第739話 膨らむ憶測

統一歴九十九年五月九日、夕 ‐ セーヘイム/アルトリウシア



 迎賓館ホスピティウムから船着き場まで歩くアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子の後に付き従う下級貴族ノビレスたち。その道すがら、迎賓館でアルトリウスと二人だけで話をしていたセーヘイムの豪族ネストリは、同道していた貴族や豪族たちから追及を受けていた。

 彼らからの執拗な質問攻めに対し、正直に白状するネストリであったが彼らはそうは受け取らない。彼らの目にはどう見てもネストリが韜晦とうかいしているようにしか思えないのだ。


「またまた、我らの仲ではないか!」

「とぼけることはなかろうネストリ殿?」


 彼らの顔には卑しささえ感じるほどの愛想笑いが張り付いている。だが、彼らの目は決して笑ってはいなかった。


「いや、とぼけてなど!」


「ならば正直に申されよ、いったいどのような要件だったのだ?」

「そうじゃそうじゃ、今はアルトリウシア危急のときぞ?

 一領民として心を一つに力を合わせねばならんはずではないか。」


 これにはさすがのネストリも苦笑いを浮かべるほかなかった。何やらいつの間にか話が大きくなっている。

 おそらくアルトリウシアへの忠誠を人質に口を割らせようという魂胆なのであろう。セーヘイムの一豪族にすぎぬとはいえ、領民である以上領主への忠誠を疑われるようなことがあってはならない。が、かといって正直に話そうにも話せることはネストリには無かった。というより、既にすべて話してしまっている。


「いや、本当にただの世間話だったのですよ。」


「本当にそうですかな?」

「そうそう、新たにネストリ殿の家から誰かを屋敷ドムスに召し上げようとか?」


 地方貴族なら自分より下位の下級貴族や豪族から使用人を登用するのはよくある話だった。自分たちの身の回りの世話を、身元の不確かな者などにさせたくはなかったし、地元のそれなりの有力者の子弟ならば自分が不始末をしでかせば家に類が及ぶことぐらい理解しており、それなりに熱心に務めるであろうことが期待できるからだ。

 だが、そうした予想もネストリには全く心当たりがない。


「いや、そのような話はまったく……

 だいたいウチネストリの娘たちはもう全員とついでおりますし……」


「しかし何かの打診だったのでしょう?」

「そうじゃ、マニウス要塞カストルム・マニでは近頃、上等な食材を随分とお買い上げだそうではないか!」


「それならリーボー商会からお求めになられるでしょう?」


 リーボー商会は子爵家の御用商人ラール・ホラティウス・リーボーの店である。基本的に子爵家やアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアが必要とする物は全てリーボー商会などの御用商人が調達するので、ネストリなどの一豪族が入り込む余地はない。

 一行は既に目的地である船着き場へ到着していた。アルトリウスを囲むように付き人たちも左右に広がり、入港してくる船を出迎える態勢を整えるが、しかしネストリを取り巻く貴族・豪族たちの追及は止まらない。


「ならば何だったのですか?」

「世間話とは何の話をなされたのです?」


「それが‥‥‥船は持っているかとか、セーヘイムの漁師や魚売りたちの働きに対する感謝のお言葉とか、《陶片テスタチェウス》での売れ行きはどうかとか‥‥‥」


「何だそれは!?」

「本当にただの世間話ではありませんか?」


「だからそう言ってるでしょう!?

 私も最初は何かご用向きがあって話しかけて来られたのかと思ったのですが‥‥‥」


 ネストリ自身、困惑しているという様子で打ち明ける。この際だ、彼らの知恵を借りれればアルトリウスの意図を読み取るヒントくらいは得られるかもしれない。


「《陶片テスタチェウス》に新手の商人を食い込ませようとしたのでは?」


「それならリーボー商会を通せばよいではありませんか?

 仮にリーボー商会を通せない事情があったとしても、それならそうとハッキリ申されるでしょう?」


 ネストリとアルトリウスでは力関係は歴然としている。アルトリウスがネストリの都合を窺う必要など無いはずだ。


「では何なのだ?

