第195話 奇跡の治癒
統一歴九十九年四月十七日、午後 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
『どうした?』
「ああ、
リュウイチの呼びかけに奴隷たちが応えようとしたところ、リュウイチの存在に気付いたリュキスカが振り向き、キッと睨むと赤ん坊を抱えたままスッと立ち上がってリュウイチに食って掛かった。
「どうしてくれんだぃ!?
アンタのせいでアタイのフェリキシムスがっ・・・フェリキシムスが・・ううっ
ううぅぅわああああああああ」
リュキスカの言葉は最後まで続かず、泣き崩れてしまった。
『赤ちゃんがどうかしたのか?まさかもう?』
「死んでないよ!!・・ううっ・・・ふぅぅぅぅっ・・うぶっ・・ゲフッ・・ヴォホッゴホッ」
一度は顔をあげてリュウイチに怒鳴ろうとしたリュキスカだったが咳き込んでしまい、またうつむいて赤ん坊に頬ずりしながら泣き始める。
「それが、今朝から急に具合が悪くなったらしくて、私らが行った時にはもうこんな具合で・・・」
「アンタのせいだ・・・アンタがアタイを連れ去るから・・・この子からアタイを引き離すから・・・チクショオ・・・フェリキシムス、ごめんねフェリキシムス」
『・・・・・』
あたりが重苦しい雰囲気に包まれ、
「いいえ、リュウイチ様は関係ありません!」
「何でそんなことが分かん・・・ス、
「おお、
どうかこの子を!!・・・あっ」
膝をついた状態から慌ててルクレティアの方へ歩こうとして、着慣れないドレスのスカートの裾を自分で踏んでしまい、三歩と進むことなくその場に再びへたり込むリュキスカだったが、それでも愛する我が子だけは地面に落とさず守って見せた。
「くふぅ・・・
ルクレティアは憐れに思ったのかしゃがみ込んでリュキスカの肩に手を置いた。
「ごめんなさい、それは出来ないの。」
「そんな、どうして!?」
せっかく見出した光明を絶たれ、リュキスカの顔が絶望に染まる。
「私の治癒魔法は患者の魔力も消耗してしまうの。
この子は消耗しすぎていて、今治癒魔法をかければ却って死んでしまうわ。」
「そんな、そんな・・・ううっ・・・フェリキシムス、アタイの可愛い子・・・
どうして、どうしてこんな・・・うううぅぅぅぅぅぅ・・・」
それは紛れもない死の宣告だった。
『治癒魔法で治るのか?』
「・・・わかりません。病気そのものは治らないと思いますが・・・」
リュウイチの問いにルクレティアが自信無げに答えると、リュキスカが頭をもたげた。
そうだ、この兄さんも魔法を使えるんだった!
リュキスカは期待感のこもった視線をリュウイチに投げかける。
「に、兄さんなら治せるのかい?」
『ヒール!』
リュウイチが赤ん坊に手を
「!?」
「ヴフッ・・・ぅお・・ぁあぁぁぁ・・あふ・・」
光が治まると赤ん坊の血色が戻り、もぞもぞと動き始めた。ただ、目は開けない。
「ああ!?・・・ああ!フェリキシムス!よかった、フェリキシムス!!」
リュキスカは泣きながら笑みを浮かべ、赤ん坊を強く抱きしめて頬ずりしはじめた。しかし、周囲の者たちの表情は暗いままだ。
リュウイチが赤ん坊のステータスを見たところ、
「フェリキシムス!フェリキシムス!?」
『回復魔法では病気は治らないのか?』
「回復魔法は傷ついた身体を修復するだけです。
病気、特に毒物中毒と感染症は治せません。
体内の毒物や病原体を取り除かないと・・・」
『おい、この子、労咳だけじゃなく麻薬中毒になってるぞ!?』
赤ん坊のステータスを改めて覗き見たリュウイチが驚きの声をあげる。
「ああ、
どうも薬としてコイツを飲ませていたそうで・・・」
オトがそう言いながら真鍮の小瓶を取り出した。
蓋を開けて中を見ると黄色く濁った液体が入っている。
『これがポーション?』
「
ホントは緑色なんですが、コイツはだいぶ劣化して黄色くなってます。
原料にマンドラゴラを使っていて、微量ながら麻薬成分が含まれるんです。
