第108話 合同対策会議(1)

統一歴九十九年四月十二日、夕 - ティトゥス要塞司令部/アルトリウシア



 アルトリウス率いるアルビオンニウム遠征隊本隊とサウマンディウムから同行してきたサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアアルトリウシア派遣隊がセーヘイムに上陸を果たし、隊列を組んでティトゥス要塞カストルム・ティティに入城した時には、日はもうだいぶ傾いていた。

 アルトリウシア軍団の軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムは既に全員がマニウス要塞からティトゥス要塞へ参集している。


 サウマンディア軍団の一行はティトゥス要塞内に確保された一個大隊コホルス分の兵舎を割り当てられた他、筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスのカエソー、軍団幕僚で元老院議員セナートルのアントニウス、そして大隊長ピルス・プリオルのバルビヌスにはそれぞれ軍団幕僚用宿舎プラエトーリウムが割り当てられた。

 百人隊長ケントゥリオ以下軍団兵レギオナリウスたちは割り当てられた兵舎へ納まると、夕食が配給されるとともに公衆浴場テルマエの利用が許可された。

 大隊長以上はひとまず私的使用人らが割り当てられた宿舎に入って宿泊の準備を整え、本人たちはまず要塞司令部プリンキピアでの晩餐会ケーナいどんだ。


 ルキウスとしてはサウマンディア軍団幕僚らに先にティトゥス要塞に来てもらい、一通り会談した後に夕食にする目論見だったのだが、全隊の上陸完了と荷下ろしに予想外の時間がかかってしまい、ティトゥス要塞への入城が遅くなりすぎてしまったため、会談を後回しにせざるを得なくなってしまっていた。


 晩餐会そのものはつつがなく進行し、そこで行われた会話も給仕を務める使用人らの耳目じもくを考慮し、当たり障りのない話題に終始した。アルトリウシアで用意できる最高の酒が用意されていたが、この後の会議の事を考え全員が酒量を控えていたのは言うまでもない。


 その後、本来なら晩餐ケーナの後は酒宴コミッサーティオへとなだれ込むものなのだが、今夜は享楽とは対極にある会議へと移行することになる。

 豪華な食事が繰り広げられた食堂から参加者の面々が一旦外に出て談笑しながら休憩している間に、使用人たちが食器や酒器を片付け、テーブルクロスを取り払って部屋を会議室本来の姿へと戻していく。

 一同が部屋に戻った時、高価な鯨油ロウソクの灯りに照らされたそこは酒や料理の残り香さえも残さず雰囲気をがらりと一変させていた。



 会議室中央にしつらえられた大理石のテーブルに付くのはアルビオンニア侯爵夫人エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア、アルトリウシア子爵ルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウスの二人の領主。

 アルビオンニア侯爵家筆頭家令で実質的な領地経営を総括しているルーペルト・アンブロス、財務官ヴィンフリート・リーツマン、アルトリウシア子爵家筆頭家令ホスティリアヌス・アヴァロニウス・ラテラーヌス、財務官ハルサ・カッシウス・フルーギー、法務官アグリッパ・アルビニウス・キンナ。

 サウマンディア軍団からは筆頭幕僚カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子、軍団幕僚アントニウス・レムシウス・エブルヌス、第二大隊大隊長バルビヌス・カルウィヌスの三名。

 アルトリウシア軍団からは軍団長アルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子、筆頭幕僚ラーウス・ガローニウス・コルウス他軍団幕僚五名(元老院議員を除く全員)、陣営隊長プラエフェクトゥス・カストルムスタティウス・アヴァロニウス・マローの計八名。

 それにアルトリウシア艦隊クラッセムクェ艦隊司令官プラエフェクトゥス・クラッシスにしてセーヘイムの郷士ドゥーチェヘルマンニ・テイヨソンを加え合計十九名。


 そのほかにテーブルには付いていないが二人の領主の衛兵隊長たち、アルトリウシア軍団の筆頭百人隊長プリムス・ピルスを含む大隊長が三名、更に参考人として『ナグルファル』号船長プリンケプスサムエル・ヘルマンニソン、百人隊長のクィントゥス・カッシウス・アレティウス、ムセイオンの女学士ヴァナディーズ女史が同室していた。


 これらの面々とアルビオンニア侯爵家とアルトリウシア子爵家の給仕奴隷を残し、それ以外すべての使用人や衛兵たちが退出すると会議室の扉は閉ざされた。

 給仕奴隷たちによって全員にお茶が配られるとアルビオンニア侯爵家家令ルーペルトの議事進行によって、まずは各分野の責任者からハン支援軍アウクシリア・ハン叛乱事件の概況が報告される。

