新たな体制

第243話 奇策

統一歴九十九年四月二十日、午後 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア



 アルトリウシア子爵ルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウスは養子であり子爵公子のアルトリウスから交渉が予定通り進み物資の積み込みを開始したとの報告を早馬を通じて受けると、早速筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスラーウス・ガローニウス・コルウスの馬車に便乗してマニウス要塞カストルム・マニへ急いだ。ラーウスの馬車に便乗しているのは自分の馬車をアルトリウスとルクレティアがセーヘイムへ行くのに貸してしまったのと、多少なりとも自身の動向が不必要に露呈するのを防ぐためでもあった。


 ハン支援軍アウクシリア・ハンに降臨の事実については知られてしまってはいるが、リュウイチの所在についてはまだ知られていない現状で、ルキウスの動向からリュウイチの所在を知られてしまうのは防ぎたい。

 ひとまず、リュウイチ自身に早急に今の状況を説明しておきたいが、軍使レガティオー・ミリタリスがまだセーヘイムにいる今の状況で領主であるルキウスがティトゥス要塞カストルム・ティティから動くのは明らかにおかしいし、明日にはサウマンディアからつかいが来る予定である事も考えると明日説明しにマニウス要塞へ行く事もできない。したがって公式にはルキウスはティトゥス要塞にいることにしておかねばならなかったのだ。

 かといって事が事だけに配下の誰かをつかいにやって、人づてで説明するのもはばかられる。第一、高貴な人と接してよいのは高貴な人物だけ…ルキウス本人は上級貴族パトリキに珍しくこうした考えには否定的ではあったが、上級貴族パトリキの血を引く下級貴族ノビレスの家に生まれ育った彼の心の奥底には、やはりそういう感覚は残っていた。


 クィントゥスが直卒する護衛部隊に守られながらマニウス要塞に入った馬車は、中央通りウィア・プラエトーリアを通り抜けて要塞司令部プリンキピアの前を素通りし、封鎖されている裏手の区画へと進入する。そしてリュウイチが滞在している…公式にはルキウスが復旧復興事業を指揮監督するために使っていることになっている…陣営本部プラエトーリウムの前に横付けしてようやく停車する。

 ルキウスは馬車を降りる際、同乗していた(正確には便乗させてもらっていた)ラーウスに同席するよう求めた。


「さて、リュウイチ様に目通り願うか…貴官ラーウスも同席できるか?」


「よろこんで。」


 今日は雨は降っておらず、空を覆う雲も薄いため日は明るく、地面にはぼんやりだが影が出来ている。北寄りの暖かな風が穏やかに吹いていて秋のアルトリウシアでは割と心地よい天気ではあったが、ルキウスたちはさほど待たされることもなく奥の応接室タブリヌムへ通された。

 リュウイチにはルキウスが概況を説明し、詳細をラーウスが補足するという形で現状の報告がなされた。



「というわけで、ひとまず今日のところは二日分の食料を渡して帰ってもらいます。おそらく、すでにセーヘイムから出港しているでしょう。

 これは彼らの乗って来た船にはその程度しか積み込めないという事情もありますが、不必要に多くの物資を渡すことで彼らに行動の自由を与えるのを避けるためでもあります。

 当面はそれで時間を稼ぎつつ、人質奪還を狙います。

 ただ、申し上げましたようにハン族はリュウイチ様の存在には気づいており、それを突破口に生き残りの途を探っている節があります。リュウイチ様にはご不便をおかけしますが、当面は秘匿体制を強化せねばなりません。」


 ラーウスはテーブルメンサに地図を広げて詳細を説明した。


『で、リュウイチの方では何か影響があるんですか?』


「無いようにする予定ではおります。

 ただ、御身辺の警備が強化されるやもしれませんな。

 また、我々がこうして会う機会も減らさざるを得なくなるかもしれません。」


リュウイチの質問にルキウスが残念そうに答えた。


『と言いますと?』


「現在は気づかれている兆候はありませんが、我々がこうしてマニウス要塞カストルム・マニへ日参することで、ここに何かが隠されていると気づく者が出てくるかもしれないという事です。

 今は復旧復興事業の指揮と言う名目でルキウスもマニウス要塞へ通えておりますが、ハン族からの軍使や領外からの賓客ひんきゃくが増えればどうしたところでティトゥス要塞で対応せねばなりませんからな。

