第338話 魔道具を与えた理由
統一歴九十九年五月一日、午前 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
《レアル》から
その魔導具を《
この世界全体の秩序の根幹をなす大協約。降臨者……特にゲイマーによって破滅寸前にまで追い込まれた世界を守ることを最大の目的としている。降臨者…特にゲイマーの世界からの事実上の追放。そして降臨者が齎す《レアル》の
降臨者が《レアル》に戻れないとなれば、せめて降臨者がこのヴァーチャリア世界に悪影響を及ぼさないよう、なるべく隔離して全世界で管理下に置き、降臨者から得られる《レアル》の恩寵はヴァーチャリア世界の共有財産とせねばならない。
ルクレティアは間違いなくこの世界の人間だ。彼女が《レアル》の恩寵、その象徴たる聖遺物を個人的に
だが、ルクレティアはリュウイチに捧げられた
で、あるならば…自らの所有物を、自分の所有物で飾って何の問題があるだろうか?
要するに今回の事件はこの世界で最も重要な法律に抵触する恐れがあるが、同時にグレーな事例だった。特にリュウイチが「聖女に迎えるという証」と言ってしまっている点が大きい。リュウイチが遊びで聖遺物を下賜しようとしたのであれば、それなりに
まずはリュウイチ様の真意を確かめねばならん…
ルキウスはリュウイチの
『こんにちは、ルキウスさん……えーっと、ルクレティアはまだ……』
今日はルクレティアのアルビオンニウム派遣についての話をさせてもらいたいと事前に説明を受けていたため、リュウイチはルクレティアが同室していないことを気にしているようだった。
「
ルクレティア様は今はいいのです。先にお話をせねばならないことができたようですので……」
『そうですか?
ああ、どうぞお掛けください』
リュウイチの入室を迎えるために起立していたルキウスは、リュウイチに勧められ「
『では、別の御用というのを先にお伺いしましょうか?』
「はい、先ほどお聞きしたのですが、ルクレティア様に魔導具を
『あ…ええ、その…やはり不味かったですか?
一応、ルキウスさんの承諾を得られたら受け取るという事にされたようなのですが。』
リュウイチは少し目を泳がせ、膝の上で組んだ手の中で親指同士をモジモジと遊ばせながら苦笑いを浮かべる。ルキウスはそれを見てため息をかみ殺した。
「法的な問題で言えば、“グレー”なところでしょうな。
ルクレティア様を
『それは…間違いではありません。』
リュウイチはそう言うと香茶が湯気を立てる
「ルクレティア様を
スーッ……控えめな音を立てながら、ルキウスが香茶を啜る。
「『婚礼の品』…そういう事でよろしいのですな?」
『こん…れい…』
リュウイチはたじろいだ。こうして改めて言葉にされるとその重さに動揺を禁じ得ない。本人にそれだけの覚悟が出来ていたわけではないという事の何よりの証左ではあるのだが、ルキウスにとってそれはむしろ付け入る隙以外の何物でもない。
ここでリュウイチの隙に付け込んでルクレティアを聖女として捻じ込んでしまうのは容易だし、リュウイチに対して多少なりとも優位になれるポイントを稼ぎたい上級貴族として、それはなすべき事だった。だが、ルキウスはリュウイチから金を借りている身であり、これから更なる借金を引き出さねばならない身でもある。優位に立てるポイントを稼ぐことは大事だが、タイミングも計らねばならない。今強引に攻めて多少のポイントを稼いだとしても、それで悪い印象を持たれては今後が不利になる。
ルキウスは
「ルクレティアはあと半年で十六に御成りになられます。レーマ帝国では
ですが、婚礼の品を御贈りするのであれば、ルクレティア様が十六歳になられるのをお待ちになられてからでも遅くはないでしょう。
恐れながらリュウイチ様も、さほどお急ぎではなられなかったやに推察しておりましたが、何故このようにお急ぎになられるのか、お聞かせいただきますかな?」
リュウイチは再び香茶を一口啜り、茶碗を膝の上で両手で包み持つと、手の中でその茶碗を転がし、揺れる香茶を見ながら話し始めた。
『覚悟が決まったかというと、実は全然そんなことはありません』
まあそうだろうな…とルキウスは内心で思った。
『ですが、彼女の気持ちは分かっているつもりだし、彼女にはいろいろお世話になっているので報いたいという気持ちは、あります。
彼女が十八になるまで二年と…半年ですか?』
「ええ、十一月生まれのはずですから」
『それだけ待たせることになるわけですが、もしその前に《
還る前にルクレティアを抱けばいいじゃないか…というツッコミを入れるほどルキウスは
『その前に、今私が
「それで
『そうですね。アレらがあれば、魔法も使えるようになるはずですし…私が
そこまで言うとリュウイチはチラっと
「しかし、それにしたところで事前に御相談いただければよろしかったでしょうに…何故、昨夜いきなりお渡しになられたのですか?」
ルキウスは納得したような呆れたようなよくわからない表情で香茶を啜った。
魔導具を渡そうとした動機はなんとなくわかったが、何故昨日いきなり渡したのかというタイミングについては今までの話では説明されていない。
リュウイチはパッと顔を上げ、少し表情を明るくして説明を始める。
『あ、それは彼女がアルビオンニウムへ行くというので……それでそれに間に合わせようと準備してたら昨日になっちゃいまして……』
思わずルキウスはわけが分からないというような表情を作った。ひょっとしてルクレティアがアルビオンニウムへ行ったまま帰ってこないとでも勘違いしてるんだろうか?
「あの……アルビオンニウムに行くと言っても、ほんの一週間ほどですが?」
『ええ、存じてます。
でも、彼女は行きたくなさそうでしたし、多分、私から離れて聖女として勤められないのが辛いんだろうと……
それで、だから、その、その前に聖女になれたっていう実感を抱ける物があれば、安心して仕事ができるんじゃないかと思いまして……』
「ああ……なるほど……」
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