第263話 毒麦
統一歴九十九年四月二十二日、午前 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
レーマ帝国の基本的な建築スタイルは《レアル》古代ローマから引き継がれたドムスを発展させたものである。もちろん、全く同じではない。地域によって土地の気候に合わせるように変更が加えられていたりもするし、《レアル》古代ローマ以外からの降臨者によって
レーマのドムスがローマのドムスと最も違っているのは
まず暗い。採光窓が小さかったり、照明がそれほど充実していないというのもあるが、煙突が存在していなかったため室内に煙が充満しており、壁も天井も
そして
そのような環境であるから、
レーマン・ドムスも実態としてはさほど大きくは変わらないが、明るさという点だけは随分と改善していた。
もっとも、
しかし、下水道に直結する下水溝があるのは同じだったし、排水トラップも存在しない(そもそも《レアル》から伝わっていない)ため悪臭とネズミの問題は解決されていなかった。このためある程度大きな
そんなところへ降臨者リュウイチをはじめ侯爵夫人エルネスティーネ、その息子で侯爵公子のカール、子爵のルキウスとその妻アンティスティア、子爵公子のアルトリウス、大神官の娘ルクレティア、エルネスティーネの兄弟であるグスタフやアロイスといった、おおよそアルビオンニアにおいて最高位の
厨房スタッフらはちょうど
「あ、あ、あの、
厨房を預かっていたルールスは
ルールスは「田舎者」という名前(RULLUSはラテン語で「貧乏人」「無骨者」「田舎者」を意味する)の割に生粋のレーマっ子だ。ヒト種の料理人の息子で、自身も料理人を志し、父のコネで
ランツクネヒト料理にも少し興味があり、その本場アルビオンニアに
「いや、ルールス。心配しなくていい。
「はい、
「それを見せてくれ。
あと、
「それでしたら…鍋はこちらの胴鍋ですが…」
「構わん、見せてくれ」
「どうぞ…」
手渡された胴鍋は何の変哲もないフライパンのような片手鍋で、洗ったばかりなのかしっとりの濡れていた。現在
アルトリウスはそれを受け取ると自分自身で一通り眺めまわした後、リュウイチに差し出した。
『ディテクト・エンチャント…もう、痕跡は残ってないですね。』
リュウイチが魔法で胴鍋を確認したが、木皿のように粥の残滓が残っていたわけではないので毒効果は検出されなかった。
「ありがとう。では小麦を見せてもらっていいか?」
「こちらです。他の小麦とは別にしてありますから…」
ルールスは鍋を返してもらうと調理台の上にポンと置き、先に
「この袋です。よいっ…しょっと…」
ルールスが掛け声とともに麻袋を取り出し、口を開けて中身を見せると、
『ディテクト・エンチャント……やはりこれだ。
「「「バッカク?」」」
『えっと…麦を侵すカビの一種…だったはず。』
リュウイチの説明に驚いたルールスが袋に手を突っ込み、小麦を掴んで取り出してみた。だが見た目は何ともないし、臭いも普通だ。
同じようにアルトリウスが袋から小麦を取り出し、手のひらからサラサラと袋にこぼしながら小麦を見、もう一度取り出しなおして臭いを嗅いでみる。
「ん、少し臭うぞ!?
こんな物を出してたのか!?」
「え!?そうですか?!…いや、すみませんが私には…」
怒気を孕んだアルトリウスの詰問にルールスは顔を青くしてもう一度小麦を手に取って臭いを嗅いでみたが、全く分からなかった。それを皮切りにその場にいた者たちが我も我もと競うように小麦の臭いを確かめる。だが、ヒトには全くわからず、ホブゴブリンでも臭いの分かった者と分からない者とに分かれた。
「どうやら、ホブゴブリンの鼻でようやく嗅ぎ分けられるかどうかという程度に臭うようだな。アルトリウスはコボルトの血を引いとるから、すぐに分かったんだろう。
リュウイチ様も魔法で確認なされたことだし、間違いあるまい。」
自身は異臭を嗅ぎ取れなかったが、ルキウスは全員が思ったであろうところを代表して述べた。その一言はエルネスティーネにとって衝撃的な結論だった。
「これは、毒麦だ。」
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