第921話 言葉による牽制

統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム




「やっぱりか、裏切り者め。」


 ペイトウィンが吐き捨てるようにののしると、グルグリウスの顔が初めて笑顔以外の形に歪む。


「裏切り者とは随分なおっしゃりようですな。

 好きにしろと言って吾輩わがはいを放逐したのは貴方様でしょう?」


「だからって敵に付くことは無いだろ!

 召喚してもらった恩も忘れやがって……

 これが裏切り以外の何だっていうんだ!?」


 グルグリウスと言葉の応酬を続けながら、ペイトウィンは懐に突っ込んだ手をゴソゴソとうごめかせ、次の戦いに備える。戦って勝てる相手ではないし何としても逃げ延びねばならないが、どうせ戦いは避けられないのだ。先ほど以上の一撃を加えて隙を作らねば、この場から離脱してもまたすぐに追いつかれるだろう。

 ペイトウィンが自らの懐にやけに深く手を突っ込んで何かをまさぐっていることには気づきながらも、グルグリウスはペイトウィンとの口論を続けた。《地の精霊アース・エレメンタル》に貰った力を持ってすれば目の前のハーフエルフを圧倒するなど容易たやすい。それにどうせ今ペイトウィンを捕えても、命令通りルクレティアに引き渡せるのはルクレティア一行がシュバルツゼーブルグから十分に離れて以降……すなわちどれだけ早く見積もっても明日の昼頃以降なのだ。ならば焦る必要はない。向こうが言葉でこちらの名誉をけがそうと試みるならばその試みそのものを粉砕し、身の程を思い知らせてやった方が良いだろう。あらゆる面で敵を圧倒してこそ、眷属として《地の精霊新たな主人》の名誉を守り、その恩に報いることになるのだから。


「これは異なことを!

 《地の精霊アース・エレメンタル》様やルクレティア・スパルタカシア様が貴方様の敵だったとは初めてお聞きしましたが?」


 インプだったグルグリウスはただ手紙を届けろとだけしか言われなかった。手紙の内容も目的ももちろん、両者の関係など状況の説明は何一つ聞いていない。それなのに後になってから手紙を届ける相手が敵だったとか責められても理不尽な言いがかりでしかない。


「屁理屈言うな!

 向こうへ行って雰囲気で分かったはずだ!

 友好的に歓迎などされなかっただろ!?」


「インプはどこへ行っても歓迎などされないものです。

 特に野蛮な人間たちは意味もなくインプを毛嫌いなさる。

 それなのに雰囲気で敵だと気づけなどとは……ハッ、無理難題もいいところ。」


 さすがに腹が立ってきたのかグルグリウスの慇懃いんぎんな態度も少しずつ粗野なモノへ変わり、ペイトウィンに対してあからさまに呆れを露わにする。ペイトウィンはペイトウィンで自分で挑発しておきながらグルグリウスが乗って来るとムキになるのだから始末に負えない。


「察しの悪い奴だ。

 おまけに自分を嫌ってる相手に尻尾を振るなど、なんたる無節操!」


「《地の精霊アース・エレメンタル》様は吾輩のことを嫌ってなどおられませんでしたよ。

 むしろ、非力ながらも生死の危険を冒して使命を全うしようとする吾輩を御褒めくださいました。

 だからこそ吾輩も喜んで《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属に加えていただいたのです。」


 元よりインプは義理堅く、決して約束を違えたりはしない。グルグリウスもまたそれを誇りとしている。そのグルグリウスはペイトウィンの言い放った“無節操”の言葉にカチンときたが、ここは義理も人情もない人間と自分たち妖精は違うのだということを示すため、あえて毅然とした態度で言い返した。

 するとペイトウィンは挑戦的だった態度を一変させ、何もかも忘れてしまったかのように驚きの声を上げる。


「眷属だと?!

 《地の精霊アース・エレメンタル》の眷属と言ったか!?」


「いかにも?

 《地の精霊アース・エレメンタル》様が吾輩の新たな主人だとお教えしたではありませんか!?」


 自分が、妖精が、いかに義理堅い存在か、人間なんかより妖精の方がよっぽど立派な精神性を持ち合わせた高尚な存在なんだ……そのように弁論で戦うつもりだったグルグリウスはペイトウィンがまったく関係のない部分に食いついたことで肩透かしを食らい、呆れ、ガッカリしながら答えた。

 プライドの高いペイトウィンは自分が間抜けっぷりを晒してしまったことに気づくと、慌てて取りつくろう。


「なっ、何かの契約でもしただけかと思ったんだ!

