第1365話 話し合いのタイミング

統一歴九十九年五月十二日・午前 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



「いつになさいますか?」


 再び目を閉じ、頭痛を堪えるように杖の頭を額に押し当てたルキウスにアルトリウスは尋ねた。しかし、話は既に終わったと思っていたルキウスには何のことだか分からない。


「何がだ?」


「リュウイチ様からお話を伺うのは……」 


 ルキウスは杖を降ろし、目を開いて苛立たし気に溜息をついた。


「……早い方が良い気はするな。

 報告会の前に時間は取れるか?」


「時間は取れますが……」


 不機嫌そうなルキウスの問いかけにアルトリウスの歯切れが悪い。ルキウスはアルトリウスを睨むように見上げた。


「どうした、何か問題か?」


 アルトリウスはネロの方を横目で見ていたが、ルキウスの方へ視線を戻す。


「報告会の前では侯爵家との調整が間に合いません」


 報告会は週に一度、アルトリウシア復興事業へ八百万セステルティウスもの融資をしてくれているリュウイチに対して事業の進捗状況を説明するためのものだが、真の目的はリュウイチを陣営本部プラエトーリウムから司令部プリンキピアへ移動させることにある。侯爵家の日曜礼拝のために陣営本部に来るマティアス司祭ら聖職者からリュウイチの存在を隠さねばならないからだ。当然、侯爵家の一家と主要な家臣らは日曜礼拝に参列するため報告会には出席しないし、司令部にも来ない。にもかかわらず報告会前にリュウイチとの会談の場を司令部に設けると、侯爵家は関与できなくなる。


「前回はルクレティア様でした。

 スパルタカシウス家は侯爵家とも子爵家とも対等、独立した存在です。

 緊急だったこともあって養父上ちちうえが“助言”なさり、侯爵家にもスパルタカシウス家にも事後承諾をとる形で片付きましたが……」


 そこまで聞くとルキウスは再び目を閉じ、額に杖を押し付けた。


「わかった、皆まで言うな……」


 今回は前回と同じやり方でというわけにはいかないだろう。

 リュキスカは今でこそ聖女サクラであり女聖貴族コンセクラータだが元々は平民プレブスであり貴族ノビリタスではなかった。侯爵家の家来でも子爵家の家来でもなくスパルタカシウス家の家来でもない。だが侯爵家の領民であり、子爵家の領民でもあり、また面倒なことにエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人の被保護民クリエンテスであり、ルキウスの被保護民でもあった。被保護民は何か困ったことが起きれば保護民パトロヌスの保護を受けることができ、保護民は被保護民を保護する義務を負う。つまりリュキスカが何か問題に巻き込まれれば、保護民であるエルネスティーネとルキウスは否応なく巻き込まれることを意味するのだ。


 前回のルクレティアはスパルタカシウス家の御令嬢……だからルクレティアに何か問題があれば侯爵家も子爵家も我関せずを主張することは出来る。

 リュウイチに最も近いところで世話をするのはルクレティアがやっているが、リュウイチの接待に最終責任を持っているのはルキウスだ。エルネスティーネは妙齢の未亡人でありリュウイチと同じヒト種であることからあらぬ疑惑を招かぬためにもリュウイチとの関係をあまりに密なものにできなかったし、ルクレティウスは下半身不随かはんしんふずいのため実務にたずさわれなかったからだ。だからリュウイチが魔導具をルクレティアに渡すと言い出した時はこともあってルキウスがほぼ独断に近い形で処理できた。

 この件で問題が生じたとしても侯爵家が責任を追及される可能性は低い。責任を追及されるとすれば子爵家とスパルタカシウス家だけだろう。子爵家についてはルキウスが当主だし最悪の場合はルキウス個人が責任をとるつもりだ。スパルタカシウス家はルクレティアを勝手に嫁入りさせられた点についてはルキウスに対して強い不満を抱いているが、リュウイチとの縁談を成立させてもらえたことには感謝して貰えている。ルクレティアが魔導具を貰ったことについて責任を追及されたとしても、ルクレティアの嫁入りが実現するならルクレティウスは看過するだろう。


 だが今回はそうならない。問題が生じ、誰かが責任を取らねばならぬとなったら子爵家はもちろん逃れられないが侯爵家に確実に累が及ぶ。エルネスティーネに話を通さないわけにはいかない。


「今から行って、エルネスティーネ侯爵夫人に話を通せるか?」


「報告会前に司令部こちらへお運び願うのですか!?」


「そうではない」


 驚くアルトリウスにルキウスは首を振る。


「今からではさすがに日曜礼拝に間に合うまい。

 だがひとまず司令部ここでこういう話をしますと伝えてはおくべきだろう」


「侯爵家抜きで話を進めるというのですか?」


「話を急くな」


 ルキウスはアルトリウスを戒めた。


「ひとまず報告会前にリュウイチ様から御話しを覗う。

 が、それは事前交渉のようなものだ。

 前もってどういうおつもりかをリュウイチ様から伺い、後でエルネスティーネ侯爵夫人を交えて正式に話し合う……」

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