再び破れる『勇者団』

第1155話 戦闘の痕跡

統一歴九十九年五月十日、昼 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 ブルルフンッ!!


「!?」


 馬が鼻を鳴らす音がすぐ耳元で聞こえ、ソファーキング・エディブルスはハッと目を醒ました。いつの間にか眠りながら歩いていたようだ。気づけば前を並んで歩くティフ・ブルーボールとデファーグ・エッジロードの二人から二十メートル以上も離れており、いけねっと小走りで追いかける。

 どうやら思っている以上に疲労がたまっているようだ。昨夜は結局徹夜だったし、一昨日も昨日もほとんど移動しっぱなしだったのだ。いくら魔力に優れたゲーマーの孫とはいえ眠らないでも平気でいられるわけではない。


 ペイトウィン・ホエールキングとの合流を目指すティフたち一行は今朝、霧の立ち込めるグナエウス街道からシュバルツゼーブルグの街の手前で北へ伸びる間道へ入った。街に入ればシュバルツゼーブルグにいるはずの《地の精霊アース・エレメンタル》に見つかってしまう危険性が高くなるため、街を遠回りに迂回する必要があったためだ。もしもそのままライムント街道の西側を北上し続け、ブルグトアドルフの森を横切るように山荘へ向かったならば、その途中で彼らはペイトウィンをグナエウス砦へ連行するグルグリウスに遭遇したかもしれなかったが、神ならぬ彼らにペイトウィンが既に捕まっていることなど知るはずもなかったし、ましてグルグリウスとの遭遇など想像すら及ばぬことだった。

 彼らは途中で針路を東へ変え、ブルグトアドルフとシュバルツゼーブルグの中間付近でライムント街道を横切り、街道の東側に広がる森へ入ってから北上を再開する。街道東の森の中の間道はこれまで彼らがアルビオンニウムとシュバルツゼーブルグの間を往復する際に何度も利用していたので多少は土地勘があったし、何よりもブルグトアドルフ近郊のアジトとして使っていた山荘へ誰の目にもつかずにたどり着くことのできる道があったからだった。ソファーキングが歩きながら寝てしまったのは蓄積していた疲労ばかりが原因ではなく、もしかしたら土地勘のある道に出て安心して気が抜けてしまったこともあったかもしれない。


 後ろから馬具と蹄を鳴らしながら駆け足で近づいて来るソファーキングの気配に気づくと、ティフとデファーグは歩きながら後ろを振り返る。その顔には半笑いが浮かんでいた。


「どうしたソファーキング?」

「立小便でもしてたのか!?」


 ソファーキングは何かを噛み潰すように苦笑いを浮かべる。お貴族様育ちの彼らもムセイオンを脱走してから早三か月、屋外で立小便をすることにもいい加減に馴れてしまってはいたので揶揄からかいにもならないのだが、しかし寝ながら歩いてましたは流石に格好悪い。歩きながら寝るなんてまるで緊張感が無いというか、なんか油断しまくってるような感じがしてしまう。要するに彼らが憧れる冒険者とは全然違うような気がするのだ。だからソファーキングは答えず、黙って苦笑いだけを返す。

 本当は上手い返しがあればソファーキングとしても返したいが、思いつかないので黙っている……だがそれが良かったようだ。寡黙かもくな男ってのもそれはそれで冒険者っぽい……ティフやデファーグがそう考えてくれたかどうかは分からないが、二人からのソファーキングへの追撃は無かった。前方から斥候せっこうに出ていたスワッグ・リーが駆け戻って来たからだ。


ティフブルーボール様! デファーグエッジロード様!!」


 息を弾ませて戻ってきたスワッグはひどく慌てていた。


「どうしたスワッグ、何かあったか!?」


 スワッグはお調子者なところはあるが道化者ではない。スワッグは誰にも評価してくれない近接格闘戦にこだわって己を鍛え上げた戦士であり、その成果であるスキルに誇りと自信を持っている。そのスキルを期待されて斥候という仕事を任されている時に、己のスキルを評価してもらえる機会を台無しにするようなことはたとえ冗談でもしないだろう。にもかかわらず慌てふためいているということは、冗談でも悪ふざけでもなくそれなりの何かを見つけたということだ。

