第887話 インプへの尋問(1)

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク倉庫ホレウム/シュバルツゼーブルグ



「おい!」


 カエソーが唐突に上げた強い声に部屋にいた全員が驚いた。カエソーの視線の先にいたインプも口をモグモグさせたまま視線をカエソーに向ける。カエソーはそのまま前に一歩踏み出し、メンサに手を突くとインプに向かって身を乗り出した。


インプこいつは言葉がわかるんだったな?」


 カエソーは身体も視線もインプに向けたままだったので誰に向かって言ったのかは誰にも分からなかった。が、口調や言葉遣いからインプに対してでもルクレティアに対してでも無いことは確かだ。となれば、その疑問に答えられるのはリウィウスたちだけであろう。

 リウィウスは戸惑い、視線を何度か泳がせながらカエソーに応える。


「ヘ、ヘィ、アッシらぁインプこいつを捕まえた時に話しかけやしたが、確かに言葉が分かってる風でした。」


 答えを聞いたカエソーはわずかに右頬を歪めると、インプをにらみつけたまま今度はインプに向かって話しかける。


「おい、お前……この後、御主人様のところへ帰るのか?」


 あからさまに何か悪だくみをしているようなカエソーの顔を見上げながらインプは首を伸びあがらせるように口に入れていたライベクーヘンをゴクリと飲み込み、それから引きつったような愛想笑いを浮かべてフルフルと首を横に振った。それを見てカエソーは顔をしかめる。


「何?帰らないのか!?」


「閣下!」


 カエソーが何を考えているか気づいたルクレティアが横から声をかけた。


「このインプは使い魔ではないのだそうです。」


「使い魔ではない?」


 姿勢はそのまま首だけを動かしてルクレティアの方を向いたカエソーが意外そうに尋ねると、ルクレティアはカエソーの不満を向けられたような気がして少し身を引き、説明を続ける。


「はい……その、《地の精霊アース・エレメンタル》様がおっしゃるには、このインプは使い魔ではなく野良のらのインプなんだそうです。

 手紙をよこしたハーフエルフ様とは何のつながりも無くて、報酬と引き換えに手紙を運んだだけだと……」


 それを聞いたカエソーが顔はルクレティアに向けたまま、視線だけをインプへ向けて眉をひそめた。音こそ鳴らなかったが、その口は舌打ちしたようにピクリと動いている。


 インプこいつに返事の手紙を運ばせ、その後をつけようと思ったが、そう簡単にはいかないか……


 インプはその様子を見上げたまま、両手に抱えたライベクーヘンにかぶり付き、ムシャムシャと咀嚼そしゃくし始めた。顎の動きが先ほどまでに比べてやけに早い。まるで残りのケーキクーヘンを奪われないうちに平らげようとするかのように、二口目三口目と立て続けに頬張り、咀嚼し、飲み込んでいく。その仕草は見ようによってはリスのように愛らしくもあったかもしれないが、今のカエソーには非常に不愉快にしか思えなかった。


「ということは、インプコイツは別にハーフエルフ様に忠誠を誓っているというわけではないのですね?」


「……お、おそらくは……そう、です。」


 ルクレティアの返事を聞いたカエソーはフーッと大きく鼻を鳴らし、改めてインプに向き直った。その顔には最初にインプに話しかけたのと同様、いやそれ以上に自信に満ちた笑みが浮かんでいる。


「ならばインプよ。

 次は我々に雇われるがよい。

 もちろん報酬は払う。

 お前がこの手紙を預かった『勇者団』ブレーブスのアジトを教えるのだ。

 そこに、この手紙を書いたハーフエルフ様がいらっしゃるのだろう?」


 カエソーが話しかけるうちに残りのライベクーヘンをすべて食べ終えていたインプは最後の一口分を目を閉じ、首を伸びあがらせるようにゴックンと飲み込むと、改めてカエソーを見上げ、愛想笑いを浮かべて首を大きく傾げ、それからすぐに姿勢を戻して首をフルフルと横に振った。

 合点がてんの行かないインプの態度にカエソーは苛立いらだちを募らせる。


「何故だ!?

 報酬を与えれば仕事を請け負うのだろう?」


 インプはキシキシと小さく音をたてながら首を縦に二回大きく振った。


「ならばアジトを教えろ!

 そこにハーフエルフ様がいらっしゃるはずだ!」


 焦りを露わにカエソーが早口で言うと、その剣幕にややおびえた表情を見せたインプはフルフルと首を横に振った。その顔の前で右手も左右に振って否定を強調する。


 ドンッ!!


「どういうことだ!?」


 机についていた手を持ち上げ、そのまま拳を握って殴りつけたカエソーが大きな声を出すとインプはビクッと身体全体を弾ませてササッと後ろへ逃れようとする。が、そこにはヨウィアヌスが立ちはだかっており、インプはヨウィアヌスの腹にぶつかって立ち止まり、逃げ道を探してキョロキョロと見回した後、改めてカエソーに向き直って身体を縮こませた。口は歯を剥き出していたが、その赤い目は怯えに歪み、身体全体がブルブルと恐怖に震えている。


「言え!説明しろ!?

 お前は言葉がわかるんだろう!?」


「お、お待ちくだせぇ閣下!」


 思わずリウィウスが止めに入る。


「何だ!?」


 カエソーは勢い余って苛立ちをリウィウスへ向けてしまうが、リウィウスは困惑しながらも口出ししてしまった手前インプを庇い説明を続けた。


「こ、インプコイツぁ言葉も分かるし会話もできまさぁ。

 ですが、念話でなけりゃ話せねぇんでさ。」


「念話だと?」


「へぃ、インプコイツぁ身体が小せぇせいか、声が満足に出せねぇ。

 たどたどしくしかしゃべれねぇから、声じゃ会話にならねぇ。

 だから《地の精霊アース・エレメンタル》様みてぇに念話でねぇと……」


 リウィウスの説明を聞いたカエソーは舌打ちしそうになるのをこらえると、面倒くさそうな表情を作って身体を起こした。机に拳を突き立てていた右手で、バツが悪そうに額をボリボリと掻き、いかにも失敗したといった様子でルクレティアに尋ねた。


「そうなのですか、ルクレティア様?」


「え!?……あ、はい……その、ようです。」


 フーーーーッ……カエソーは目を閉じ大きくため息をつくと、額にやっていた手を下ろし、改めてルクレティアの方へ向き直る。


「ではルクレティア様。

 恐れ入りますが、このインプとの会話を仲立ちしてはいただけないでしょうか?」

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