第440話 男親のわだかまり
統一歴九十九年五月三日、昼 -
ルクレティア・スパルタカシアが降臨者リュウイチと
それは一般には婚礼と同じである。
だが、今回はそう言うわけにもいかない。
まず、降臨があった事はまだ世間には伏せられており、
そして、当の本人であるルクレティアがアルビオンニウムへ行ってしまった事だ。本人が居ないのでは事実関係を確認できない。もちろん、話の出処となっているらしいルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵や、話をルクレティウスに伝えたエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人を疑うわけではないのだが、しかし「はいそうですか」と簡単に納得できる話でもなかった。スパルタカシウス家としてはあまりに唐突な話で半信半疑ではあったが、事情が事情だけに大っぴらにあちこちに聞いて回ることも出来ない。リュウイチの降臨は未だ厳重に秘されており、ルクレティアがリュウイチに使える
そしてまた、周囲の事情を知っている
理由はスパルタカシウス家でお祝いできない理由と同じで、まず降臨の事実とリュウイチの存在、そしてルクレティアがリュウイチに仕えているという事実がまだ秘匿されねばならない点があげられる。そしてルクレティア本人がアルビオンニウムへ行ってしまっていて事情が明らかでない上に、詳細を知っている唯一の人物ルキウスが突如腰痛を悪化させて寝込んでしまったため、誰も詳細な事情を知ることが出来ないでいた。
そして何と言ってもリュキスカの存在である。
ルクレティアが聖女になった。それが事実だとしてもルクレティアはリュウイチの二人目の聖女ということになる。ルクレティアの前にリュキスカが最初に聖女となっており、リュキスカに対してはまだ誰もお祝いを言ってないし祝いの品も届けていないのだ。
ルクレティアは名門の
いくら見ず知らずの平民出身で元娼婦とはいえ一度聖女となったからには立派な
しかし、リュキスカがどういう人物であるかまだ全く定かではない。一応、事情が事情だけに「本格的なお祝いはまた日を改めて」とごまかして時間を稼ぎ、その間に彼女の人となりについてあらゆる貴族が積極的に調べ、そして同時に贈り物やら何やらの準備を整えているところなのだ。だが、ことを大っぴらに出来ない上に誰にも気づかれてはならぬとあって、そうした準備は遅々として進んでいない。
そこへ来てのルクレティアの
そうした事情から、昨夜の会議の席上でスパルタカシウス家へのお祝いもしばらく控えようと出席した貴族の間で取り決めが交わされていたのであった。要は抜け駆け禁止ということである。
そのような状況であることから、ルクレティウスは昨日からずっとモヤモヤしたまま過ごしていた。
ルクレティアがずっと憧れていた聖女…その相手として本来あるはずのない降臨が起こり降臨者が現れた。それ以降、ルクレティアは夢にまで見た聖女になるべくずっと降臨者リュウイチに仕え続けている。
父親としては何も思わないということはない。当然複雑な心境ではある。まだ直接会ったことは無いが、聞く限りでは降臨者リュウイチは人格に問題があるようには思えない。貴族としてはやや覇気に欠けたところがあるような気がしないでもないが、娘の伴侶としては問題ないだろう。むしろ、伝説の降臨者 《
しかしその降臨者は「十八に満たぬ娘には手を出さぬ」と言い、どこの馬の骨とも知れぬ娼婦を抱え込んだと聞き、ルクレティウスは当然のように反感を抱いた。
ウチの娘は娼婦以下か…
そんな不当に見下された様な不快感…いや、率直に“怒り”と言うべきだろう…そういう感情を抱いた。同時に、安心感のようなものも抱いたのも事実だった。やはり、娘がどこの誰とも知れぬ男の許へ嫁ぐというのは、男親としては決して気持ちの良いものではなかったのだ。
しかし、ルクレティアはそれでも諦めずにリュウイチの聖女に成りたいと、ルクレティウスに対してハッキリと言った。リュウイチはルクレティアが十八になるのを待ってくれるとのことらしい。リュキスカという娼婦もまた、ルクレティアとリュウイチの仲を取り持ってくれるとのことらしい。
今、ルクレティアは十五歳…十一月生まれのルクレティアはあと半年で成人する。本当なら、降臨がなければ、今年の末か来年の頭には婿をとるはずだった。十八まで待つということは、それが二年伸びたということだ。その間、ルクレティウスは娘を応援しながら、自分の気持ちに整理をつけるつもりだった。
今度の祭祀でのアルビオンニウム行きを買って出たのも、ひとえに降臨者リュウイチに仕えて聖女になりたいというルクレティアを応援するためだった。
ところが一昨日、突然早馬が来てアルビオンニウムへはルクレティアが行くことになったという。事情を問いただすべく早馬を出しても返事らしい返事は来ず…そして昨夕、何の前触れもなくエルネスティーネが尋ねてきて、「昨夜ルクレティア様はリュウイチ様に同衾を許され、正式に聖女となられたそうです」などと言ってきた。
ルクレティウスの知るルクレティアの気持ちを考えれば、没落している名門聖貴族の長としても、それは歓迎すべきことの筈だ。エルネスティーネも「おめでとうございます」と祝いの言葉をくれた。ルクレティウスも素直に「ありがとう」と礼を述べた。だが、何かこう、釈然としないものがある。
十八に満たぬ娘には手を出さぬという言葉は何だったのだ?
十八になるのを待って聖女に迎えるという話は何だったのだ?
めでたい!ありがたい!…頭ではそう理解できるのだが、心の中にそういう疑念がずっと渦巻きつづけている。心のざわめきを持て余したままルクレティウスは夜を明かし、目覚めてもなお気分が落ち着かないままでいた。
そのルクレティウスに、使用人の一人が来客を告げる。
「
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