第863話 召喚スクロール(2)

統一歴九十九年五月九日、晩 ‐ 『勇者団』ブレーブス郊外アジト/シュバルツゼーブルグ



「特別製!?」


 ペイトウィンの言葉にエイーの目が期待で輝きはじめた。

 ペイトウィンの自慢癖は今に始まったことではないし、『勇者団』に加わって久しいエイーもいい加減慣れてきてはいる。だがなんだかんだ言ってペイトウィンがムセイオンで最大の魔道具マジック・アイテム保有者であるのは事実だった。ムセイオンの他の聖貴族が所有していてペイトウィンが所有していない魔道具を探す方が難しいだろうとさえ言われているし、実際『勇者団』に入ってからと言うもの、エイーもペイトウィンから様々な魔道具を見せてもらう機会を得ていた。

 そのペイトウィンがエイーの知らないスクロールを持ち出し、「特別製」とわざわざ言ったのである。興味を抱くのは当然ではないか。


「ああ、と言っても高性能ってわけじゃない。

 実を言うと失敗作なんだ。」


「ぇ……失敗作……ですか?」


 ペイトウィンがしょうもない手品の種明かしでもするように笑って言うと、エイーの笑みがあからさまに強張った。

 「失敗作」ということはこの世界ヴァーチャリアで作られたということを意味する。そして同時に高性能どころか逆に低性能であることも意味していた。降臨者が持ち込んだ《レアル》の魔道具の複製は長い年月を投じて取り組まれているムセイオンの事業の一つだが、世界の叡智えいちを結集して行われているにも関わらずそれは決して容易ではなく、これまでに複製に成功したものもいずれもそろいもそろって本物とは比べ物にならないほど劣った粗悪品しかなかったからだ。


 召喚魔法のスクロール……その粗悪品というと、スライムみたいな低位モンスターしか召喚できないとか?


 エイーが落胆を隠せなかったとしても致し方あるまい。ペイトウィンはエイーの落胆に気づきつつもあえて無視し、視線を手に持ったスクロールに移し、まるで世にも珍しい逸品を観察するようにスクロールを眺めまわしながら話を続ける。


「失敗作といってもモンスターを召喚できないってわけじゃないぞ?

 モンスターは召喚できるんだ。

 ただ、書き込まれた魔法陣に欠陥があってな。

 召喚したモンスターに対する拘束が機能しないんだ。」


「拘束が機能しない!?

 それって、召喚しても使役できないってことですか?」


 召喚モンスターは召喚する際にその魂に魔法によるかせをはめ、その意思を拘束して命令を聞かせる。それは召喚主が召喚モンスターを安全に使役するために必要な措置だ。それがなければ召喚モンスターなど野生動物と同じで人間の言うことなぞ聞くわけもないし、逆に召喚主に襲い掛かって来かねない。


「ああ、魔力で無理矢理命令に従わせるのはな。

 だから『頼む』んだ。」


「頼む?

 モンスターに???」


 スクロールで召喚したモンスターに仕事を頼む……どこかで聞いたような話にエイーは嫌な予感がして眉をひそめた。勘づいたらしいエイーの反応にペイトウィンはニィッと口角を吊り上げる。


「そう、コイツで召喚できるのはインプだ。

 インプに報酬を与え、契約し、仕事をしてもらう。」


 やっぱり!!


 ムセイオンでは設立当初から聖遺物を複製できないか研究が続けられていた。その中で最も目覚ましい成果を挙げているのがスクロールの分野である。現在、世界各地の神官たちが治癒魔法を使えるのはムセイオンでのスクロール研究が実り、人間に治癒魔法を習得させるスクロールの量産に成功したからに他ならない。