 それらは帰還したばかりのアルトリウスをはじめ、事件当時アルトリウシアを離れていた者やサウマンディア軍団幕僚らにとっては初めて接する情報だった。



「では、少なくともアルトリウシアにハン支援軍は残っていないのですな?」


 資料を片手に起立したラーウスの概況説明を聞いたカエソーが質問すると、ラーウスがそのまま答えた。


「現状では強奪した貨物船クナール数隻を伴い『バランベル』号で海上へ脱出したものと思われます。

 ただ、リクハルドヘイムにおいて放牧中の羊がダイアウルフに襲われたとの被害報告が上がっております。未確認ではありますが、最大七騎程度のゴブリン騎兵が部隊から落伍し、アルトリウシアのどこかに潜んでいる可能性があります。」


「『バランベル』号の捜索は?」


「現状では何も・・・捜索隊を編成しようにも海軍基地カストルム・ナヴァリアが壊滅状態で人員も船舶も確保できていませんでした。

 しかし本日、アルビオンニウム派遣隊が帰還したので、準備出来次第捜索したいと考えております。

 よろしいでしょうか、ヘルマンニ卿?」


「ああ、しかし乗組員が定数を満たせん。

 今回のサウマンディウム派遣では正規の乗員を半分置いて出たんじゃが、残した乗員が被害にあってしもうたからの。

 乗員をやりくりして出せる船は二隻ってところじゃ、それも仮に『バランベル』号を見つけても戦わずに逃げる事になるじゃろう。」


 話を振られたヘルマンニは苦々し気に答えた。


「ひとまずはそれで構いません。

 リクハルドヘイムに逃れた海軍基地城下町カナバエ・カストルム・ナヴァリア住民の証言によれば、かなりの数のアルトリウシア住民がさらわれたようです。

 下手に沈めると犠牲者が増える事になります。」


「なるほど、発見しても沈めるわけにはいかないという事だな?

 しかし、捜索に使う船は多い方がいいだろう。

 我々のスループ艦も捜索に協力させよう。どうせトゥーレスタッドで暇を持て余しているだろうからな。」


 カエソーが助力を申し出ると、ラーウスが代表して礼を言う。


「ありがとうございます。

 水や食料の補給支援ぐらいはさせていただきます。」


「それはある程度用意してきたので当面は大丈夫だと思うが、それよりも人をいくらか貸していただきたいな。」


「人ですか?」


「我々の艦隊はもっぱらアルビオン海峡より東で活動していてこの辺りは不案内だ。

 捜索活動中は水先案内人を借りっぱなしにしたい。

 あと、強奪された貨物船を見分けられる人物もいた方が良いだろう。

 それから、伝書鳩も借りておいた方がいいだろうな。」


「なるほど、手配しましょう。」



 それから念のためチューアとサウマンディアに警報と捜索依頼を出す事、そして捜索範囲の分担と捜索期間等が取り決められた。

 北へ行った可能性は低いので西と南を捜索することとし、南は南蛮サウマンの領域に接している事からアルトリウシア艦隊が担当し、サウマンディアのスループ艦は西に広がる大南洋オケアヌム・メリディアヌムを担当する事と決められた。

 落伍兵とダイアウルフの捜索については支援要請は出ていないので各地区の郷士の私兵に任せる事となった。



「さて、では我々サウマンディア軍団としては、少なくとも軍事作戦を展開する必要は無いと考えて良さそうですな?」


 概況説明とハン支援軍捜索方針決定を受け、サウマンディア軍団のアルトリウシア派遣隊の現場指揮官であるバルビヌスが自己紹介以来初めて口を開いた。


「はい、せっかく来ていただいたのですが、おそらく戦闘の機会は無いでしょう。」


「はっはっは。何、戦働いくさばたらきだけが我らの仕事ではありません。

 せっかく来たのに何もせずに帰るつもりはありませんので、兵どもに出来る事なら何でも申し付けてください。

 被災地の復興作業など、野戦築城のいい訓練になりましょう。」


 ラーウスが苦笑いして答えたのを見て、自分がガッカリしているような印象を与えてしまった事に気付いたバルビヌスはあえて豪放に笑ってみせた。

 バルビヌスへの御愛想おあいそで一同が軽く連れ笑いすると、それが収まった頃を見計らってカエソーが話題を次へ移すべく口を開いた。


カルウィヌスバルビヌス、実は君には言ってなかったが今回の問題はこれだけではないのだ。

 我々も一応戦う準備はして来ているが、仮に戦う機会があったとしても、おそらく我々は極力戦闘それを回避せねばならないだろう。

 我々はこれからとても困難な任務を担うのだ。

 そうですな?」


「困難な任務ですと?」


 バルビヌスを始めこの場にいる半数ほどが怪訝な表情を浮かべるのと対照的に、残りの半数は表情を緊張させた。

 ラーウスはエルネスティーネとルキウスと視線を交わし小さくうなずくと、正面に向き直り宣言した。


「ではこれより、今回の降臨と降臨者リュウイチ様の状況についてご説明させていただきます。」

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