第862話 召喚スクロール(1)

統一歴九十九年五月九日、晩 ‐ 『勇者団』ブレーブス郊外アジト/シュバルツゼーブルグ



「ホエールキング様!

 やっぱり馬三頭に全員分の荷物を載せるのは無理です!!」


 アジトの納屋で馬の背に荷物を積んでいたはずのエイーが部屋に駆け込んで訴えた。思考をかき乱されたペイトウィンは苛立たし気に頭をガシガシ掻きむしる。


「俺たちの馬にも荷物を載せればいいだろう!?」


 常人なら字を読むどころか人の顔を見分けることすら出来なさそうな真っ暗な部屋の中で手紙を書いていたペイトウィンに苛立ちをぶつけられ、エイーは自らの軽卒を悔いながらも一応の確認をとる。


「よろしいのですか?

 歩くことになりますが……」


 エイーが意外そうに尋ねると、ペイトウィンは何かモヤモヤしたものを噛みしめるように答えた。


「デファーグだって自分の脚で走って行ったんだ。

 俺たちが走らないって法は無いだろ!?」


 今、彼らがいるアジトは引き払わねばならない。この後、レーマ軍が踏み込んでくる可能性が高いからだ。その前にレーマ軍に奪われないよう、全員分の荷物をまとめて脱出しなくてはならない。クプファーハーフェンへ支援者との交渉に行ったスモルたち三人は自分たちの荷物を全部持って行ったが、他はそうではなかった。アルトリウシア方面へルクレティアを探しに行ったティフ達もティフ達を追って行ったデファーグも、明日には戻って来るつもりだったから荷物らしい荷物はほとんどアジトに置いて行ってしまっている。もちろん、『勇者団』ブレーブスメンバーの多くは大なり小なり自分用の魔法鞄マジック・バッグを持っていたからその中にかなりの量の荷物を収納出来ているのだが、それでも魔法鞄の種類によっては大きな荷物は収納できない場合もあるし、容量の限界から魔法鞄に入れられず、仕方なく通常の行李こうりや鞄に納めている荷物がそれなりに残されていた。

 エイーはまさにそのための荷造りを一人でしていたのだ。納屋にはペイトウィンとエイーと、そして自分の脚を頼りにティフを追いかけて行ったデファーグの馬、そして捕虜になってしまったメークミーとナイスの馬計五頭残されている。このうち、当面は主人を乗せる機会のないデファーグとメークミーとナイスの馬に荷物を載せようとしていたのだが、三頭の背に『勇者団』の荷物に加え七人の個人荷物もとなると、さすがに載せきれなかった。それでペイトウィンは残りの二頭……つまり自分たちの馬にも荷物を載せ、自分たちは馬を曳いて歩けばよいと支持をだしたのだ。

 普段のペイトウィンなら自分の馬を荷物のために明け渡すなど許そうとしなかっただろう。だが彼は今、『勇者団』の一員として、デファーグの仲間としての自覚に目覚めて間もなかったし、それにルクレティア宛の手紙の文面を推敲すいこうするのに集中していたためにエイーの予想に反してあっけなく馬を譲ったのだった。


「それより外の様子は?

 “敵”は大丈夫だろうな!?」


 エイーが何故、自分たちの馬も荷物の運搬に使うと言う至極簡単な判断を下さなかったのか、そしてその当たり前の判断をペイトウィンに示されて何故これほど意外そうにしているのか、その原因が実は自分自身にあることを自覚できないペイトウィンはてっきりエイーの意識が散漫になっているものと勘違いし、エイーの注意を喚起する。


「外は見ましたが大丈夫そうです。

 では私の馬にも、足らなければホエールキング様の馬にも載せさせていただきます。」


「均等に載せろ!

 馬の負担が偏らないように!」


「分かりました!」


 エイーが部屋を出ていくとペイトウィンは改めて目の前の手紙に集中した。


 う~~ん……これだとチョット、かな?