 あの貧弱なインプごときが、せいぜい使いっ走りにしかなれない妖精が、あの《地の精霊アース・エレメンタル》の眷属になれるなんてふつう思わないだろ!?」


 やっぱりだ……人間という奴はどうもインプを不当に見下したがる。

 あの《地の精霊アース・エレメンタル》様は別として、精霊エレメンタルと妖精じゃ妖精の方がよっぽど高尚な存在だというのに、人間たちはやたら精霊エレメンタルをありがたがり、妖精を過小評価する。

 吾輩を召喚したこの人も、所詮は人間ということか……


 グルグリウスは失望に耐えながら皮肉な笑みを浮かべ、ペイトウィンを蔑むように見つめるが、当のペイトウィンはそのようなグルグリウスの心情などに気づきもせず一人話し続ける。


「フンっ、そうか……それで、人間みたいな姿なんかしてるのか……

 魔力を貰って進化したな?

 インプから何になったんだ?!」


「クハハハハッ、その通りですホエールキング様。

 まあ、この格好も貴方様と話をしやすくするためにこうしているに過ぎないのです……本当の姿をお見せしたら、驚きすぎて吾輩の話など聞いてはくださらなかったでしょうからね。」


 ペイトウィンに自身の進化について訊かれたグルグリウスは一気に上機嫌になった。それこそがグルグリウスにとって一生の快事、最大の自慢なのであるから当然だろう。しかもその事実はまだ限られた人にしか知られていないのだ。が、グルグリウスの上機嫌は長く続かなかった。


勿体もったいぶるな!

 お前の本当の姿なんかに興味はない!!」


 グルグリウスを調子に乗らせてしまったことに気づいたペイトウィンは咄嗟に否定する。とかく相手に対して優位に立とうとする癖がついていたペイトウィンは、そうだからこそ敵対している相手が調子に乗ることを嫌う。そして無意識のうちに相手に何らかの掣肘せいちゅうを加え、相手の調子を狂わせる癖も身に着けていた。

 その癖こそが実はペイトウィンが付き合った人たちから嫌われてしまう理由のなかでも最大の物なのだが、彼自身はそれを特筆すべき自分の才能だと考えていた。そしてそれはどうやらグルグリウスに対して効果を発揮したようである。


「おお!なんと、つれない。」


 生まれ変わった自分の真の姿を、手に入れた力を自慢したかったグルグリウスはいきなり出鼻をくじかれ、ガッカリしたようになげいた。切っ先を制することに成功したペイトウィンはそのまま相手を畳みかけようと挑発的な笑みを浮かべた。


「それに……だいたいお前、これは失敗だったんじゃないか?」


「おや、何がでしょう?」


「俺を捕まえてスパルタカシアの前へれて行くのがお前の仕事なら、わざわざ人間に化けてこうして無駄に話なんかする必要は無かっただろ。最初から力づくで捕まえて無理やりにでも連れて行ってしまった方が早かったはずだ。

 俺ならそうするね。」


 常に相手より優位に立ちたがるペイトウィンは相手の落ち度を見逃さない。彼の優れた観察力・洞察力は、周囲の人間にとっては非常に残念なことにそのために使われていた。

 ハーフエルフらしくそれなりの賢い彼の知能は、相手の動機や目的などを見極めたうえで、客観的にを見抜いてしまう。そしてそれにそぐわない部分を相手の落ち度・失敗として指摘し、如何に自分が相手より優れているかを証明し、その実績を積み重ねることで相手より自分の方が優れていると相手に思い込ませるのだ。

 そんなペイトウィンからすると、グルグリウスの行動は無駄にしか思えない点が多すぎる。何故そうした無駄な行為をするのかは、合理的に考えようとすればするほど不可解に思えてならない。ペイトウィンはそうした非合理を責めるべき相手の失敗として、取るべき揚げ足として利用したが、より深い無意識の部分では不安な要素でもあった。理解の及ばないモノ……それは無意識下では常に恐怖心をくすぐるものだからだ。実際、ペイトウィンはグルグリウスの失敗にツッコミを入れているようで、同時にその声はどこか上ずってもいた。

 グルグリウスはペイトウィンの声色から彼の緊張を読み取ったのかもしれない。小さく笑うと余裕を取り戻した。


「ふふん……確かにそうかもしれません。

 ええ、力づくで貴方様を連れ去るくらい今の吾輩にとって容易たやすいこと。」


 気を取り直したグルグリウスが涼やかに微笑みながらそう言うとペイトウィンは悔しそうに鼻翼を歪め、ケッと小さく毒づく。元々、絶対的な力の差があるのだ。多少の口論で精神的な優位を獲得できたとしても、所詮は焼け石に水である。相手の自信を突き崩すことが出来ないのなら、挑発的な弁舌は却って相手を勢いづかせることになりかねない。


「ですが、吾輩は先ほども申しましたようになるべく穏便に貴方様をお連れしたかったのですよ。一応、貴方様は吾輩をこの世に召喚した召喚主なのですからね。

 それに《地の精霊アース・エレメンタル》様からは貴方様を決して殺さずにお連れするよう厳命されております。力づくで無理やり連れて行こうとして、力加減を間違ってうっかり死なせるわけにはいかないのです。」

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