第421話 アース・ウォール

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿門前広場フォルム・テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 ケレース神殿門前の広場…貴人たちが訪れた際の車回しとして、そして馬車を停めておく駐車場として使われるそこは、丘の頂上という立地に建てられた神殿テンプルムのものとしてはかなりな広さを有している。当然、かなりきれいに整地されていて、外周部分はともかくほぼ真っ平だ。


 そのほぼ真ん中で一塊に集まった『勇者団ブレーブス』たちは全く想定外の窮地に陥っていた。

 ほぼもぬけの殻となった神殿に侵入するはずだったのに、完全武装の重装歩兵ホプロマクスが二個百人隊ケントゥリアも待ち構えていて、彼らの前方で横隊を作って彼らに銃口を向けて立ちはだかっている。

 そして彼らの後方…彼らが登ってきた崖からは退路を塞ぐように巨大なロック・ゴーレムが姿を現し、さらに左右からロック・ゴーレムよりかは二回りくらい小さい…だがそれでも最も大柄なコボルト兵より頭一つ分以上大きいマッド・ゴーレムが三体ずつ計六体、地面から起き上がって彼らを囲んだのだ。


「ク、クソっ、囲まれたぞ!?」

「ティフ!ティフどうする!?」

「これじゃ逃げようがねぇ!!」


 『勇者団』の十二人はあからさまに狼狽うろたえていた。せっかく正面のレーマ軍に対応するために陣形を組んだのに、それが一撃もしないうちに乱れ始めている。

 狼狽えている『勇者団』の中でもしかしたら一番パニックを起こしていたのはリーダーのティフ・ブルーボール自身だったのかもしれない。


「落ち着け!

 ゴ、ゴーレムは動きが鈍いはずだ!

 ならば正面突破を図る!

 ありったけの魔法を正面にぶつけて突破するぞ!

 そうすりゃゴーレムは追ってこれない!!」


 パニックを起こしながらもリーダーとしての役割を果たそうとしたティフは大声で叫んだ。その一言に『勇者団』は統制を取り戻す。全員がパニックを起こしたままではあったが、パニックを起こしたなりにまとまって行動し始めたのだ。


「おいおい…」


 サウマンディア軍団筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウス・レギオニス・サウマンディアカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子はティフの命令を聞いて思わずそう呻いた。


 冗談じゃないぞ。一番最悪の決断だ、それは…


 戦闘はいかに始めるかよりも、いかに始めないかの方が難しい。自軍の、そして守るべきモノの安全を確保しながらその難しい選択を追求するのが指揮官の…特に平時の軍人の責務だ。カエソーの見たところ、ティフはその責務を最初っから放棄している。いや、盗賊を使って大規模な略奪と殺戮ハック・アンド・スラッシュを行っている時点で、『勇者団』に戦闘回避という発想を期待すべきではなかったのかもしれない。


 カエソーの目の前で『勇者団』は一度は乱れた陣形を組みなおし、魔法を使える者たちはそれぞれ呪文を唱え始めた。戦闘は避けたかったが、こうなるとさすがに難しい。カエソーの率いているのはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアではなく、セプティミウスから借りたアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアのホブゴブリン兵なのだ。無為に損害を出したりすれば、またアルビオンニア側に対して負い目を作ってしまうことになる。


狙えーっディスティーノ!!足だぞ!足を狙えよ!?」


 カエソーはそう命じながら右手を高く掲げると、周囲の百人隊長ケントゥリオたちが次々と復唱し、緊張感が高まる。対する『勇者団』のいる辺りには素人目にも分かるほど魔力が集中し、攻撃魔法が発せられる直前の光が輝き始めていた。


「ティフ・ブルーボール閣下!

 他の聖貴族様がたもお願いします!

 どうか落ち着いて、我々の話を聞いてください!!」


 いつでも攻撃できるように攻撃準備を完成させた状態で、カエソーは最後の呼びかけを試みる。が、ティフはそれを聞き入れることなく、攻撃を命じた。


放てぇールースっ!!」


 ティフの声と共に『勇者団』のいた辺りから発せられていた魔法の放つ光が急激に強くなる。カエソーは反射的に命じざるを得なかった。


撃てイグニオーっ!!」


 カエソーが命じながら高々と振り上げていた右手を勢いよく振り下ろす。


「「撃てぇイグニオーっ!!」」

『火炎弾』ファイア・ボール!」

『風斬』ウインド・スラッシュ!」

『水撃』ウォーター・ショット!!」


 百人隊長や下士官セスクィプリカーリウスたちが命令を復唱し、『勇者団』が魔法を放つ。第一戦列兵ハスタティ大盾スクトゥムを構えなおし、第二戦列兵プリンキペスが一斉に引き金を引き、銃声が鳴り響いた。


 わが軍の魔導大盾マギカ・スクトゥムは魔法にも有効なんだろうか?


 急速に迫りくる魔法の光を眺めながら、カエソーはふとそんなことを考えていた。しかし、彼はその疑問の答えを確認することは出来なかった。


 パパパパパパパパパパパッ

 ボンッ

 バスッ

 ドスッ


 急速に大きくなり始めた魔法の光は、六十四丁の短小銃マスケートゥムのうち、発砲に成功した六十一丁の銃口から噴き出した発砲煙によって見えなくなった。カエソーをはじめ、軍団兵レギオナリウスたちは魔法の着弾を覚悟し身構えていたが、いつまで経っても魔法は飛んでこなかった。魔法が何かに着弾したと思われるような音はどこか遠くで聞こえたのに、見渡す限り被害らしい被害は生じていない。

 重装歩兵たちは横隊を組んだままだったし、彼らの目の前には発砲煙が作り出した煙幕が広がり視界を塞いでいた。


「オ、次弾装填オネロ・イテルム…」


 いつまで経っても魔法が飛んでこないことを不思議に思いつつ、カエソーは命じた。命令の復唱があり、軍団兵たちが短小銃に弾を込め始める。


「な、何だこりゃ?」

「あれ、敵が見えねぇぞ!?」

「百人隊長!敵が見えなくなっちまった!!」

「壁だ!壁がある!!」


 横隊左端…風上側の軍団兵たちが急に騒ぎ始めた。


「何だと!?」


 軍団兵たちのざわめきは風上側から徐々に広がってきた。そして、カエソーもその理由を理解する。いつもよりやけに濃く見えた硝煙が晴れた時、彼らの目の前には先ほどまで無かったはずの大きな土壁が出来ていたのだ。

 よく見ると土壁には無数の弾痕が出来ている。彼らが放った銃弾はすべて、突然現れた眼前の土壁にめり込んでいた。発砲煙によってできた煙幕がやけに濃く見えたのも、本来なら前方に向かって吹き出し拡散するはずの煙が、土壁に阻まれて返ってきたからだった。


「な、なんだこれ!?」

「この壁は何だ!?」

「おい!コレは何処まで続いてる!?」

「見てまいります!!」

「高さ二ピルム(約三・七メートル)はあるぞ…」


 左右両端にいた軍団兵…大盾も短小銃も持っていない第三戦列兵トリアリウスが松明を掲げたまま様子を確認するため土壁に沿って走って行き、ほどなくして帰ってきた。


「ダメです!こっちは北の崖まで続いています!!」

「こっちもです!北の崖まで壁が続いてます!!」


「伯爵公子閣下!!」


 唖然とするカエソーに、脇で控えていた軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムマルクス・ウァレリウス・カストゥスが声をかけてきた。


「閣下、これはおそらく《地の精霊アース・エレメンタル》様の魔法、『地の防壁アース・ウォール』かと思われます。」

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