第1118話 ルキウスとアルトリウス
統一歴九十九年五月十一日、夕 ‐
「やれやれだ。
困ったことになったな。」
自分の控室に戻ったルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵は手に持っていた杖を両手で抱きしめるように抱えると座っていた車椅子の背もたれに体重を預け、重々しくため息をつくように言った。
「まさかサウマンディアがここまで強引に出てくるとは思いませんでした。
あれは
ルキウスの甥で養子のアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子はルキウスの向かい側に回り込むと、片手で椅子の背もたれを引っ掴んで自分に都合のいい位置に置き、そこへ腰かける。椅子は決して安物でも華奢でもないが、巨漢の体重に堪えかねて小さく軋んだ。
「どうかな?
肖像画と
「
ルキウスの感想にアルトリウスは養父の顔を覗き込むように身を屈め、
「おそらくな。
そうでなければ……あー、何と言ったかな、後ろに控えておった……」
「
名前を思い出せないルキウスをアルトリウスがすかさずフォローすると、名前を思い出せなかった自分を内心で恥じて眉を少しだけ
「ああ、そんな名だった……あの二人があのような態度はとるまい?」
たしかに、ルキウスの言うようにマルクスが暴走している間、背後のバルビヌスとスプリウスは落ち着かない様子だった。さすがに軍人……それも高級将校だけあって動揺を露わにするようなことはなかったが、その視線の動き、表情は彼らの立場と地位からすると、あまり相応しいものではなかったように思えなくもない。特にリュウイチから話を振られたバルビヌスが女奴隷を預かると言った時、マルクスは明らかに動揺しているようだった。バルビヌスの行動はマルクスの想定していなかったものだったということになる。
「んー……どうでしょう?
確かに
ですが
肖像画の件も女奴隷の件も彼は知らされていなかったのでは?」
おそらく女奴隷を献上するというアイディアが生まれたのはリュキスカが
だとすればその間ずっとアルトリウシアにいたバルビヌスが何も知らされていなかったとしても不思議ではない。プブリウスの意向がどのようなものかも知らされないまま目の前でマルクスがあのような態度をとったから、サウマンディアとアルビオンニアの関係悪化を防ぐために独断で行動を起こしたのかもしれない。
「
だが
なのに
「
アルトリウスは前のめりにしていた上体を引いて顎に手を当てて考え始める。果たしてそうだろうか? ……アルトリウスはまだ納得できていなかった。
「
おそらく彼の独走だったのだ。」
アルトリウスは納得できていなかったが、ルキウスの方は既にそのように結論を出してしまっていた。一人納得し、目を閉じてフーっと重々し気に溜息をつく。
ことがマルクスの独走でプブリウスの意向ではなかったとしても、だからといってそれを気にしなくて良いということにはならない。マルクスはそれでもプブリウスの名代でありアルビオンニアとの交渉を任された全権大使なのだ。背後にいるプブリウスの意向がどうあれ、マルクスがここで言ったことはプブリウスの言葉として処理しなければならない。プブリウスの真意とマルクスの言動の間にギャップがあったとしても、それを前提にマルクスの言葉を軽んじて良いということにはならないのだ。むしろプブリウスの真意をこちらで勝手に想定しても、マルクスが独走した結果こちらに不利な条件で約束事を結ばねばならなくなれば、そちらが正式なものとなってしまうのである。
今後はプブリウスの真意、サウマンディアの総意、そういったものへの信用・信頼をさて置き、マルクスが独走している可能性、そして今後も暴走する可能性を考慮しなければならない。
「私は彼をよく知らないのですが、
アルトリウスはマルクスがあくまでもプブリウスの意向であのように暴走じみた行動を起こしたのだと考えていたが、ルキウスがそう結論づけるのであればその根拠を知らねばならない。
ルキウスはアルトリウスの質問を得て目を開け、記憶を探るように天井を見上げた。
「うーん、どうだったかな……
アルビオンニウムに来たことは何度かあったはずだが、パッとしない印象だったな。」
アルトリウスはまだ若干二十歳……留学先の帝都レーマの兵学校を卒業して帰郷し、
ルキウスならばアルトリウスよりも軍歴も社交歴も長いのだから、マルクスについて多少なりとも知っているかと期待したのだが、どうやらルキウスにとっても印象の薄い人物だったらしい。アルトリウスは小さな失望に相応しい小さな溜息を洩らした。
なんだ、
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