第888話 インプへの尋問(2)

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク倉庫ホレウム/シュバルツゼーブルグ



 《地の精霊アース・エレメンタル》様……


 ルクレティアは晩餐会の最中に《地の精霊》から教わった通り、無言のまま念話で《地の精霊》に呼びかけた。目を閉じ、胸の前で両手を組んで意識を集中する。その方が、今までのように声に出して話しかけるよりも、なんとなく良さそうな気がしたからだ。


『何か、娘御むすめごよ?』


 《地の精霊》はルクレティアの期待通り目の前に姿を現し、ルクレティアに向かい合った。


 恐れ入ります、《地の精霊アース・エレメンタル》様……このインプとの会話の仲立ちをお願い申し上げます……


『?

 自分ですればよいのではないか?』


 まさか断られるとは思ってなかったルクレティアはわずかに眉を寄せた。


 申し訳ありません《地の精霊アース・エレメンタル》様……

 叶うものであればそのように致したく存じ上げますが、私ではこのインプの念話を聞き取ることが出来ません。


 《地の精霊》は不思議そうにフワフワと揺れながらその場でくるりとゆっくり回った。


『そんなことは無いはずじゃが……まぁよい。

 どうすればよい?』


 恐れ入ります。

 このインプの話を聞かせてください。

 何故に私たちの依頼を断るのかと……

 そして、何故にハーフエルフ様の居場所を教えてくれないのかと……


『……うけたまわった……』


 かくして《地の精霊》とルクレティアを中継してのインプへの尋問が再会する。《地の精霊》が空中からインプを見下ろし、インプは平伏するようにそれを見上げ、そしてキシキシッと鳴きながら身振り手振りを交えて何かを訴え、それを今度は《地の精霊》がルクレティアの方に向き直って伝達する。


「その、伯爵公子閣下。」


「おお、話は、聞けたのですか!?」


 これまでルクレティアが《地の精霊》と会話する時は声を使って普通に話しかけていたのに、何故か今回は声を出していないので不思議に思っていたカエソーたちは知らない間に話が進行していたらしいことに一様に驚いた。


「はい……《地の精霊アース・エレメンタル》様に仲立ちをお願いしました。

 それによりますと……依頼は受けても良いそうです。

 ですが、手紙を受け取った場所に案内することはできても、そこにハーフエルフ様はもう居られないのだそうです。」


「む……やはりか……」


 それはカエソー自身も予想していた事だった。捜索隊を派遣すべきというアロイスの意見に賛同できなかったのも、そうした予想があったからこそだ。ハーフエルフだって決して無能ではない。前回、ケレース神殿テンプルム・ケレースに手紙を運んできた使い魔だって、居場所を知られぬようにするために韜晦とうかい行動をしていたことが分かっている。手紙の返事を受け取った使い魔が飛んで行った方向から『勇者団』ブレーブスの拠点を探し出そうとする試みは失敗に終わっていたのだ。それくらいの用心を当たり前にしている『勇者団』が、今回だけは不用心になってくれると期待するのは愚かと言うものだろう。むしろ下手に送り狼なんか出したら、逆に罠を仕掛けられていたとしても不思議ではない。それを思うからこそカエソーはアロイスの進言を退けたのだ。


「それと、閣下?」


「ん、何ですかな?」


 溜息をつくカエソーに、ルクレティアは少し躊躇ためらいながら話を続けた。


「場所に案内しますがハーフエルフ様はいらっしゃいませんと言うつもりでしたのに、伯爵公子閣下は仕事を断られたと誤解され、御怒りになられたので大変恐ろしかったと……そう申しているそうです。」


「むっ!?」


 ルクレティアに言われたことが意外だったのかカエソーは驚き、顔はルクレティアに向けたまま視線だけをインプへ向けた。それに気づいたインプがビクッとおののいて背後のヨウィアヌスの服を掴みすがりつく。


 ああ……なるほどそうか……


 今更ながらカエソーは先ほどのインプの反応の意味がようやく理解できた気がした。たしかにカエソーはインプに一度に二つの異なる質問をしていた。それに対して言葉を使えない者がジェスチャーだけで返事をしようとしたらああなってしまうのだろう。


「あぁ……いや、それはすまなかった。」


 カエソーは視線をルクレティアの方へ戻してから謝罪の言葉を口にする。インプに向けられるべき謝罪の言葉がルクレティアに向けて発せられるのは明らかにおかしいが、しかし誰もそのことを気にしない。当のインプ本人も、カエソーの無礼に対する憤慨ふんがいよりも、カエソーがどうやら怒らないようだという安心感の方が優ったようで、顔はカエソーの方へ向いたままではあったがしがみついていたヨウィアヌスの服から手を放し、ひとまず身を休めるように机の上にうずくまった。

 インプの様子など気にする風でもなくカエソーは額に手を当て、考え込むような様子でアロイスの方へ振り返った。


「閣下、やはり敵のアジトを捜索しましょう。

 捕虜から証言がとれたということにして、一個百人隊ケントゥリア……

 閣下の部下をお借りできますかな?」


 捕えた盗賊たちはヴォルデマールに引き渡していなかった。彼らはアルビオンニア属州の犯罪者であり、アルビオンニアで裁かれ処罰されるべき存在ではあるし当初はそうするつもりであったが、一応『勇者団』の関係者ではあったためカエソーの方で囲ったままにしてある。もちろんヴォルデマールたちに『勇者団』のことを知らせるわけにはいかないので、名目上はカエソー率いるサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアに攻撃をしかけてきたからサウマンディア軍団で処分させてもらいたいとカエソーがアロイスに要請し、アロイスがアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニア軍団長レガトゥス・レギオニスとしてこれを承認したという形にしていた。


「もちろん承りますとも。」


 アロイスは即座に承諾した。元々、アロイスがカエソーに捜索隊を出そうと進言していたのだ。アロイスの側に断る理由は無い。というより、アルビオンニア属州の防衛を担うアルビオンニア軍団という立場からすれば、むしろアロイスの部隊を出さないわけにはいかない。


 メルクリウス対応の作戦の指揮権はサウマンディア側にあり、『勇者団』は今回のメルクリウス騒動の張本人である可能性が極めて高いため、こと『勇者団』対応ではアロイスはカエソーの指揮下に入らねばならない。だが、現時点で『勇者団』の存在は秘匿せねばならず、盗賊団の背後に『勇者団』が存在することはもちろん、盗賊団とメルクリウスとの関係も悟られるわけにはいかない。である以上、カエソーが部隊を動かすことはできないのだ。

 アルビオンニア属州がサウマンディア属州とは異なる領主によって治められる異なる属州である以上、カエソーが部隊を動かそうとすればアルビオンニア側の承認を得たうえでなければならない。しかし、ただの盗賊団の対策となれば完全にアルビオンニア軍団かシュバルツゼーブルグの管轄である。アルビオンニア軍団かシュバルツゼーブルグからの救援要請でも受けない限り、カエソーがアルビオンニア属州内の盗賊団のアジトに踏み込むなど、越権行為以外の何物でもない。そして、シュバルツゼーブルグは兵力不足であっても、アルビオンニア軍団は一個大隊コホルスが丸々、しかも盗賊団対応のためにこの場にいるのだ。アルビオンニア側からカエソーに救援要請など出るはずも無ければ出すはずもない。ならば、この場はアロイスに部隊を出してもらうしかないではないか。


「捕虜から証言を得た伯爵公子閣下が私に通報、そして私が部隊を派遣する……ということにするのですな?」


「ええそうです閣下。

 具体的な場所はこれから聞き出さねばなりませんが……」


 二人はそろってインプの方へ目を向けた。

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