第102話 避難民たちの住居計画

統一歴九十九年四月十二日、午前 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア



 マニウス要塞カストルム・マニ要塞正門ポルタ・プラエトーリア要塞司令部プリンキピアをまっすぐ繋ぐ中央通路ウィア・プラエトーリアは多くの避難民でごった返していた。

 そこには野外調理場が設置されていたが、朝食の配給は既に終わっている。

 今現在中央通路に集まっているのはティトゥス要塞カストルム・ティティへの移動を希望する連中だった。

 家族の誰かがアイゼンファウストで復興活動に従事していたり、行方不明になっていたりする避難民はマニウス要塞に留まる意思を明確に示したが、そうでもない者はむしろティトゥス要塞への移動に希望を見出す者が・・・特にヒトの間で少なくなかった。


 ティトゥス要塞は領主ドミヌスが住んでいるし、ティトゥス要塞城下町カナバエ・カストルム・ティティは人口に占めるヒトの割合がアイゼンファウスト並みに高い。セーヘイムも近いし、今回もハン支援軍アウクシリア・ハン叛乱事件の被害もあまり受けていない。

 アイゼンファウストは酷い被害を受けていてほとんど皆が一文無しになってしまっているから、残っていても復興作業みたいな力仕事以外の仕事は残っていないし、マニウス要塞で優先的に保護してもらえた女性や老人や子供たちには希望を見出す要素が無い。


 ヒトの避難民を中心にそう考えたグループがティトゥス要塞への移動に積極的な判断を下した結果、中央通りには五百人ほどの避難民たちが押し寄せていた。

 要塞司令部では子供や老人や足腰の弱い者たちを運ぶために馬車を手配していたのだが、その情報はあっという間に拡散し、要塞司令部としては自分の脚で歩いて行ってもらうつもりだった若い健常者たちまでもが馬車に乗せてもらおうと考えた結果だった。

 おかげで用意した荷馬車が全く足らず、誰が優先だだの乗せろ乗せないだのという言い争いが馬車の周りで沸き起こり、更にそれを見物する野次馬まで集まって収拾のつかない事態に陥っている。


 マニウス要塞にはメルクリウス目撃情報対応のためにアルビオンニウム以外の神殿へ派遣されていた部隊が昨日から続々と帰還しており、それらは順次被災地の復興作業へ投入される予定だったが、この中央通りで生じた混乱収拾のため一部が割かれる事態になっていた。



「確かに頂戴しました。約五千人といったところですか?」


 要塞司令プラエフェクトゥス・カストルム付きの事務官カッリグラプスセウェルス・アヴァロニウス・ウィビウスはアイゼンファウスト地区の郷士ドゥーチェメルヒオール・フォン・アイゼンファウストからアイゼンファウスト地区の生存者の名簿の束を受け取るとそう言った。

 メルヒオールは昨日セウェルスから名簿を要求されて直ぐにアイゼンファウストに帰ると、字を書ける手下や使用人を総動員して生存者の氏名を調べさせた。おかげでその間、死体収容等の作業効率はかなり低下する事になった。


 アンブーストゥス地区や海軍基地を含めたリクハルドヘイム地区よりも広い面積を誇るアイゼンファウスト地区で広範囲に広がって無秩序に死体捜索収容作業をしている住民たちを一人残らず捕まえて氏名、種族、性別、年齢、生年月日を調べるのである。セウェルスからは「今日中に」と言われていたが、百人がかりでやっても一日で終わるわけが無かった。

 結局、今朝までの段階でまとめられるだけ纏めた分を取り急ぎ持って来たような状態だった。名前をアルファベット順に並べたり、種族ごとに分けたり、重複がないか確認したりといった作業は全く行っていない。

 もっとも、メルヒオールはこういう事務仕事が苦手なので資料を纏める作業自体したことが無く、順番を並べ替えたり重複がないか確認したりといった作業をしなければならないという発想自体が無かったのだが・・・。



「おい、そんなことより表のあの騒ぎは何だ?」


「ティトゥス要塞への移動希望者たちのことですか?」

 

 セウェルスの回答にメルヒオールは左腕でドンッと机を叩くとそのまま身を乗り出しセウェルスを睨みつける。


「おい、どういうこった!?

 ティトゥス要塞へ移す奴を選ぶのにその名簿が必要だったんじゃないのか?」


 メルヒオールからすれば慣れない作業を突貫でやらされたのだ。その成果物を納める前に避難民の移動が始まっているとしたら、自分たちの苦労は無駄だったと言う事になる。


「ええ、必要ですよ?」


「もう移動し始めてんじゃねえか!」


「彼らは移動を希望した人たちです。

 この名簿はマニウス要塞に残る必要のない人たちを選別するのに必要なんです。」


「今、表にいる移動希望者だけで五百人くれぇ居るじゃねえか?