 侯爵夫人エルネスティーネにいたっては御家族のこともありますし、ティトゥス要塞から出ることもままなりません。」


 リュウイチとしては未だに落ち着かない滅多矢鱈めったやたらな豪華な会食が減るのはむしろ嬉しいくらいだったが、かといって狭い場所に閉じ込められた状態で人と会う機会を減らされるのはそれはそれで残念なことでもあった。心境を言えば見舞客から「しばらく来れなくなるかもしれない」と告げられた入院患者のような気分だろうか?もっとも、リュウイチに提供されている食事は味気のない病人食ではなく、庶民では見ることすら叶わぬ豪華な食事なのだから一緒ではないし、むしろ贅沢な環境ではあるのだが。


『侯爵夫人のご家族と言えば、御子息のカール君でしたっけ?』


「はい、それが何か?」


『人づてに聞いたのですが、体調が思わしくないそうですね?』


 リュウイチはエルネスティーネ本人からは病弱だという話は聞いていた。だが体質や具体的な内容などは聞かされてなかったので、特に気にも留めていなかった。リュキスカから実は肌が真っ白で日光を浴びると焼けただれてしまい、昔は悪魔憑きの噂もあったとか、近年では身体が弱くなって立って歩くことすらできなくなっているらしいとか、アルトリウシアの庶民の間で広まっている話を聞かされた。


 肌が白くて日光で火傷するって、要するにアルビノだよな?もしかして、光属性ダメージ無効化とか光属性対策で何とかなるんじゃね?


 話を聞いたリュウイチの最初の感想はそれだった。光属性ダメージ無効化や光耐性強化のマジックアイテムはいくらでもある。体質そのものはどうにもできなくても、普通に生活するようにするくらいはできるんじゃないか。

 しかし、ただマジックアイテムを渡したのでは「恩寵おんちょうの独占」とやらに問われて問題になるらしい。リュキスカ自身はまだリュウイチが降臨者であることを知らないが、エルネスティーネやルキウスがリュウイチから何か貰ったり借りたりすることが出来ないらしい事は理解していた。


「人づて…ええ、実はかなり深刻な容体なのです。」


 ルキウスはボヤ騒ぎのあと、植物状態になってしまったカールを想い出した。おそらくリュキスカからそのことを聞いたのだろうと勘違いしていた。実際はリュキスカはそんなことは知らない。


『必ずしも保証できるものではありませんが、たぶん、私ならなんとかできるんじゃないかと思います。』


「まあ、そうでしょうね。ですが・・・」


 リュキスカ母子に与えたというエリクサーがあれば、カールを植物状態から回復させることは容易だろう。ルキウスもラーウスもそれくらいは分かる。エルネスティーネだってわかっているし、それができるくらいならおそらくとっくにお願いしているだろう。


『ええ、「恩寵おんちょうの独占」でしょう?

 それを回避する方法を考えてみたのですが…もしダメなら忘れてください。』


「伺いましょう。」


『失礼かもしれませんが、あなた方は今大変お金に困っていらっしゃる。』


 ルキウスとラーウスは苦笑し、それを肯定した。


『そこで私はあなた方にお金を貸します。』


 ルキウスは微笑んだまま会釈し、感謝を示しながら無言で話の続きを促す。


『しかし、追加で後から後からお貸しする金額が増えて来るし、ここへ来て逃亡したはずの叛乱軍も現れたので私は心配になってきた。本当に返してもらえるんだろうかと…そこで私は担保を要求します。』


 リュウイチは微笑を浮かべたままだったが、それを聞くルキウスとラーウスの顔からは見る間に笑みが消えていった。リュウイチから膨大な銀貨を貸してもらえるという約束を取り付けているからこそ、現在の復旧復興事業が推進されている。もし、それを打ち切られるようなことになれば現時点でいくつかの復旧復興事業を停止しなければ、侯爵家も子爵家も資金がショートして経済的に破綻しかねない状況だ。


「担保ですと?」


『そう、カール君の身柄です。』


「そ、それは人質ということですか?!」


 ラーウスが顔を青くして腰を浮かさんばかりに身を乗り出した。だが、リュウイチはそれをニコニコと笑ったまま手で制する。


『そうなりますね。そして私は、人質を預かったことで安心してお金が貸せるようになりますし、人質を預かった以上人質に死なれるわけにはいかないので、お金を返してもらえるまでの間、カール君の健康を管理することになります。』


「「・・・・・」」


『これで「恩寵おんちょうの独占」を回避できませんかね?』

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