 だが多くの学術研究がそうであるように、スクロール研究には影の部分も存在した。その結果生まれたのが、今ペイトウィンが使おうとしている召喚スクロールである。


 モンスターを召喚し必要に応じて仕事をさせる……家畜の延長的な存在として期待され、召喚魔法スクロール複製の研究は始まった。家畜が繁殖して育成するには時間がかかるし、維持するためにも馬鹿にならないコストがかかる。だが召喚モンスターならスクロールの生産コストと短い時間だけで労働力を確保できるうえに、死ねば消滅するので死体の処理にも困らない。しかも活版印刷技術が普及しているのだから一度設計デザインが決まれば、インクや紙など特殊な材料が必要になるケースを除きかなり安価で量産できるはずだった。

 しかし現実はそんなに甘くない。有益なモンスターの召喚にはそれなりに高価な材料が必要だったし、魔法陣のデザインにも緻密さが要求される。下手にインクがかすれたりすると魔法が起動しなかったり、あるいは召喚したモンスターが暴走したり、あるいは魔法そのものが暴走して爆発事故を起こしたりとリスクも多かった。そして何より、召喚したモンスターも魔法生物の一種である以上、家畜が飼料を必要とするのと同様にモンスターも魔力の供給を必要としたのである。

 召喚主がモンスターを満足させるほどの魔力を供給できなければモンスターは勝手に消滅してしまう。あらかじめスクロールに魔力を込めておき、魔力供給しなくてもモンスターが活動できるようにする工夫なども研究されたが、それでもスクロールに予め込められる魔力量などたかが知れていたし、所定の魔力を消耗してしまえば消滅してしまう点では変わらない。結局、有益な召喚モンスターが魔力供給無しに活動できるのはせいぜい十分程度という有様だった。これでは活動時間が短すぎて家畜としては使えない。いくら一番安い材料を使ったとしても、紙もインクも決してタダではないからだ。


 そこで、いっそ拘束術式を省略してみようと考えた研究者が現れた。自然発生した魔法生物は場合によっては人間よりずっと長く生存できるのに、同じ魔法生物でありながら召喚されたモンスターがわずか数分程度しか生きられないのは、魔力の供給源を召喚主か召喚スクロールに限定しているからだ。召喚主や召喚スクロール以外からの魔力供給を術式によって封印するのは、召喚されたモンスターが召喚主に逆らえないようにするための方策である。その封印を最初から省略すれば、召喚モンスターは長く生存できるのではないか?


 実験の結果は半分成功、半分失敗だった。召喚モンスターは研究者の目論見通り魔力供給無しでも長く生存できたが、しかし召喚主の支配は受け付けなかったのである。命令を効かないのであれば野生動物と同じだ。家畜として使役できなければ召喚する意味が無い。

 この問題の解決策の一つとして提案されたのが、召喚するモンスターを限定することであった。モンスターが召喚主に従属しないというのであれば、契約によって仕事を請け負わせれば良いのではないか?

 そこで目をつけられたのが下級悪魔や妖精だった。人間とコミュニケーションをとるだけの知能があり、報酬によって依頼を受けてくれる一部のモンスターなら、魔力供給しなくても仕事をしてくれるのではないか?安価な労働力として期待に応えてくれるのではないか?


 ペイトウィンが手にしているインプの召喚スクロールはそうして作り出されたものである。それは技術的には成功したと言っていいだろう。だが普及はしなかった。それどころか、現在では世界的に違法とされている。理由は、召喚するのが『悪魔』だからだ。

 魔法を用いて悪魔を召喚し、契約を結び、仕事をさせる……それは主に啓展宗教諸国連合側の多くの国々において、宗教的に禁忌タブーとされる行為だったのだ。おまけに使えば使うほど、この世に数多くの悪魔が生み出されることになってしまう。実際、一時期は悪戯半分の遊びや暗殺目的で下級悪魔を召喚する行為が貴族たちの間で横行し、社会問題化したこともあったのだ。

 結局、召喚されるのが悪魔だからというそれだけの理由で、現在この手の契約型召喚スクロールは違法とされ、現在では生産はされなくなってしまっていた。しかしペイトウィンは持ち前の収集癖から違法とされる以前に生産された召喚スクロールをいまだにいくつも持ち続けており、今日その一つを使ってみようとしていたのである。

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