第1038話 状況変化
統一歴九十九年五月十日、午後 -
アルトリウスはアルトリウシアの防衛を担う
ルクレティアの一行が間もなく……おそらく明日にはグナエウス峠を越えてアルトリウシアへ戻るであろうこと。しかしグナエウス街道には現在ダイアウルフが出没しており、街道上の荷馬車や街道付近の山中で被害が生じていること。万が一にもルクレティアに被害が及ぶことのないよう、今日から
「……、現在
本日の時点で投入している戦力は二個
ついに眉間を手で揉み始めたルクレティウスにアルトリウスは思わず説明を中断してしまった。もっとも、説明はほぼ終わりに差し掛かってはいたのだが……。
ルクレティウスは手を降ろすと失望したと言わんばかりに首を振った。
「
「何がでしょうか?」
作戦はアルトリウシア軍団のみならずエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人臨席の下で行われた会議の場で決定した方針に従って策定されている。すべてはルクレティウスの愛娘ルクレティアの安全確保を最優先にしたものだ。ルクレティアは名門スパルタカシウス家の令嬢というだけではなく、今や降臨者リュウイチの
それは
「アルトリウス、それでは
問いかけるルクレティウスの顔には失望の
「ただでさえ予定より二日も遅れているのだ。
これではいつ帰ってこれるか分からん。」
「し、しかし御言葉ですが先生!」
アルトリウスは思わぬ批判に動揺しながら抗議する。
「これは
ルクレティウスはアルトリウスの言葉を遮った。
「ルクレティア様には君の部下が、アルトリウシアの精兵が二個
ダイアウルフごときなど寄せ付けはすまい。」
アルトリウスは思わず口をパクパクさせて喘いだ。まさかルクレティアの安全を最優先にする方針にルクレティアの父親であるルクレティウスからダメ出しを食らうとは思ってもみなかったからだ。
「確かに護衛につけた
ダイアウルフは神出鬼没の機動性が最大の強み、たった五頭でも場所とタイミング次第では
「
「いけません!」
アルトリウシアが思わず血相を変え、大きな声を出すとルクレティウスは驚き目を丸くしてアルトリウスを見た。そのルクレティウスにアルトリウスは何とか平静を取り
「だからこそです先生。
もしも
しかし、それに頼ることは許されません。
リュウイチ様のことはまだ伏せねばならぬのです。
万が一ダイアウルフが
ルクレティウスは苦笑いを浮かべながら首を振り、アルトリウスの説明を否定する。
「《
実際、ブルグトアドルフでの戦でもその御力を振るわれたが、住民には知られなかったのだろう?」
今度はアルトリウスの方が渋面を作り、首を振る番だった。
「問題は秘匿だけではありません。
《
声を低くするアルトリウスとは逆に、ルクレティウスは声高に反論する。
「それはブルグトアドルフでも同じことだったではないか!」
アルトリウスは急に頭痛でも覚えたかのように目を閉じ、両手で自らの左右のコメカミを押さえた。そして何かを押し殺すように深呼吸すると手を降ろし、目を開けて説明を再開する。
「それは相手が我々でも対処できる相手だったからです。
確かに《
ですが今度もそうとは限りません!
今度の相手はダイアウルフ!
エッケ島に引きこもったハン族が相手では我々も簡単には手が出せません。
リュウイチ様はそのことを御存知です。
その
理不尽としか思えないクレームとはいえ相手はかつての恩師、アルトリウスは努めて冷静に説得する。そのアルトリウスをルクレティウスは片眉を持ち上げて見上げしばらく観察すると、おもむろに片肘をついて身を乗り出した。
「そんなことを言って居って良いのかな?」
「何がです?」
「今はルクレティア様に一日でも早くお戻りいただいた方が良いということだ。」
アルトリウスは眉を寄せ、一瞬考えたが何を言われているのか分からなかった。
まさかリュキスカ様と張り合うおつもりか?
そこまで
「申し訳ありません先生、何をそんなにお急ぎなのかわかりません。」
「リュウイチ様をお一人にしておいて良いのかということだ。」
アルトリウスは苦笑いを作った。鼻で笑うのは辛うじて堪えたが、口角が引きつるのは抑えきれなかった。
「言いにくいのですが、リュウイチ様の
てっきりルクレティウスはその一言に憤慨するかとアルトリウスは予想していたが、しかしルクレティウスは謎の余裕を見せる。
「アルトリウス、君は大事なことを忘れておるようだ。
「はい、よく存じておりますとも。」
相変わらず何を言いたいのか分からず、アルトリウスは眉を
「い~や、忘れておるなアルトリウス。
いいか、女は月に一度、不浄の身となるのだぞ?」
ルクレティウスが何を言おうとしているのか気づいたアルトリウスは驚愕の表情を浮かべ、ルクレティウスを凝視した。
「まさか!」
アルトリウスの表情に勝利を確信したのか、ルクレティウスは完璧にいつもの様子に戻り、世の真理でも説くかのごとき落ち着いた口調で断言する。
「そのまさかだとも。
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