第109話 合同対策会議(2)

統一歴九十九年四月十二日、夜 - ティトゥス要塞司令部/アルトリウシア



 サウマンディア軍団レギオー・サウマンディアアルトリウシア派遣隊を交えて行われた初の会議は深夜にまで及んだ。

 降臨者リュウイチに関する情報はまずアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスラーウスによって降臨から現在までの概況が語られ、次いで軍団長レガトゥス・レギオニスのアルトリウス、アルトリウシア艦隊クラッセムクェ・アルトリウシア艦隊司令プラエフェクトゥス・クラッシスヘルマンニ、そしてアルトリウシア領主であるルキウスの順に詳細が説明された。


 降臨者はゲイマーガメルであり、伝説の《暗黒騎士ダークナイト》その人であること。そしてその魂は別のゲイマーであり名をリュウイチという事。

 強力無比な《火の精霊ファイア・エレメンタル》を従えている事。

 アルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースにおいてアルトリウシア軍団所属の軽装歩兵ウェリテス十人隊コントゥベルニウムと戦闘状態に入り、こちら側の攻撃は全く効果が無く、魔法によって一方的に無力化された事。

 さらに召喚魔法も使え、実際に《地獄の軍馬ヘル・ウォー・ホース》なる炎をまとった巨大な軍馬を召喚し騎乗してみせた事。

 魔道具マジック・アイテムソロモン王の指輪リング・オブ・キング・ソロモン》を使って動物を使役する力を持ち、どうやら人間も使役できるらしい事。

 大変な金持ちで一枚で二百デナリウス以上の価値があるであろう金貨を少なくとも八千枚は所持しており、それで奴隷を買おうとしたこと。

 アルビオン海峡をつかさどるという強力な《水の精霊ウォーター・エレメンタル》アルビオーネを無条件で従属させたこと。

 百日後にはアルビオーネによってリュウイチの降臨は世界中の精霊エレメンタルに周知され、おそらく強力な精霊が降臨者リュウイチに挨拶するためにアルトリウシアを訪れるであろうということ等が時系列順でアルトリウスから説明された。


 ヘルマンニからは《火の精霊》の他に《風の精霊ウインド・エレメンタル》も同時に召喚し、使役したこと。それによって船を高速で帆走できたこと。

 大砲の直撃を受けても傷一つ追わなかった事と、その時リュウイチの頭に当たって潰れた砲弾が提示された。

 また、強力な治癒魔法によって致命傷を負ったヘルマンニを一瞬で回復させてしまったことと、その時ヘルマンニが着ていた鎖帷子ロリカ・ハマタ(砲弾で穴が開いてしまった物)が提示された。

 他にも酒をいくら飲んでもほとんど酔わなかった事や海産物と黒ビールを喜んでいた事などが報告された。


 ルキウスからは降臨者リュウイチから大量のポーション寄贈の申し出があったことと、それの扱いについて降臨者リュウイチとの間で合意に達していること。

 それによって侯爵家と子爵家とアルトリウシア軍団で備蓄していたポーションを避難民に放出できた事が報告されるとともに、サンプルとして受け取ったポーションを木箱ごと席上に展示した。

 また、昨日の朝以降の食事や会話を通して感じた人物像等についても説明があった。


 つづいて護衛を務めた百人隊長ケントゥリオのクィントゥス、および随行したヴァナディーズ女史からも途中の様子についての報告があり、ヴァナディーズからは特に降臨者リュウイチから人工降雨の知識を齎された事が報告された。



「これはムセイオンでも知られていない、まったく未知の叡智です。

 魔法にもスキルにもよらない人工降雨が実現すれば、世界は変わります。

 降臨者リュウイチ様は単なるゲイマーではありません。

 《レアル》の叡智を齎す降臨者として遇するべきと愚考いたします。」


 ヴァナディーズは自分の報告の最後をそう締めくくった。



 降臨者は《レアル》の叡智を齎すが、ゲイマーは別だ。

 彼らがこの世界ヴァーチャリアで行ったのは略奪と殺戮ハック・アンド・スラッシュだった。彼らがその強大な力で危険な魔物モンスターたちを駆逐したのは事実だったが、それ以上の戦災被害を齎した事は決して軽視できることでは無い。実際、人類は滅びかけたのだ。

 だからこそ、大協約では降臨阻止を至上命題としている。


 しかし、その強大な力を御する理性を持ち、《レアル》の叡智を齎してくれるとしたらどうだろうか?

