第420話 火災発生
統一歴九十九年五月五日、深夜 -
時刻は五月六日の
神官の一人が祭祀の時間になったことをルクレティアに告げたが、ルクレティアはただ「分かりました」と返事をしただけでその場から動こうとしない。不思議に思ったヴァナディーズがルクレティアに尋ねる。
「ルクレティア…行かなくていいの?」
「ええ、先生。今夜の祭祀は
先ほどの軍議、ヴァナディーズは
結局、『
地脈を観測すること自体は既に《地の精霊》の協力もあってある程度できていたし、あとは儀礼的な意味で祭祀を執り行えばよいような状態だった。それにスカエウァは元々アルビオンニウムに…つまりスパルタカシウス宗家に婿養子に入る予定の神官であることから、スカエウァが祭祀を行ったとしても取り立てて問題があるわけでも無い。むしろ、婿養子に入ってからの予行演習にちょうど良かった。
「そう、ごめんなさい…なんだか、私のために迷惑をかけてしまったみたい…」
「先生は悪くありませんわ。
これは『勇者団』が悪いんですもの。」
ルクレティアは香茶を飲むために口元へ持ってきていた
部屋のすぐ外にはヴァナディーズの監視役の兵士が二人立っていて、中にはルクレティアとヴァナディーズの他は数人の侍女たちと、リュウイチの奴隷であるカルスが部屋の脇の方に立っていた。リウィウスとヨウィアヌスは別室で待機しており、カルスは部屋の中に男が自分一人きりで、周囲は種族が違うとはいえ女性ばかりという状況に何やら緊張して居心地悪そうだった。
「そうかもしれないけど…
でも、結果的に彼らをここに呼び込むことになってしまったわ。
私が彼らが本気だって、もっと早くから気付いていれば…」
「そんなこと!
むしろ本気だと思う方がおかしいくらいだわ。
降臨を自分たちで起こすだなんて…しかもムセイオンの人がそんなこと考えるなんて誰も思うわけないもの。」
「そ、そうよね…」
「そうですよ!
先生はただ巻き込まれただけ、むしろ被害者だわ。」
「あ、ありがとうルクレティア。
アナタには本当に感謝しかないわ。」
「感謝だなんて!気にしないでください先生。
大丈夫ですよ。ここはたくさんの
《地の精霊》様は、『勇者団』を『大したことは無い』って言ってました。きっと、取り押さえてくれます。」
いつになく気弱なヴァナディーズをルクレティアは励まし続けた。
実際のところ、今のケレース神殿以上に堅く守られた場所は
ヴァナディーズを励ましているルクレティアにしても全く不安が無いわけではない。なにせ相手は
《地の精霊》は『勇者団』の実力を評して確かに『大したことは無い』と言っていた。だが、今日は『昨日より強力な連中だが』という但し書きが加わっていたのだ。《地の精霊》によれば、どうやら北から接近中の『勇者団』本隊は昨日より人数も実力も高くなっているらしい。昨夜と同じように誰も気づかぬ間に撃退していたという事にはならないだろう。
もっとも、今夜はカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の要望で彼ら『勇者団』の身柄を確保すべく交渉したいとのことだったので、誰も気づかないうちに撃退してしまわないよう《地の精霊》にはお願いしてある。さらに、仮に撃退するにしても誰も殺さないでほしいというルクレティアは願い、《地の精霊》は『そうしよう』と答えてくれた。
その《地の精霊》は『勇者団』を捕まえるべくルクレティアのもとを離れていた。
部屋のある光源は
「……あら、何か焦げ臭くない?」
小食堂の中にいた者たちが一斉に室内を見回す。臭いの元となりそうなものは無い。ロウソクは普通に燃えているし、ランプも同じだ。ランプに使われている燃料の油は虫除け効果があるとされる香料入りで、燃やせば焦げ臭くなるどころか、むしろハッカのようなツンとするハーブの匂いを発するはずである。
「外からかしら?」
「見てまいります。」
見ると入口の方が確かに靄が濃いようで、焦げ臭いニオイも廊下から来ているようだ。侍女の一人が外へ様子を身に出て行く。ほどなくして、廊下の方が急に騒がしくなり始めた。ドタドタという、
「火事だぁ!」
「誰か水!水を持ってこい!!」
使用人たちの声が聞こえてくると、ルクレティアらのいる小食堂も急にざわめき始めた。不思議なもので「火事だ」と聞くと、先ほどから気になっていた靄と焦げ臭いニオイは急に強く感じられるようになる。
「火事ですって!?」
どうしよう、逃げるべきだろうか?
とは言っても、まだボヤなのか、もう消火も出来ないほど燃えているのかもわからないし、そもそもどこで火災が起こっていてどっちへ逃げたらいいかすら分からない。そのうち先ほど様子を見に行った侍女が戻ってきた。
「火事です、
今、男どもが火を消していますが、一応御避難を!」
それを聞いてルクレティアはスッと立ち上がり、それに次いでヴァナディーズも立ち上がる。ルクレティアが口を開く前に、報告してきた侍女の前にクロエリアが出ると、その侍女に確認する。
「厨房の隣!?
何でそんなところで!?」
厨房の隣と言えば、料理人たちが休憩するための部屋か、食器類を納めた
「わかりません。ですが、既に大層な勢いで燃えているようです。」
侍女はまるでクロエリアに叱られてしまったかのように怯え、オロオロしながら答える。その直後にリウィウスが飛び込んできた。
「失礼しやす
「リウィウスさん!?
何があったの!?」
ルクレティアたちはリウィウスの姿を見て安心したかったのだが、リウィウスにいつもの
「お聞きと思いやすが、火事です。
ただの火事じゃございやせん。燃え方が尋常じゃねぇ。
どうやら賊が忍び込んで、火ぃ点けたみてぇです。」
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