを叱り飛ばすより前にグルグリウスの重々しい足音が彼らの耳朶じだを打つ。見るとグルグリウスがクレーエたちの方へ身体の向きを変え、興味深げに見下ろしているではないか。


「ヴルルルルル……

 残りはあなた方だけのようですねぇ?」


 まるでもてあそぶかのような言いように生きた心地がしない。が、クレーエは意を決してレルヒェの肩に手をかけ、後ろへ下がらせると自ら前に出た。が、この時まだ茫然としていたレルヒェはいきなり肩を引っ張られたせいでバランスを崩し、そのまま担いでいたエイーごと地面へ転んでしまう。そこへ巻き込まれたエンテと共にレルヒェは変な悲鳴を上げたが、クレーエはそれどころではなかった。


「どうやらそのようだな。

 それで、俺たちも取って食おうってのか!?」


 虚勢を張るクレーエの手には《森の精霊ドライアド》から貰った『癒しの女神の杖』ワンド・オブ・パナケイアがギュッと握りしめられている。


 ヴルルルル……あのワンド……まさか……


 三人とも……いや、気を失ったままのエイーを含めれば四人か……一思いにまとめて殺してしまってもグルグリウスとしては全然かまわないのだが、クレーエが持っている杖から感じられる魔力は覚えのあるものだった。グルグリウスの今の主人である《地の精霊アース・エレメンタル》の魔力に波動がよく似ている。おそらくグルグリウスと同様、《地の精霊》の眷属か、近しい精霊エレメンタルか、いずれにせよ《地の精霊》に連なる者の魔力である可能性が高い。もしクレーエが《地の精霊》に連なる者の加護を受ける者だとしたら、安易に殺してしまうのは不味いかもしれない。

 だが、目の前に居るのは盗賊である。《地の精霊》に連なる者の加護を受けた者から、奪い取られた杖である可能性も否定できない。


「さて、吾輩わがはいの仕事はペイトウィンこの御方をお連れすることだけですのでね。

 邪魔さえしなければ吾輩わがはいの方はそれでいいのですが、あなた方の方はどうなのです?

 ペイトウィンこの御方を守らねばならないということはないのですか?」


 グルグリウスはボロ雑巾のようになったペイトウィンを持ち上げて見せた。その拍子にブプッと音を立ててペイトウィンの口と鼻から血が噴きこぼれる。


 ありゃあ……不味いな。見たところ致命傷だ。


「どうかなっ!?」


 クレーエは胸を張り、両手をパッと広げて「冗談だろ?」とジェスチャーで示した。


グルグリウスアンタも見てたんじゃないのか!?

 ペイトウィンその人が俺たちに何をしようとしていたのか?」


 クレーエはペイトウィンを見捨て、自分たちが助かるみちを探ることにした。ペイトウィンは致命傷を負っている。おそらく死ぬだろう。エイーの治癒魔法なら助かるかもしれないが、助かったら助かったでまた『癒しの女神の杖』ワンド・オブ・パナケイアを奪おうとしてくるに違いない。正直言って、命を張ってまで助けようとは思わなかった。

 だいたいクレーエたちにグルグリウスをどうにか出来るわけもない。『勇者団』ブレーブスのメンバーはペイトウィンとエイー以外はこの場に居ない。そしてエイーもペイトウィンも気を失っている。なら、クレーエが裏切ったとかペイトウィンを見捨てたとか証言する奴も居ないだろう。


「ヴルルルルル……」


 クレーエの返事を聞いたグルグリウスは不審げに唸り声を上げながら身を起こした。そしてしばらくクレーエたちを見下ろしたまま考える。

 たしかに、グルグリウスはゴーレムたちの目を通してペイトウィンと盗賊たちが何か言い争っているのを見ていた。馬鹿げた仲間割れだった。

 グルグリウスの見立てではクレーエは勇者である。無力なくせにグルグリウスとグルグリウスが操るゴーレムたちに立ち向かい、一瞬の隙を作ってゴーレムの包囲網の中からエイーとペイトウィンを救い出してみせた。あれは決して無謀でもなく、蛮勇でもなく、知恵と勇気の行動だった。ではそのクレーエがここであっさりペイトウィンを見捨てるものなのだろうか?グルグリウスはそれがにわかには信じがたかった。

 いぶかしむグルグリウスを見上げてクレーエはゴクリと固唾かたずを飲んだが、次の瞬間、再びグルグリウスの顔がクレーエに近づいてきた。


「ではアナタ方の“お仲間”はどうなのです?

 吾輩わがはいは先ほど、二人ほど吹き飛ばしてしまいましたが、仇はとらないのですか?」


 クレーエはグルグリウスに向けていた視線を躊躇ためらいがちに盗賊二人が吹き飛ばされた先を見た。生憎と二人の姿は樹々に隠れて見えなかったが、生きている可能性は低いだろう。


「あ、生憎と、あいつらは別に“仲間”じゃねぇんだ。

 アイツ等は“グリレ”で俺らは“リベレ”なんでね。」


コオロギグリレトンボリベレ???」


 意味が分からず顔をしかめるグルグリウスにクレーエは半笑いを浮かべた。


「盗賊団の名さ。

 アイツ等は“グリレ”って呼ばれる盗賊団で、俺らは“リベレ”ってぇんだ。

 元々、あいつ等と俺らは別の盗賊団だったんだ。

 『勇者団』この人らに言われて、仕方なしに一緒に行動してただけでね。」


 仇を討つつもりはない。これでにしよう……クレーエとしては一刻も早く事態を終結させたい一心だったが、グルグリウスの目にはそう言う風には見えなかった。


 仕方なしに一緒に行動していたとはいえ、同じ目的で行動を共にしていたのならそれはそれで“仲間”として助け合うべき存在なのではないのか?それをあっさりと見捨て、一矢も報いようとしない。

 クレーエこいつめ、見込みのある男と思ったが、勘違いだったか……


 グルグリウスの頭の中では、クレーエに対する評価が急速に下がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る