第262話 厨房へ
統一歴九十九年四月二十二日、午前 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
サガムやパエヌラで防がねばならぬほど強くもなく、だが無防備に立っていればいつの間にか全体がグッショリ濡れてしまう…そんな中途半端な雨が年中降り続くアルトリウシアの気候がアロイスは苦手だった。彼が普段暮らしている
中々来ないエルネスティーネを待っている間、
「それにしても
アロイスの後ろ姿を横目で見ながらルキウスが言った。
さして広くも無い部屋の中で、道化師のような恰好をした大男が腰に下げたカッツバルゲル(ランツクネヒトが使う片手剣)の
「アロイス、少しは落ち着け。こっちへ来て座らんか」
ルキウスの様子から機嫌があまりよくないようだと察したグスタフが兄として弟であるアロイスをたしなめた。
今日の昼頃にはセーヘイムからサウマンディアからの使者マルクスが来ることになっている。彼らはそれに先立って打ち合わせをしようと集められていたのだが、肝心のエルネスティーネ自身がまだ来ない。出された香茶も既に冷めてしまっている。
「むっ、アレは
アロイスとは反対側の窓から外を見ていたアルトリウスが思わず驚きの声を上げた。
「ん!?」
「カール閣下!?」
アルトリウスの声に興味を掻き立てられた彼らゾロゾロと
「
「間違いありませんわ!」
「リュウイチ様に背負われているぞ!?」
「バカな、表へ出たのか!?」
「何だ、何が起こっているんだ!?」
「行ってみるか!?」
「よせ!ここから先はリュウイチ様の聖域だ。」
俄然興味が湧いてきた彼らは何とか状況を知りたいと騒ぎ始めた。しかし、彼らのいる
「ああ、そこの…たしかリュウイチ様の奴隷だな!?」
ルキウスは窓の外を通りかかった、シンプルな見た目だがやたら仕立てのいい服を着たホブゴブリンに声をかける。
「は!?はい!
ロムルスは突然ルキウスに声をかけられ、驚いて手に持っていた掃除道具を落としてしまう。それはやけに大きな音を立てた。
「ああ、すいやせん!!」
慌てて落とした掃除道具を拾い集めるロムルスにルキウスが話しかける。
「いや、そんなものは後でいい!
それよりもアレは何だ!?何をしているかわかるか?」
ルキウスはリュウイチの方を指さして訊くが、たまたま通りかかっただけのロムルスが知ってるわけがない。
「い、いやあ…アッシは何も…」
「済まないがあっちへ行きたいんだが、お許しを貰って来てもらえるか!?」
「え!?ああ…いや…へい」
突然、身分の違う
「ああ、いい、やっぱり良い。どうやら向こうから来てくれるようだ。」
「へい、じゃあ、アッシはこれで…」
何が何だかわからないが、ともかく解放されたと気づいたロムルスは掃除道具を拾い集めてそそくさと立ち去っていった。
「
当初はそのまま
「おお!カール様!?」
「
リュウイチたちが
「
外に出て大丈夫です!!」
リュウイチにおんぶされたまま窓越しにアロイスやグスタフと手を取り合うカールは顔も声も涙に濡れていた。
「いったいどういうことですか!?」
「これは奇跡なのか!?」
「本当に!?カール様が外に出ておられる!!」
「リュウイチ様!そちらへ、そちらへ行ってもよろしいでしょうか!?」
『ああ、ハイどうぞ。』
「かたじけない!」
「私も!私もそちらへ行くことを」
『ああ、みんなどうぞ』
部屋にいた貴族たちが我先にと
「これはどういうことだ?!治ったというのか!?」
「陽の光で火傷しない…雪の様に白いままだわ。」
「リュウイチ様の御業です。リュウイチ様が魔法で!」
「治ったの!?治ったのにね!?」
「おお、なんという事だ!主よ!」
「ではもう大丈夫なのか!?
「
「カール様、さあこちらへ!おお!確かにカール様だ!!あははカール様!!」
「アロイス!私にも、私にも抱かせてくれ!さあカール様!!」
「
「おお、カール様!!ははは、カール様!!」
「
おお、主よ!ああ、リュウイチ様にも感謝を!!」
アロイスがリュウイチの背中からカールを取り上げ、それを今度はグスタフがおんぶする。エルネスティーネはアロイスの胸を借り、これまで色々溜め込んでいたものが涙になって溢れ出てしまったかのような状態になっていた。
「まさか…まさかこんな日が来るなんて…ううぅぅ…
「一時!?一時と言ったかい
自らの胸の中で泣く
「カール様にかけられた魔法は十分ほどしか効果が効かない一時的なものだそうです。」
『そろそろ魔法をかけなおしますよ…グレーター・マジック・シェイド』
せっかくカールが陽の光の下へでられたというのに、それが一時的なものでしかないという事実にアロイスが一瞬絶句する。そしてちょうどそのタイミングで魔法の効果時間がそろそろ切れようとしている事に気づいたリュウイチが魔法をかけなおした。
「「「「・・・・・」」」」
貴族たちが見守る中でカールの身体が青く光り、その光が収まっていく。十分…たったの十分しか持たない魔法。カールの体質の問題が解決されたと早合点していた貴族たちはそのことにガッカリしないわけにはいかなかった。
ただそれでも、たとえ一時的ではあったにしても、カールを陽の光の下に出させるという悲願が達成できたことに、カールと血のつながりのある親戚たちは喜ばないわけではなかったが・・・。
「リュウイチ様、皆様も予定がおありでしょうし…」
ちょうど場の空気も一区切りついたように判断したルクレティアがリュウイチを促した。たまたまカールが見つかったためにこうなってしまったが、リュウイチたちは毒の混入ルートを確認しにいく途中だったし、貴族たちは貴族たちで予定があるはずで、お互い時間を無駄にするわけにはいかない。
『ああ、そうだねカール君、私たちは厨房へ行くけど…』
「ボクも行きます!」
グスタフの背中におんぶされたカールが力強く答えると、カールを取り囲む貴族たちの頭上に目に見えないクエスチョンマークが浮かび上がった。
「
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