苦痛を和らげる効果があるんですが、代わりに飲みすぎると中毒になっちまうんで・・・」
『そんなものを毎日飲ませてたのか!?』
「うぐっ・・・えっぐ・・・だって、だってしょうがないじゃないか・・・他に効く薬なんてないんだ。・・・こんなものしか、アタイらじゃ買えないしさ・・」
リュキスカが泣きながら答えた。
ポーションを飲めば身体の損傷や体力は回復する。だが、病原体や体内の毒素が消えるわけではない。病原体を除くのはその人本人の治癒力であり、代謝能力だ。
感染症になったとき、病源菌等が体内で繁殖し、毒素を排出する。その毒素が身体を傷つけて体内で炎症が起きたり機能が低下したりしていくのだが、免疫力が十分あれば病源菌もいずれは駆除され、毒素も代謝によって排出される。
病気の時にポーションを飲むのは体内のダメージを回復させることで、病源菌等を駆除し毒素を代謝する時間を稼ぐためだ。
しかし、病気によっては人間の治癒力では対処できないモノもある。免疫が効かない病原体を相手に同じ治療方法を用いても、病気は治癒しない。免疫が機能せず病原体は繁殖を続けるのだから、いくらポーションで身体を回復させて体力を維持しても症状は一向に良くならない。
病原体が繁殖するにしたがい排出される毒素の量もどんどん増加していくのだから、やがて代謝も追いつかなくなり、ポーションで身体を治しても直ぐに具合が悪くなるようになっていく。そしてポーションを飲む頻度が高くなっていき、やがて麻薬中毒になり、最終的には死に至る。
リュキスカの子フェリキシムスもそうした運命をたどっていたのだ。
『キュア!』
ひとまず状態異常をどうにかしないと回復魔法だけでは意味が無いらしいと気づいたリュウイチが新たに魔法をかける。
今度は赤ん坊の身体が黄色い光に包まれた。
「「「「!?」」」」
ステータスを覗くと「麻薬中毒」と「労咳」は無くなっていた。HPの減少も止まったが、赤ん坊の容体は良くならない。
「ちょっと、兄さんアンタ何やってんだい?」
「静かに!」
愛する我が子に何をされているかわからず、不安で声をあげるリュキスカをルクレティアが黙らせる。
『ヒール』
続けて回復魔法をかけると先ほどのように赤ん坊の身体が緑色の光につつまれる。その光が消えた時には赤ん坊のHPはすっかり回復し、顔色も再び良くなっていた。だが、相変わらず眠ったまま起きない。
『病気も治った筈だし体力も回復したけど、目を覚まさないな。
昏睡したままだ。』
「えっ!?治ったのかい!?
フェリキシムス!フェリキシムス!?」
『ああ、あまり揺すっちゃ駄目だ。』
「だって・・・」
治ったと聞いて赤ん坊を起こそうとするリュキスカをリュウイチは慌てて抑える。赤ん坊の頭を揺すると障害が残ることがあると、以前仕事中に聴いたラジオで言っていたのを思い出したのだった。
「おそらく、魔力を消耗したままだからでは無いでしょうか?」
『なるほど、魔力回復は・・・マナドレインか?』
マナドレインは術者と被術者の間で魔力をやり取りする魔法だ。相手から魔力を奪う事も出来るし、逆に相手に魔力を供給する事も出来る。ルクレティアの推測を聞いたリュウイチがマナドレインを使って魔力を供給すると、赤ん坊が文字通り真っ赤に光って身体が膨らみ始めた。身体の内側から、いや体中の血管が赤い光を放っているようだ。
「ちょっと!アンタ何やってんだい!?」
リュキスカの悲鳴に気付いて見れば、魔力を注ぎ込みすぎて赤ん坊が破裂しそうになっていた。
『おお!ヤバぃ』
リュキスカの悲鳴で気づいたリュウイチが慌てて魔力を吸い出す。すると今度は魔力が再び枯渇状態になり、あやうく死なせそうになってしまう。
「ちょっと、兄さん大丈夫なのかい!?
フェリキシムス!フェリキシムス!?
しっかりおし!!」
『加減が・・・難しいな・・・』
《
『あ、そうだ。』
リュウイチが
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