 《レアル》の叡智がこの世界ヴァーチャリアを発展させてきたことは疑いようのない事実であり、大協約体制の現代においてなお恩寵おんちょうと位置づけられているのだ。



「可及的速やかに《レアル》へ御帰還いただくにしろ、《レアル》世界の恩寵をこいねがうにしろ、丁重に遇さねばならんことには変わりない。

 名にし負う、相手は伝説の《暗黒騎士ダークナイト》その人なのだ。

 まかり間違って逆鱗げきりんに触れでもすれば人類は滅亡の危機を迎えるだろう。

 我々の力ではあの御仁リュウイチをどうすることも出来はしないのだからな。」


 長い沈黙を置いてルキウスが言った。


 アルトリウスは《火の精霊》によって自分たちの武器が一瞬で溶かされ無力化されたのを知っている。その現場を直接見たわけでは無いが、空中で溶かされ地面に落ちた残骸を見たのだ。

 それでも短小銃マスケトーナ長小銃オーハザマなら何とかと淡い期待を抱いていたが、それらよりよほど強力なはずの大砲の弾が効かなかったとなれば、少なくともアルトリウシア軍団に対抗手段は無いと考えざるを得ない。


 ヘルマンニがここで提示した降臨者リュウイチの頭を直撃したという砲弾を見てアルトリウスは深く溜め息が漏れるのをこらえる事が出来なかった。

 直径約二インチ(約五センチ)の鉛の弾は潰れて変形し、まるで花びらのように開いていた。そして潰れて平皿のようになった面には、リュウイチの髪の毛の跡さえ残っている。

 アルトリウスもまだ少ない実戦経験の中で、これと同じ砲弾が防具に身を固めた兵士の身体を貫くのを見た事があった。ヘルマンニが致命傷を負ったと言っていたが、それは決して大袈裟な物言いでは無いことは疑いようがない。ヘルマンニが証拠として見せた穴の開いた鎖帷子ロリカ・ハマタや分厚い鎧下イァックを見れば明らかだ。

 だが、《暗黒騎士リュウイチ》には効かない。

 その上でさらに致命傷を一瞬で直す治癒魔法を持っているという。もはや、どうにかできると考える方がおかしい。



 リュウイチとある程度接していたアルトリウスでさえこの有様なのだから、今日この場で初めてリュウイチについて知らされた者たちが受けた衝撃は生半なまなかなものではない。

 会議室は重苦しい空気で満たされた。

 その中で平気そうな顔をしている者は決して豪胆だからでも楽観的だからでもない。ただ単に衝撃が大きすぎて事態を受け止め切れていないだけだ。



「我々が極力戦闘を回避せねばならぬというのは、我々が戦闘行為を行えばそれに触発され、かの《暗黒騎士ダークナイト》の力が開放されるのを避けるためですな?

 なるほど、戦うための軍団兵レギオナリウスが戦うことなく問題を解決せねばならぬとなれば、それは確かに困難な任務と言えますな。」


 サウマンディア軍団大隊長バルビヌスは自嘲じちょうするかのように言った。彼は大隊長という高い地位にいるが、騎士エクィテスでも貴族ノビレスでもない。海賊退治、盗賊討伐、アルビオンニアでの対南蛮サウマン戦支援といった戦場での功績を積み重ねて一兵卒から今の地位まで出世してきた人間だ。

 戦場での経験が豊富だからこそ、危機を前に戦いを避ける事がどれだけ難しく、同時にそれがどれだけ重要かを良く知っていた。戦場にあって軍人は、むしろ戦う選択肢を選ぶ方が簡単なのだ。



 その困難さを理解している指揮官を今回連れてくることが出来た事を、今更ながら幸運だっだと思ったカエソーが慰めるように言った。


「幸い、我々に戦いを挑んでくる敵はいない。

 少なくとも、ハン支援軍アウクシリア・ハンは目の届かない所へ去ってくれた。あいつらはこのまま目の届かないところで始末すればいい。」


 その言葉に、列席していた軍人たちが愛想笑いを浮かべ、文官たちは小さくため息をついた。


「当面の問題は被害にあった領民たちです。」


 エルネスティーネが凛とした口調で声を発すると、一同は姿勢を正した。


「リュウイチ様は先ほどお見せしたようなヒーリングポーションを六百本も提供してくださいました。また、カッシウス・アレティウスクィントゥスが報告したように避難民のために治癒魔法を使う事を申し出てくださいました。

 思うに、リュウイチ様はとても慈悲深い御方のようです。

 そして、慈悲深い御方であるからこそ、多くの民草が塗炭の苦しみを味わっているこの状況は、リュウイチ様をして何がしかの行動を起こそうと決断させてしまうかもしれません。

 また、百日の後に神にも等しい精霊エレメンタルたちがリュウイチ様を、訪ねて来るであろうという予想も気になります。

 当面は、被害地域の復旧復興に全力を挙げねばなりません。

 スィルパーミナブルグに駐屯する我がアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアにも参集を命じていますが、ここアルトリウシアに到着するまでまだ数日はかかるでしょう。

 皆様のお力が頼りです。

 どうか、このエルネスティーネとアルビオンニアに、そしてアルトリウシアの領民たちに、皆様のお力をお貸しください。」

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