 この手紙の目的はスパルタカシアを交渉に引きずり出すことだ。

 ……『勇者団俺たち』と交渉する気にさせることでアルトリウシアへの旅を延期してシュバルツゼーブルグここに留まらせることだからな。

 やっぱり、して、『勇者団俺たち』のことを無視できなくさせなきゃいけないよなぁ~~……

 それなのに……だろうな。


 ペイトウィンはしばらく無言のまま考え、意を決してフンッと鼻を鳴らすと途中まで書いていた手紙をクシャクシャに丸め、自分の魔法鞄の一つから新しい紙を取り出して書き直し始めた。


「積み終わりました、ホエールキング様!!」


 息を弾ませながらエイーが戻ってきた時、ペイトウィンは丸められていた紙を両手で広げ、書かれている内容を確認していた。外では既に陽が完全に没して夜のとばりが下りている。月と星の光が支配する夜の世界で、戸や窓から光が漏れることで『勇者団自分たち』がここに潜んでいることが街から見えてしまわないよう、あえて火を灯さずにいた部屋の中はまるで洞窟の中のように真っ暗な闇に閉ざされていた。自らの手を鼻先に持ってきても何も見えないような暗闇の中でも手紙を読み書きできるのは、ゲーマーの血を引く彼らには魔法的な暗視能力があるからに他ならない。


「手紙を書かれたのですか?」


 庶民にとっては決して安くない紙がクシャクシャに丸められていくつも床に投げ捨てられているのを見ながらエイーが尋ねると、ペイトウィンはフンッと鼻を鳴らして手に持っていた紙をクルクルと巻いた。


「手紙なんかとっくに書き終えたさ。

 これはスクロールだ。」


「スクロール!?」


 スクロールは魔法が使えない人間が魔法を行使するための魔道具マジック・アイテムだ。あらかじめ魔法陣や呪文などが書き込まれており、所定の魔法を起動させることが出来るのだが、一度使用すると消滅してしまう使い捨ての魔道具である。本来、ゲーマーがこの世界ヴァーチャリアもたらした聖遺物アイテムの一種で大変貴重な物なのだが、一部のスクロールはこの世界ヴァーチャリアでの複製に成功しており、中には量産されている物も存在する。

 『勇者団』で最も魔法に精通し、四属性すべての魔法を自在に行使することのできるペイトウィンが魔法が使えない者が魔法を使えるための魔道具スクロールを持ち出していることをいぶかしむエイーに、ペイトウィンは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「そうだ。召喚魔法のな。」

 

「召喚魔法?」


「ああ、俺も召喚魔法は使えるが、自分で召喚魔法を使うと召喚している間ずっと魔力を食われる。それに召喚したモンスターとは魔力で繋がっているから、もしかしたら敵の《地の精霊アース・エレメンタル》は魔力を辿たどって俺の居場所を見つけるかもしれない。

 だけど、スクロールを使えば魔力は最初にちょっと使うだけでその後は食われないし、召喚したモンスターと魔力で繋がってるわけじゃないから居場所を辿られる心配もないのさ。」


 フフンッと気取り気味に話すペイトウィンの披露した知恵に「へぇ~」とエイーは素直に感心した。が、同時に一つの疑問が頭に浮かび上がる。


「でも、魔力で繋がってないってことは制限時間とか大丈夫なんですか?」


 モンスターの多くは魔法生物だ。魔力をかてとし、魔力を失えば死んでしまう。自然発生したモンスターは自らその糧を得る術を持っているものだが、召喚モンスターは召喚主から与えられる魔力だけが糧だ。そのように制限することで、召喚主の命令に従わざるを得ないようにしている。だが召喚主から魔力を与えられなければ、召喚された際に与えられていた魔力を消費しつくすことで消滅する。これが召喚モンスターの活動限界となっていた。そしてエイーの知る限り、召喚スクロールで召喚できるモンスターは時間にしてだいたい十分かそこらしか活動できないはずである。

 どんなモンスターを召喚するつもりか知らないが、十分程度では仮に街まで一瞬で行けたとしても手紙を渡すべき相手であるルクレティアを探し出すことなど出来ないだろう。だが、ペイトウィンにとってそのような疑問などとうに解決済みだったようだ。丸めたスクロールを見せびらかすように振って不敵に笑う。


「ああ、コイツは特別製なんだ。」

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