第929話 増援到着

統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



「無駄なことを!」


 グルグリウスは呻くように言うと再び両目をカッ見開き、瞳を赤く光らせる。それを合図にペイトウィンは手に持っていた二本のマジック・スクロールを空中へ投げ、そして叫んだ。


『火炎小竜』召喚サモン・サラマンダー!!」


 エイーとペイトウィンの二人を再び『荊の桎梏』ソーン・バインドが襲い掛かった。エイーは咄嗟に杖で横ぎに払ったために、エイーに襲い掛かった魔法のつたはエイーの身体に絡みつく前に霧散する。ペイトウィンの方は特に何もしなかったが、ペイトウィンに襲い掛かって魔法の蔦は先ほどと同じようにペイトウィンの身体に触れた途端に弾かれ、無数の光の粒子となって飛び散ってしまった。

 同時にその頭上ではペイトウィンの投げたスクロールが空中でひらりと舞ったかと思いきや、ひとりでに発火し燃え上がった。炎に包まれたスクロールはまるでマグネシウムの粉末でも包んであったかのように強烈な光を発し、その光が収まった次の瞬間、そこには赤く燃え上がる炎によって形作られた小さな竜……『火炎小竜』サラマンダーの姿があった。

 二体の火炎小竜を従えたペイトウィンが『火の神の杖』ヴァルカンズ・スタッフを構えながら再び懐に左手を突っ込むのを見、グルグリウスは目を丸める。


「ほお……先ほど『荊の桎梏』ソーン・バインドを防いだのは偶然ではなかったようですね?」


「フンッ、当たり前だ!!

 《地の精霊アース・エレメンタル》とその眷属が『荊の桎梏』ソーン・バインドを使うってのは聞いてたんでね、対策させてもらったのさ。」


 服に隠れて見えないがペイトウィンは首から『地母神の御守』タリスマン・オブ・ガイアズ・プロテクションを下げていた。地属性の攻撃魔法を無効化したり弱体化したりする効果がある魔導具マジック・アイテムで、地属性の防具としてはかなり強力なものであり、ペイトウィンといえども何個も持っていない。ペイトウィン自身は普段から装備している魔導具ではあったが、一昨日のブルグトアドルフの森での対 《森の精霊ドライアド》戦の話を聞いたペイトウィンは仲間たちに貸し与えていた。といっても『勇者団』ブレーブスのメンバー全員分は無いため、貸したのはハーフエルフ全員と武器攻撃職のヒトに限られる。


「お前は俺の魔法が自分には効かないと思って勝ち誇っているようだが、お前の魔法だって俺には通じないのさ。

 残念だったな、勝負はまだ始まってもいなかったんだ。」


 ペイトウィンがそう言うと二体の『火炎小竜』は左右に広がり、赤く強い光を放ちながら一気に加速して間道の両脇を突き進み、そのままグルグリウスの後ろへと回りこんだ。


「ああっ!?」


 火炎小竜の通過した付近にあった枯れ草が、『火炎小竜』の発した光を浴びて一気に燃え上がり始めるのを見てグルグリウスは驚き、初めて狼狽うろたえる様子を見せる。期待した以上にグルグリウスが動揺していることにほくそ笑みながら、ペイトウィンは取り出したマジック・スクロールの束を自分の前へ向かって放り投げる。


「ああ、なんてことを……」


 両脇で燃え上がり始める森を見ながらグルグリウスは唖然とした様子で嘆いたが、彼の前ではペイトウィンが次の呪文を唱えていた。


『鬼火』召喚サモン・ウィル・オ・ザ・ウィスプ!!」


 投げられた三本のスクロールが燃え上がり、三体の『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプを生み出す。魔力源を感知して追尾する『鬼火』は一瞬、ペイトウィンの方へ近づこうとしたが、ペイトウィンが『火の神の杖』を振るって爆炎弾エクスプロージョンを放つと、今度はその爆炎弾の向かった先……グルグリウスに向かって一斉に前進をし始めた。


「エイー!早く行け、森を突っ切って逃げろ!!」


「で、でもホエールキング様!」


「いいからここから離れろ!

