第861話 挑戦

統一歴九十九年五月九日、夕 ‐ 『勇者団』ブレーブス郊外アジト/シュバルツゼーブルグ



「ぬっ!?」


 ペイトウィンは言葉にきゅうした。そんなことまでは考えていなかったからだ。

 ティフ達はルクレティアを探しにグナエウス街道を西へ向かって行った。だがそちらは未知の領域である。どこに何があるか、どの道がどこへどう繋がっているかすらわからない。ただ、軍隊が通れる街道は一本きりであり、それは広く完璧に整備された石畳の軍用街道のはずだ。だからそこ辿たどって追って行きさえすれば、かならず追いつき見つけられるはず……そう信じて彼らは行った。

 しかし、ルクレティアが先に行ったというのは間違いだった。『勇者団』ブレーブスは実際にはルクレティア一行を追い越しており、ルクレティアはティフ達と入れ違いにシュバルツゼーブルグに到着している。つまりティフ達はどこまで行こうとルクレティアを見つけることはできない。ならルクレティアを見つけられなかったティフ達はそのまま帰ってくるだろう……ペイトウィンは単純にそこまでしか考えていなかった。

 だがルクレティアたちは明日、そのままシュバルツゼーブルグを発ってグナエウス街道をアルトリウシアへ向かうだろう。そうするとデファーグが言ったように、街道上をトボトボと戻って来るティフ達と思わぬ遭遇をしてしまうことになる。


 街道上を戻ってくればティフ達はおそらく、ルクレティア一行が向こう側からコチラに来ると気づく前に《地の精霊アース・エレメンタル》の魔力感知によって先に見つかってしまうだろう。そうすればティフ達に逃げ延びる術はない。何せシュバルツゼーブルグから西は未知の領域で土地勘が全くないからだ。街道の外へ逃れようにも地形によっては逃れられないかもしれないし、運よく脇道を見つけられたとしても、どこへ通じるかわかったものではない。戦う準備もせず、逃げる準備も無いまま未知の土地のど真ん中、唯一の脱出口である街道上を“敵”が迫って来る……しかも《地の精霊》がレーマ軍と共に本気で挑んでくるとなれば、ティフ達に成す術などあるわけがない。


 顔色を失くしたペイトウィンとエイーの様子から二人がようやく状況を理解したと判断したデファーグは鎧を脱ぎ終わると地面に突き立てた愛剣を手に取った。


「そういうわけだから俺が行く。

 反対しないよな?」


 鎧を脱いだデファーグは鎧の下に着ていた綿入り頭巾パデッド・コイフ鎧下ジャックは身に着けたまま剣帯を肩からたすき掛けにし、愛剣を腰のあたりに下げる。エイーはデファーグが脱ぎ捨てていたローブを拾い上げ、手渡すことでデファーグの質問に答えた。


「お、俺は……」


 つぶやくペイトウィンは答えに困っていた。もちろん頭ではデファーグは報告に行くべきだと理解している。デファーグの準備も、それを手伝い始めたエイーの様子からもデファーグを止めることはできないと理解していた。が、あれだけ感情的に反対してしまった手前、今更「俺も行く」などとは言えない。


「来なくていい。」


 答えを言い淀んでいるペイトウィンにデファーグが短く言い放った言葉はペイトウィンは愕然とさせた。切り捨てられたような気になったのだ。目を見開き言葉を飲んだペイトウィンにデファーグは言葉を続ける。


「アンタはアンタの役目がある。

 アンタにはシュバルツゼーブルグここに残って、それをしてもらった方が良い。」


「な、な、何……を……?」


 ペイトウィンの……いや、シュバルツゼーブルグに残留した三人の役目は元々盗賊たちを再集結させ、アルトリウシア遠征の準備を整えることだ。当初、ペイトウィンはそれを盾にデファーグの意見を退けていた。が、今新たにした状況認識ではそれが重要なこととは思えない。この期に及んでなおもティフたちの危機を放置して遠征準備などしていられるわけがない。にもかかわらず、残ってそれをしろと言うのであれば、それは「お前は要らない」と言われているようなものだ。ペイトウィンはその言葉を、『勇者団』からの孤立を、親友になれたかもしれないデファーグから嫌われ切り捨てられることを、恐れた。

 今の三人組になってからペイトウィンは良いところが一つもない。街で恥をかき、酒に酔ってみっともないところを見せた。とどめにここへ来て状況を正しく理解することなく我儘わがままを言ってデファーグを怒らせた。三行半みくだりはんを突き付けられても不思議ではない。

 頭がグラグラするような焦燥に苛まれるペイトウィンにデファーグは告げた。


「スパルタカシアの足止めさ。」


「「!?」」


 ペイトウィンとエイーは驚いた。特にペイトウィンは組んでいた腕を解き、前のめりになって皿のようにした目でデファーグの顔を覗き込む。


 スパルタカシアの足止め!?

