勇者団
テンプルム・ケレース事件の翌朝
第481話 聖女になった夜の翌朝
統一歴九十九年五月六日、朝 -
アルビオンニウムの朝は冷える。元々、アルビオンニウムはアルトリウシアよりも一か月くらい早く冬が来ると言われている。一か月は流石に言いすぎのような気がしないでもないが、東西を山で挟まれた盆地に近い地形では山から吹き下ろす寒風の影響から、冬の冷え込みはどうしても厳しいものになってしまうのだ。
秋もかなり深まってきた南半球の五月上旬ともなれば、冬の足音もすぐ間近である。
冷たくも清浄な空気を吸い、ルクレティアはパッと目を覚ました。
明り取りの天窓から挿し込む外の光は、既に夜明け前の青白いものではなく、陽の昇った後の暖かさを感じさせるものになっていた。
リュウイチに仕える
いけない、寝過ごした!?
しかし、目を見開いて見渡した部屋の様子が
ほぉぉ~~~~
安堵の溜息をつくと、目の前がわずかに白くなる。そして色々と思い出してきた。
そうだった…昨日は…
昨夜は大変だった。盗賊団による陽動攻撃とそれに対応する
『勇者団』のファド…ただのヒトの身でありながら恐ろしい相手だった。ヴァナディーズ暗殺という目的こそ果たせなかったが、リウィウスをはじめとする武装したホブゴブリン兵を手玉に取り、ルクレティアが召喚した
『勇者団』が撤退した後もまた大変だった。
おそらくファドが使役していたと思われる謎の黒い犬…アレによって負傷させられた兵士が十数人いたし、陽動のために起こされた火災による怪我人も何人かいた。盗賊団の迎撃に出た部隊にも犠牲者が多数生じてしまっていたのだ。
しかし、西で起きた火災を消化しに行った二個
こちらの部隊が突入していくと側方や背後から小勢による一斉射撃や
しかし、レーマ軍正規兵の身にまとっている防具は強力である。全員が着用している
彼らにとって幸運だったのは、今回は即死さえしなければルクレティアの治癒魔法を受けることができ、後遺症どころか傷跡も残さず完璧に治癒してもらえると言う事だった。残念ながらルクレティアのもとへ担ぎ込まれる前に落命した兵士が六人ばかりいたが、それ以外の負傷者は全員が元気に朝を迎えることが出来ている。
そして、ルクレティアによって治癒魔法をかけられて助かった中には、昨夜捕虜となった『勇者団』の一人、メークミー・サンドウィッチも含まれていた。
大変だったなぁ…
昨夜遅くの出来事を思い出すと胸がドキドキしてくる。
助けた…たくさん、助けることが出来た…
そう、ルクレティアは多くの負傷者を治癒魔法で治癒することが出来た。それによってたくさん感謝もされた。ルクレティアは自分が子供の頃から憧れていた聖女に成れた事を、昨夜実感することができたのだ。
リュウイチの下を離れているため、今彼女は急いで起きる必要がない。それどころか、侍女たちが起こしに来るまではむしろ寝ていなければいけないくらいだ。それなのに、目が覚めてもう昨夜の興奮が歓びと共に湧きあがって来てジッとしていられない気分になってしまう。
『起きたか、
「あ、《地の精霊》様!?」
突然、《地の精霊》から話しかけられ、ルクレティアは飛び起きた。
「お、おはようございます!《地の精霊》様!!」
ルクレティアは目の前に浮かび上がった緑色に光る半透明の小人の方を向き、慌てて
「ど、どうかなさいましたか?」
『う?…うん…』
どうも
『娘御が寝ておる間に
「リュウイチ様から!?」
ルクレティアはベッドの上で飛び上がらんばかりに驚いた。
「いったいどうやって!?」
『あ?…いや、普通に念話でだが?』
ルクレティアが何故そこまで驚くか理解できず、《地の精霊》は首を傾げる。
「ね、念話なんてできたのですか!?
こんな遠くなのに!?」
ルクレティアの認識では念話とは、発せられた言葉に込められたの意味を思念から読み取るコミュニケーションの方法だったはずだ。つまり、言葉を発しなければ思念は送れず、必然的に声の届く範囲の相手としか会話は出来ないことになる。
『いや、出来るぞ?…ワシと主様は魔力で繋がっておるし…』
「そ、そうでした!…その、
オロオロしながら間抜けな質問をしてしまった自分を恥じつつ、ルクレティアは頭を下げた。そう言えば《地の精霊》はリュウイチが召喚した精霊で、リュウイチからの魔力供給を受けて魔法を使ったりしていたのだ。ルクレティアはそれを思い出し、《地の精霊》がリュウイチと居ながらにして念話できることを初めて理解した。
え!?…じゃあ、連絡しようと思ったらいつでも連絡できたってこと!?
『それで主様がの?』
「は、はい!?」
パッと顔を上げ、《地の精霊》をまっすぐ見つめる。何かは分からないが、《地の精霊》はどうやらリュウイチから
『昨夜随分魔力を使ったので何かあったかと気にしておった。』
「うっ…」
ルクレティアの顔から血の気が引いていく…そう言えばルクレティアもまたリュウイチから魔力を分けて貰って魔法を使っているのだ。昨夜あれだけ魔法をバンバン使ったのだからリュウイチが気づかないわけがない。
お、怒られる?
ルクレティアは昨夜ムセイオンの
「…そ、それでリュウイチ様は何と?」
『う?…うん、ワシから事情は説明しておいた。
主様は娘御が無事だと知って安心しておった。』
「そ、それだけですか!?」
心配していたお咎めについての言及がなく、却って心配になったルクレティアは思わず少し大きな声を出して前のめりになって尋ねた。が、《地の精霊》は
『それだけとは?』
「その…魔法を…使いすぎたとか、そういうお咎めは?」
『無いぞ、娘御が魔法をたくさん使って敵を追い払い、怪我人を治したと言ったら喜んでおった。「励め」と言っておった。』
「そ、そうですか…よかった…」
ルクレティアは《地の精霊》の答えに、どこか拍子抜けしたように浮かせかけていた腰をストンと落とした。
怒られるかと思ったけど、怒られなかった…でも、「励め」って…その通りに受け取って良いのかしら?
貴族同士の会話だとたまに言葉の意味が字面と異なることがある。貴族同士の会話では常に言葉を裏読みすることを求められる。それに慣れすぎてしまっていたルクレティアは、特に自分の落ち度を自覚している時は言葉を素直に受け止めることができなかったし、即座に安心することができなかった。精霊の念話では言葉に裏の意味を持たせることなど出来ないのだが、精霊との念話に慣れていないルクレティアが精霊の言葉を素直に受け止められるようになるのは、もう少し後になってからのことである。
拍子抜けしたルクレティアに対し、《地の精霊》は言葉をつづけた。
『それと、盗賊どもを討伐するために、アルトリウシアから援軍が出発したからと言っておった。』
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