第441話 師弟の挨拶
統一歴九十九年五月三日、昼 -
きつめに香を焚かれた
「
ベッドの上に高く積まれたクッションに上体を預ける形で座ったままルクレティウスはアルトリウスに挨拶をすると、半時間も待たされた末の面会であったにもかかわらずアルトリウスは朗らかに応える。
「
言われてみれば、先生の下で学んだ時以来かも知れません。」
アルトリウスは六歳からレーマに留学する前までずっと、ルクレティウスから勉学を学んでいた。レーマ帝国では
「もう少し、顔を見せに来てくれてもいいんじゃないのかね?
これでも私は君の師のつもりだし、もう一人の父親でもあると思うのだが。」
顔をほころばせながらなじるルクレティウスにアルトリウスは苦笑しながら答えた。
「申し訳ありません。一応、たびたび御顔は拝見しておりましたので、それで安心しきっておりました。」
「公用で会うのと私用で会うのはまた別だよ。
まあ、かけたまえ。」
「失礼します。
確かに、いつも仕事でしかお会いしておりませんでした。
以後、気をつけましょう。」
ルクレティウスに勧められ、アルトリウスは椅子に腰かける。小さな腰掛は決して粗末な安物ではなかったが、アルトリウスの体重がかかるとギシッときしむ。
「しかし、そうは言っても今日も公用なのではないのかね?」
「おっしゃる通りで、
「
また
「ええ、それはもう見ている方が恥ずかしくなるほど
アルトリウスは先ほど見せつけられた光景を思い出し、苦笑した。
ベッドの上で半裸になったまま妻にマッサージをしてもらっている姿など、常識的に考えて貴族が来客に見せるようなものではない。普通は客を外で待たせて身形を整えてから接客するものだ。そのためにこそ
が、ルキウスはあえてアルトリウスを寝室へ通させ、半裸のままアンティスティアに腰を揉んでもらっている姿を見せている。それは惚気以外の何物でもなかった。実はルキウスは愛されている自分を、愛してくれている妻を人に見せつけたかったのだ。ただ、それが出来る相手は限られる。アルトリウスはその内の貴重な一人であり、ちょうどタイミング良く(悪く?)訪れてしまったわけだ。
二人と付き合いが長く、ある程度想像がついたルクレティウスはアルトリウスの苦笑につられるように笑みを浮かべた。
「君が恥ずかしがることは無かろう。君だってまだまだ新婚だろう?」
「ですがもう二年目ですよ。」
「二年目なんてまだまだ新婚じゃないか。
御父上はたしか四年目だろう?
いい加減に倦怠期に入ってもよさそうなものだが、お熱いことだな。
かつて飲んだくれていた頃からは想像もつかんよ。」
「それだけ
仲睦まじいのは羨ましいばかりです。」
「君だって仲睦まじくやっとるんじゃないのかね!?
めでたく第一子が産まれて、君の家のからは良い話しか聞かないぞ!?」
ルクレティウスが驚いて言うと、アルトリウスは苦笑した。
「ええ、おかげさまで…
ただ、せっかくの我が家で過ごす時間が稼げておりませんものですから…」
「それは良くないな。
おっと、君は『
『
その後、アンティスティアがルキウスの下に奉公にあがり、ルキウスは立ち直っていくのだが、残念ながらアンティスティアがルキウスに奉公しはじめた翌月からアルトリウスは留学のためレーマへ旅立ったため、アルトリウスはルキウスが立ち直っていく様子を見ていなかったのだ。
アルトリウスが留学から帰ってから一番驚いたのは叔父ルキウスの変貌ぶりであり、次いで旧友サムエルの結婚だった。そしてアルトリウスが
「死を想えばこそ、仕事に精を出さねばならないのです先生。
特に先月以降はね…」
アルトリウスが残念そうに言うとルクレティウスは深いため息をついた。
アルトリウスは真面目な性格である。そしてかなりな家庭人でもある。妻のコトの事は大層気に入っているらしく、結婚したばかりの頃は妻と一緒に馬車であちこちに出かける様子が領民たちに目撃されており、夫婦仲の良さは領内でも評判なほどだ。仲の良さを見せつけるようだった…と、その様子を見た領民たちはニヤケながら噂しあったものだ。
そのアルトリウスがこのひと月ほど、家にろくに帰れない日が続いている。その理由は明らかだった。第一に降臨者リュウイチの存在であり、次いで
ルクレティウスはそれに思い至ると、長く続いた挨拶を切り上げて本題に入ることにした。
「さて、忙しい君を煩わせ、これ以上家族と過ごす時間を取り上げてはかわいそうだ。そろそろ今日の本題に入ろうじゃないか。
ルクレティアの事で来たのだろう?」
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