 戦いを挑めというのか……あの《地の精霊アース・エレメンタル》が守っているのに!?


 二人の考えるところ、それは自殺しろと言っているのに等しい。今いる三人のうちエイーは治癒者ヒーラーであり、戦闘は全くできないわけではないにしても戦闘力は期待できない。そして残りの二人の内、武器攻撃職のデファーグがティフ達のところへ伝令で行くのだから残る戦闘職はペイトウィン一人きりだ。いくら『勇者団』最強の魔法使いとはいえ『勇者団』全員でかかっても敵わないのにたった一人で《地の精霊》に戦いを挑んでは勝てるわけがない。下手したら最初の魔法の詠唱を終えないうちに気づかれて先制攻撃を食らってしまう危険性すらある。

 二人の反応に逆に驚いたデファーグはエイーが差し出していたローブを受け取り、それを羽織はおりながら断りを入れる。


「別に攻撃しろと言ってるわけじゃないぞ!?」


「じゃ、じゃあどうしろと……?」


「手紙を出すのさ。」


「「手紙!?」」


「そう、スパルタカシアに交渉を持ち掛けるんだ。

 会って話がしたいってな。

 召喚魔法でモンスターを召喚し、そいつに手紙を持たせて届ける……アンタにしか出来ない事だろう?」


 ローブの顎紐を結びながらデファーグが説明すると、エイーは感心したように目を輝かせた。


「なるほど……スパルタカシアが交渉に応じれば、出発を先延ばしにするからブルーボール様たちは安全に帰ってこれるんですね!?」


「ぶ、文面は、どうすんだよ!?」


 どうやら死なずに済むと、見捨てられたわけじゃないらしいと気づいたペイトウィンだったが、同時にとんでもない責任を押し付けられたことにも気づき困惑を隠せなかった。相変わらず取り乱したままのペイトウィンにデファーグは苦笑いを浮かべる。


「それはアンタに任せるよ。

 俺は剣の練習ばっかで本とかほとんど読んだことないからな。

 学のない俺より、頭のいいアンタの方が向いてるだろ。

 それよりコレを頼む。」


 そう言ってデファーグが指示さししめしたのは、先ほどまでデファーグが身に着けていた鎧と盾だった。


「え、これ!?」

「これって魔道具マジック・アイテムじゃ!?」


 二人は腰を抜かさんばかりに驚いた。聖貴族にとって命の次に大事な(人によっては命よりも大事な)父祖伝来の魔道具を他人に預けるなど、本来ならあり得べかざる行為である。中には世界に二つとない貴重な物もあるからだ。


「ああ、大事に預かっていてくれ。

 俺の魔法鞄マジックバッグは口が小さいからな、コイツらは入らないんだ。

 アンタの大きいやつなら入るだろ?」


「い、いいのかよ!?」


「言っとくがやるんじゃないからな?

 預けるだけだ。」


「わ、分かってるさ!」


 そういうとペイトウィンは羽織っていたローブをはねのけた。その下からいくつもの鞄や袋が現れる。痩せているはずなのにローブを羽織っていたペイトウィンの身体の太さが『勇者団』随一の体格を誇るスモルやデファーグと大差ないほど膨れ上がっていたのは、このいくつも重ねてたすき掛けしたり背負ったりしていた魔法鞄による着ぶくれのせいだったのだ。

 さっそく身に着けている中でも大きな口を持つ魔法袋を手に取り、その中にデファーグの鎧や盾を次々と入れ始める。デファーグはその様子を見ながらローブのフードを被った。


「『勇者団仲間たち』のために、お互いの役割を果たすために、必要だから信用して預けるんだ。

 頼んだぞ?」


「ああ、分かってる。

 “仲間”だもんな。」


 ペイトウィンも聖貴族である。デファーグが貴重な装備品を預けることの意味を理解していないわけではない。


「スパルタカシアを足止めする手紙を出したらすぐに逃げてくれ。

 もしからしたら《地の精霊》がアンタを捕まえようとするかもしれない。」


「心配するな、大丈夫だ。

 元々盗賊どもと合流するつもりでいたんだ。

 手紙を出したらすぐに北へ逃げるさ。」


 答えたペイトウィンの顔は輝いて見えた。自信と誇りに満ちた顔だ。見捨てられたわけじゃないと、信頼して貰えたという実感が、ペイトウィンに自信を持たせていた。

 その表情から成功を確信したデファーグは「じゃあ、行ってくる」と短く告げると身をひるがえし、既に陽の暮れたシュバルツゼーブルグのアジトを後にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る