 漁師と魚売りの話なら、ことさらネストリ殿だけに話しかけるわけもあるまい。」

「いや待て、最初は船をお持ちかとお尋ねになられたのでしょう?」


「いかにも」


 結局、彼らもネストリ同様、アルトリウスの腹の内を見抜くことは出来そうにない。ネストリは改めて諦め、そして二人も諦めたであろうことに安堵し、またがっかりしてもいた。が、それはどうやら早計だったようである。貴族が何かを思いついたようにポロっと一言漏らした。


「ならば本命はネストリ殿の船ではありませんかな?」


「「船!?」」


 ネストリと共に話をしていた豪族が同時に声を上げる。


「そうです。

 ネストリ殿は船を多数お持ちだ。

 そして漁師も多数抱えておられる。

 その船が無くなった時に一番影響を受けるのは漁師と魚売りたち‥‥‥違いますかな?」


「たしかにそうですが……しかし、私から船を取り上げるということですか!?」


 貴族の推理にネストリは思わず慌てた。船を奪われては彼の生活も商売も成り立たなくなるのだから当然だろう。貴族は自分の推理に自信があるらしく、ニヤリと笑いながらネストリを落ち着かせる。


「いやいや、そうではない。」


「では何だというのです?」


「エッケ島攻略ですよ。」


「「エッケ島攻略!?」」


 ネストリと一緒に聞いてた豪族は怪訝な表情を浮かべた。いったいどこをどうすれば漁師や魚売りの話から戦の話になるというのか……だがネストリたちの反応にその貴族はむしろ自分の考えに自信を深めたようだ。もったいぶるかのように顔を寄せながら声を低くして説明し始める。


「そう、エッケ島の叛乱軍討伐は時間の問題です。

 ですが、いかな弱兵のハン族ゴブリンとはいえ、一個大隊コホルスの戦力で防備を固めれば相応の戦力が必要になります。

 だからこうして、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアが終結しているのですよ。」


「いやお待ちを、それはアルトリウシアの復興支援のためでは!?」


「それもあるでしょうが、それは偽装でしょう。」


「「偽装!?」」


「その通り、叛乱軍を油断させるための偽装です。

 偽装の一環で多少は復旧復興もやるでしょうが、本命はあくまでも叛乱軍討伐!

 レーマは裏切りを許しません。必ずや剣で決着を付けます。」


 他へ聞かれないように低くひそめられた声は、しかし力強く、説得力があった。ネストリも、そして一緒に話を聞いていた豪族も貴族の説明に納得せざるを得ない。


「では、子爵公子閣下の話というのは……」


「さっきも言った通り、船ですよ。」


 ネストリの中でようやく話が繋がる。合点がいく。ネストリは目を見開いてその貴族を見返した。


「エッケ島攻略のための!?」


「そう!

 これだけの大軍勢が集まりながら、それをエッケ島へ運び込むための船はヘルマンニ卿の艦隊だけでは絶対に足りません。

 そこでアルトリウシア中の船を掻き集めようというのでしょう。

 だが、一時的とはいえ船を戦に取られれば、漁師や魚売りたちに影響が出る。

 そこで予めそれとなく話をしておき、布石を打っておこうというのでしょう。」


 話は全てつながった。アルトリウスは戦のための船を掻き集めようとしている。だが、今領民の食を支えているアルトリウシアの船を戦に動員すれば、必ずや影響が出るだろう。そのことを、アルトリウスはおもんぱかっているのだ。


「では何故ネストリにだけ……」


 そうだ、ネストリ一人が所有する船を貨物船クナールから革船コラクルまで根こそぎ動員したところで足りるはずがない。運ばなければならない兵士は数千人に達するのだ。

 ネストリの疑問にその貴族はさも当然という風に簡単に答えを出した。


「ネストリ殿はヘルマンニ卿に次いで最も多くの船をお持ちだ。

 そのネストリ殿が率先して船を提供することになれば、他の船主たちも協力せざるを得んでしょう?」

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