第141話 射撃評価試験
統一歴九十九年四月十五日、昼 - マニウス要塞空堀/アルトリウシア
《レアル》武具の性能評価試験・・・
降臨者が《レアル》から
降臨者リュウイチ自身が申し出たことでなければ、この後も誰もやろうなんて思わなかったであろう。
「ホントによろしいのですか?」
これから実際に傷つける事になるであろう聖遺物を受けとりながら、
『はい、数はいくらでもあるので気にしないでください。』
まず最初はジャックから始められた。
レーマ帝国には大戦争時代にランツクネヒトらを中心とする敬典宗教諸国連合からの亡命者たちが持ち込み広まった防具であり、レーマ帝国ではジャックをラテン語読みして「イァック」「イャック」「ヤック」などと呼ばれている。
麻の布を二十七枚重ねて、間に適度に綿を詰め、綿がズレないように細かく縫い目を付けたコート状の服であり、見た目はキルティング・コートそのものだ。ランツクネヒトたちが亡命してくる以前からレーマにも同種の防具はあったのだが、これほど多くの麻布を分厚く重ねてなかったし、綿も入っていなかった。なお《レアル》においてジャック【Jack】は後に上着を指すジャケット【Jacket】の語源にもなっている。
一般には
その防御効果の高さゆえ、
リュウイチが今回の評価試験に提供したジャックはというと、レーマ軍のイァックが麻の色そのままなのに対し、漂白されて真っ白になっている。
「厚さや重みはほぼ同じみたいだな。」
「これは・・・木綿じゃないのか?」
「裏地は木綿のようですね・・・肌触りが良い。」
「イァックをここまで白く漂白する必要があるのか?」
「ひょっとして染色するんじゃないですかね?」
「見ろ、
「ホントだ・・・うわ、細かすぎて目がチカチカしてくる。」
ジャックを手に取りながら軍団幕僚たちが批評している間にも、兵士たちがカカシに預けられたジャックを着せて試験の準備を整える。
カカシは支柱となる丸太に人の胴体と頭を模した木の板をくくり付けた物である。くくり付けられた板は腕や脚などは再現されておらず、射撃練習用のマン・ターゲットのような形だが、厚さは
レーマ帝国では武器や防具の性能を評価する際に使われ、この板を銃弾が貫通できたら「殺傷力あり」と判定している。
今回はそれにジャックを被せて銃撃し、銃弾がジャックの下の松材を貫通すば防御力無しと判定されることになる。
「それでは、まず二十六ピルム(約四十八メートル)から始めます。」
射撃位置に短小銃を抱えた
「
指揮する
稜堡の上に手旗を持った信号兵がおり、
しばらくそのまま待っていると信号兵が手旗を振り始める。
「
百人隊長の号令が響くと、八人が一斉に短小銃を構えた。
信号兵は一、ニ、三、四回、一定のリズムで旗を横に振り、その後に頭上で円を描くように回す。円を描き始めた瞬間に撃てば、射撃練習場で射撃訓練を行っている兵らと同じタイミングで発砲出来るはずだった。
「
パパパパパンッ!
八人中七名が発砲に成功した。
ほぼ同じタイミングで要塞内からも銃声が響く。
「よし、回収しろ。」
発砲煙の晴れない内から兵士がジャックをカカシごと回収してくると、幕僚たちが一斉にのぞき込む。
ジャックには弾が五発命中していた。
二十六ピルムという距離はポイントターゲットに対する短小銃の有効射程ギリギリの距離である。有効射程とは狙って撃って半数が命中する事を期待できる距離であるから、七発中五発が命中したというのは良好な命中率と言って良いだろう。
五発ともジャックを貫通していたが、一発は内側の銀松の板を外れており、残りの四発中二発が板を貫通、残りは深くめり込んではいるがギリギリ貫通してないような状態だった。
「さすがに一丸弾は防ぎきれんか。」
「だが、松板を貫通したのは半分だ。殺傷力としてはギリギリといったところだろう。」
「一丸弾と言えども、二十六ピルムより遠ければ防げる可能性があるという事か。」
「見ろ、表と内側で使われている布が違うぞ?」
「外のが木綿で内側に麻が使われてるんじゃないのか?」
「いや、麻でもなさそうだ。枚数も少し少なそうだ。」
幕僚たちは改修されてきたジャックとカカシを見て熱心に吟味し始める。
リュウイチもルキウスもほぼそっちのけ状態だった。
リュウイチはその様子を半ば面白がっているようだったが、ルキウスがほぼ呆れかえったような顔をしている。それに気づき、まずいと思ったたアルトリウスはわざとらしく咳ばらいをした。
「ウッ、ウンッ!」
ようやく幕僚の一人が気付き、慌てて姿勢を正す。
『ああ、いや、いいですよ。
皆さんが分析した結果をお聞かせいただいた方が分かりやすいですし。』
如何にも気まずそうな様子の幕僚たちを気遣ってリュウイチが声をかけると、幕僚たちはお互いの顔を見合って苦笑いを浮かべる。
ラーウスがジャックとカカシをリュウイチやルキウスの前まで持って行き、説明を始めた。
「失礼しました。
では、所見を申し上げさせていただきます。」
『よろしく。』
「このカカシに使われている板は銀松という木の板で厚さが一インチあります。
帝国では銃弾等がこれを貫通すると、人体に致命傷を与えうるだけの威力があると判定する基準としております。
これにジャックを着せて二十六ピルムの距離から一丸弾を射撃したところ、半数が松板を貫通し、半数は貫通できませんでした。」
『判定としてはどうなるのですか?』
「殺傷力はあった。つまりこのジャックは二十六ピルムの距離では一丸弾を防ぎきれないと判定せざるを得ません。
ただ、半数は貫通しておりませんので、一丸弾で致命傷を与えるとしたら二十六ピルム以内に近づかねばならず、それ以遠では防がれてしまう・・・というところだと考えられます。」
『その、アナタ方のイァックと比べてどうなんでしょうか?』
「断然優れております。
短小銃は二十六ピルムより遠距離になりますと命中率が極端に低下するのですが、それでも五十ピルムぐらい離れてても我々の
『へえ・・・。』
そうは言っても実戦経験があるわけでもないリュウイチには実感がわかない。多分、倍以上凄いんだろうなという事は分かるのだが、じゃあ戦場でこれの防御力をどの程度期待していいのかというような感覚的な物が想像できないのだった。
何と反応していいのかわからず言葉を失ったリュウイチとラーウスを見てルキウスは脇から小さく咳ばらいをした。
「では、次は散弾でも試しますかな?」
「ああ、はい!ではそのようにしたいと思いますが?」
ラーウスはパッと笑顔を浮かべるとリュウイチに確認を求めた。
『ああ、ハイ。どうぞ』
ラーウスは「ではっ」と一言言ってお辞儀をし、そのまま回れ右をして指示を出し始めた。
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