 立ち止まったティフとデファーグのところまで駆け戻ったスワッグは息を整えるのも忘れ、時折息を詰まらせながら報告する。


ティフブルーボール様、戦闘です。

 この先に、戦闘の跡がありました。」


「戦闘の跡?」


 ティフは眉を寄せた。ここら辺にいるのは『勇者団』ブレーブスが配下に置いた盗賊たちの残党かレーマ軍だけのはずだ。戦闘を起こすとしたらそれらだろう。盗賊たちはブルグトアドルフの戦闘で大多数が死ぬか捕まるかしており、再集結を命じているとはいえ人数は何十人も残っていないだろう。そんな盗賊どもが戦闘が起きたとしても大規模なものにはなりえない。数が揃っていたとしても『勇者団』が命じたのでない限り盗賊たちが積極的にレーマ軍に攻撃を仕掛けるわけはないのに盗賊たちは全滅寸前……もしも盗賊たちがレーマ軍の姿を見れば戦うことなく尻に帆をかけて逃げ出すに決まっている。


「死体でもあったのか?」


 手駒にするためにシュバルツゼーブルグ近郊で盗賊たちを殺しまくっていたスワッグが死体程度でこうまで冷静さを失うわけはない。それを分かったうえでのデファーグの問いにスワッグは首を振った。


「いえ、死体は……」


「じゃあ何があった?」


「焼け跡です。」


「焼け跡?」


「はい……森が焼けた、跡です。

 爆発の、跡っぽいのも……

 昨日、ここを通った時には、無かった。」


「爆発? 爆弾か?」


「まあ待て、一度呼吸を整えろ。

 水を飲むか?」


 息を乱したままのスワッグの話に聞きづらさを覚えたのか、デファーグがティフの質問に割り込んで水筒を差し出した。スワッグは差し出された水筒を見て一瞬躊躇ちゅうちょしたものの、それを受け取ると中身を飲み始めた。その水筒はグナエウス峠から降りてくる途中で一度飲み干して空っぽになっていたのだが、その後ここに来るまでの間に見つけた小川で汲んだ水が入っていた。山の中を流れる綺麗な小川の水は真鍮の水筒に入っていたせいで少し金属っぽい風味は付いていたが、やけに冷たく清らかで、飲み干すたびにスワッグの身体の内へ染みわたっていく。胃の内側を直接刺す様な冷たさも、今は却って心地よかった。

 水筒の半分近く飲み干したスワッグは「ありがとうございます」とお礼を言いながら水筒を返し、二度三度と深呼吸をしてようやく落ち着きを取り戻した。その間にソファーキングも追いつき、ティフ達のすぐ後ろで耳をそばだてる。それを待っていたわけではないだろうが、スワッグはいかにもこれから大事なことを言うぞというような真剣な目をして全員を見回すと、タメを利かせて報告を再開した。


「俺が見たのは爆発と、山火事の跡です。

 爆弾じゃありません。火薬の臭いが無い。

 あれは、魔法戦の跡です。」


「「「!?」」」


 スワッグの報告に三人は息を飲んだ。

 戦闘に魔法を使う存在……彼らが知る限りそんなのはアルビオンニアに来て急に出会うようになった精霊エレメンタルたちと、彼ら『勇者団』の誰かしかいない。彼らが最近遭遇した《森の精霊ドライアド》の森は近いが、ここらはまだあの《森の精霊》の領域テリトリーではないはずだ。そして昨夜、シュバルツゼーブルグから『勇者団』の魔法攻撃職のかなめペイトウィン・ホエールキングがこっちへ来ている筈……つまり、ここらへんで魔法を使って戦った痕跡があるとすれば、それにはペイトウィンが関わっている可能性が極めて高かった。


 まさかペイトウィンが!?


 ペイトウィンは全属性の魔法を使いこなすことができるが、火属性の魔法を……特に爆発したり燃え上がったりするような派手な魔法を好んで使う傾向がある。しかも魔法に関しては自重することを知らない。山の中で火属性の魔法を使うなど正気を疑うが、実際にサウマンディウムでは一般人NPCにちょっと絡まれたぐらいで白昼の街中で魔法をぶっ放し、半径数キロに渡って爆音を響かせるとともに天高く爆煙を噴き上げさせて街をひっくり返す様な大騒ぎを起こしてしまい、『勇者団』がサウマンディウムの街から逃げ出す原因をつくってしまった。さすがのペイトウィンもあの後は懲りたのか多少反省の色を見せていたが、ここのように人里離れた山の中となれば遠慮はしないだろう。


「どこだ!?」


「こっちです!!」


 スワッグの先導でティフ達は現場へ急いだ。

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