 これ以上移動させる必要ないだろ!?」


 アイゼンファウスト地区は今回の叛乱事件で最大の被害を被った。

 死体の捜索と収容作業はまだ途中であり、死者数の集計は終わっていないが一万人は確実に超え、下手したら二万人に達するかもしれないとも見積もられていた。

 アイゼンファウスト地区は貧民が多く正確な数値は不明だが叛乱前の人口は約三万人に近いと考えられており、今回の叛乱事件の火災で住民の半数以上が焼け出されるか焼け死ぬかしている事になる。

 生き残ったはいいが焼け出された者たちはマニウス要塞へ収容されるか、休耕地や河川敷にテントを張ったりして雨露をしのいでいる。


 この後、死体の捜索と収容が終了し焼け跡を再開発して住居や職場を確保したとしよう。マニウス要塞やアイゼンファウスト周辺の休耕地や河川敷に留まっている避難民は確実に復興したアイゼンファウストへ戻るだろう。

 だが、ティトゥス要塞へ移動した者たちはどうだろうか?


 アイゼンファウストが復興を遂げるまで、住居再建に集中したとしても半年以上は確実にかかる。まともに復興させようと思ったら年単位での時間が必要だろう。

 アイゼンファウスト以外の土地で冬を越し、数年過ごした者たちが復興したアイゼンファウストに戻って来る可能性は決して高くはない。

 アイゼンファウスト地区の郷士として、ただでさえ半減してしまった人口が更に減るのは何としても避けたかった。



要塞カストルム内の収容避難民をなるべく減らすよう命令されています。

 本当は全部移動させなければならないのですが、アイゼンファウストメルヒオール卿の御立場をおもんぱかって、アイゼンファウスト復興に参加している人たちの家族だけを残す事としたのです。」



 セウェルスはさも自分も困ってるかのように言った。

 そしてそれは嘘では無かった。

 そもそもティトゥス要塞も既に多数の避難民を収容しており、現在マニウス要塞に収容している避難民全員を収容するだけの余裕はない。

 当初は収容した避難民全員を要塞から退去させる方針だったものが、避難民が中央区画へ立ち入らないようにする事とサウマンディアから応援に来る大隊を収容する準備を整える事を前提として、最小限度の人数のみは要塞内に残して良いという沙汰が下り、避難民の取り扱い方針が若干軟化していたのだ。



「おためごかしはやめろ!

 だいたい何でそうなんだよ!?

 サウマンディアから一個大隊コホルスが応援に来るからその分を開けるって事じゃなかったのか?

 今、中央通りあそこに集まってる移動希望者だけで十分じゃねぇか!」


「すみませんが、詳細についてはお答えできません。」


 吠えるメルヒオールを前にしてセウェルスの応対はあくまでも冷静だった。

 メルヒオールも目の前にいる男がどやしつければ大人しくなるたぐいの人間ではない事を思い出し、左肘を机に付いて身を乗り出す。


「今、アイゼンファウストの復興に携わってる人間だって他の奴らがティトゥス要塞へ行っちまやぁ、復興投げ出してそっち行っちまおうって気になって来る。

 そうなっちまったら復興どころじゃなくなっちまうんだぜ?」


「理解しております。」


「じゃあ何で移動させる必要のない人間まで移動させんだよ。

 アイゼンファウストの復旧復興の足引っ張られたんじゃたまらんぜ?」


 メルヒオールの声は低く抑えられていたが怒気は溢れんばかりで、額には血管が浮き出ていて迫力は凄まじい。

 セウェルスは表情を変えないまま一瞬目を閉じ、息を停めると、短くため息をつく様に息を吐き出した。


「アイゼンファウストの復興は最優先で行われます。」


「ああん?

 具体的には?」


「各地から帰還しつつあるアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団兵レギオナリウスがアイゼンファウストの復興作業に従事します。

 それから、緊急の対応として要塞内の空いている兵舎を一旦解体し、それをアイゼンファウストに移築します。」


 メルヒオールは浮かせていた腰を椅子に落ち着かせた。


「移築した兵舎に避難民を住まわせようってことか?」

 

「そうなります。

 それなら、冬までにテントやバラックよりはまともな住居が確保できるでしょう。」


 悪くない話だ。冬までに住居を確保できれば、ティトゥス要塞へ移動した避難民を根が張る前に呼び戻すこともできるかもしれない。


「そいつぁいつから始まる?」


「解体作業は兵舎が空き次第、おそらく明日から始まるでしょう。

 あとは、移設する敷地の確保です。」


「場所は?」


 セウェルスはメルヒオールの質問に首を傾げて答えた。


「それを決めるのはあなたの仕事ですよ。」

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