 じゃないと俺たちの魔法戦に巻き込まれるぞ!?」


 回復役ヒーラーとしてペイトウィンを支援するために残らねばと思っていたエイーだったが、連れている馬とその背に乗せた荷物の安全、そしてペイトウィンが本気らしいことを考えるとわずかな逡巡しゅんじゅんの後「わかりました」と答えて北側の森へ向かって馬を曳き始める。

 離脱し始めたエイーを見送ったペイトウィンがグルグリウスに視線を戻した時、飛び回り森に火を点けて回る『火炎小竜』に気を取られていた隙に爆炎弾の直撃を顔面に食らったグルグリウスは怒りに身を震わせていた。


「まったく……困った御方たちですねぇ……」


 周囲で燃え上がる炎と『鬼火』の強烈な光に照らされたグルグリウスは、やはりダメージを受けた様子はない。が、精神的には随分とダメージを受けているようだ。


「戦いには色々あるのさ。

 ただの魔力の大小だけで勝負が決まるわけじゃないってことを見せてやる!

 『鎌鼬』・召喚サモン・カマイタチ!!」


 ペイトウィンはさらにマジック・スクロールを展開し、風属性の妖精・『鎌鼬』カマイタチを四体も召喚する。計九体もの召喚モンスターを召喚したわけだが、マジック・スクロールを使って召喚しているのでペイトウィン自身は魔力をほとんど消費していない。

 召喚された『鎌鼬』は火炎小竜と共にグルグリウスの周りを高速で飛び回り始めた。そして、そこへ『鬼火』がまばゆい光を放ちながらゆるゆると近づいていく。

 だがグルグリウス自身は自分にむかって攻撃準備を整える妖精たちを気にする風でもなく、怒りに染まり切った顔でペイトウィンをにらみつけた。


「この近くには強力な《森の精霊ドライアド》様がおわします。

 だというのに何度も繰り返し森に火を放ったりして、《森の精霊あの方》を本気で怒らせて敵に回してもいいんですか!?」


 グルグリウスの言葉に一瞬ギクリとしながらもペイトウィンは鼻で笑い飛ばす。


「ヘンッ!

 ここが《森の精霊ドライアド》の領域テリトリーの外だってことぐらい確認済みさ!

 だいたい、そんなことお前の知ったことじゃないだろ!?」


 警告を無視するペイトウィンにグルグリウスはギリッと歯ぎしりする。


「いいでしょう!

 あくまでも穏便に済ませるつもりでしたが、貴方様がそのつもりなら致し方ありません。吾輩わがはいも真の姿をお見せするといたしましょう!」


 唸るようにそう言うとグルグリウスは身を屈め、身体を震わせ始めた。それと同時にグルグリウスの身体が急激に膨らみ始める。バッと背中から巨大な羽根が飛び出し、太い尻尾が生え、身体全体が異形の姿を露わにし始める。身体が大きくなるせいで相対的に急速に縮み続ける地面にバランスを崩し、ドタドタと蹈鞴たたらを踏み続けるグルグリウスの様子をペイトウィンは唖然とした様子で見上げた。彼はいつの間にか、余裕の笑みを作るのも忘れてしまっていた。


「お……あ……あ……デッ、デーモン!?」


 ペイトウィンの眼前に露わになったグルグリウスの真の姿……それはかなり上位の悪魔のそれであった。ペイトウィンがグルグリウスが見せた真の姿に圧倒されるのと同時に、北の森から複数の声が響いた。


「う、うおぉぉぉーーーっ!?」

何だヴァス・イスッ!?何だアリャヴァス・イスッ・ダスッ!?」

悪魔だディーモン!!」

悪魔が現れたディーモン・イスト・ゲッコーメン!!」


 それらはドイツ語だったためにペイトウィンには意味が分からなかった。が、どうやらランツクネヒト族の男たちが複数、森に潜んでいたらしいことは理解した。


 盗賊どもか!?


 ペイトウィンとグルグリウスは思わず同時に北側の森を見る。燃え上がる炎ごしにではあったが、暗視魔法を使っていたペイトウィンの目には暗い森の中でエイーと盗賊たちが合流しているのが見えた。盗賊たちの指揮を執っているクレーエの姿も見て取れる。


「ルメオの旦那、こっちへ!早く!!

 お前ら、ルメオの旦那が連れてる馬どもを預かれ!!

 旦那を安全な所へお連れするんだ!!

 残りは鉄砲の準備だ!!」

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