第529話 独断専行
統一歴九十九年五月七日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム
ティフ・ブルーボールの黒歴史を本人の目の前でペトミー・フーマンやスマッグ・トムボーイたちに語り始めるペイトウィン・ホエールキングに対し、ティフは恥ずかしがることも嫌がることもせず、ただトボトボと無言のまま歩き続ける。
無反応なティフの態度にさすがに場の空気が少し重くなる。ペトミーは「ホラ、余計なこと言いやがって」とばかりに横目でペイトウィンを
「オホンッ、でもまあ安心しろよ。
俺たちと同程度以下の奴が相手だとそんな失敗はしないんだからさ。
さっきのアルビオーネみたいな凄いのに当たることなんて滅多にあるこっちゃないんだし、そういう時は俺らが止めてやればいいんだ。
お互い、足らないところを補い合うのが仲間ってもんだろ!?」
確かにペイトウィンの言っていることは間違いないだろう。ティフは少しばかり傲慢な性格だ。ハーフエルフで力があり、頭も決して悪くはない。悪くはないのだが、年齢の割にかなり世間知らずなのだ。
父を知らずに産まれ、母も小さいころに亡くなった。母方の親戚の手によって世話されて育ったわけだが、親戚同士の勢力争いに利用され、散々持ち上げられはするが人間的な付き合いは誰もしてくれず、ずっと孤独な幼少期を送ったのだ。そのため、どうも人嫌いなところがあり、『
幼少期にネグレクト状態になるとまともな人づきあいができなくなってしまう。自分と他者との距離感を適切に保てなくなったり、関係を上手に築けなくなったりする。他人を評価する時に、心の繋がりによってではなく、実力とか社会的地位とか立場とかいった
だから知性によって理解できる範囲の情報ですべてを評価しようとする傾向がある。なまじ地頭が良く理解力が高いため、余計にすべての物事を理解できると思い込み、理解しようとしてしまう。そして、知識や知性に頼りすぎ、知性や知識では測れない部分をおろそかにしてしまうのだ。その結果、ペイトウィンが指摘するように自分の理解力を超える存在に対しては適切な対処ができなくなってしまう。
「そ、そうですね…」
スマッグは何か異様な気まずさに苛まれながら相槌を打った。相槌を打ちはしたが、それは『勇者団』にとって極めて重大な問題であるようにも思えた。
なんといってもティフは『勇者団』のリーダーであり、みんなが彼のいう事に従っている。ハーフエルフのメンバーはともかく、ヒトのメンバーの中にはほぼ盲目的に従っている者すらいる。それなのに、ティフは相手が今回のような相手だと的確な判断を下せないのだ。今回はペイトウィンやペトミーが居てくれたから一応ティフを制止してもくれたしアルビオーネも許してくれたから良かったものの、他にハーフエルフが居なければティフは最後まで攻撃を止めなかったかもしれないし、アルビオーネが許してくれなければ彼らは全滅していただろう。
今回はアルビオーネとの実力差がありすぎたから助かったのだ。彼らの本気の攻撃でも、アルビオーネを本気にさせるには弱すぎた…だから助かったのだ。
もしも誰もティフを止めなかったら・・・
もしも相手がアルビオーネほど強大でも寛大でもなかったら・・・
彼らは間違いなく全員死んでいただろう。彼らは運が良かったのだ。二度と同じ過ちは犯してはならない。そのためにはどうする?どうしたらいい?
それにはティフも何となく気づいていた。孤独に過ごすことが多かったとはいえ、伊達に百年近くも生きているわけではない。だからこそ『勇者団』のメンバーの事を対等な仲間と考えるようにしていたし、自分のそういう点を改めねばとも考えてもいる。
ペイトウィンの言い様に嫌味を感じないわけではない。だがそれでも大人しく聞いていたのは精神的な虚脱状態に陥っていたからに過ぎなかったから…ではあるのだけれど、ティフ自身のそうした意識も少なからず影響していたのかもしれない。
「ああ…そうだな。」
ティフはどこか虚ろな表情で、誰の顔を見るでもなく前を向いたままポツリと言った。
秋の深まりとともに昼の時間は急速に短くなりつつあり、陽は早くも傾いてきている。彼らの右手に広がるアルビオン湾の水面はキラキラと陽光を映して輝き、アルビオン湾全体を囲むクレーター状の土手の上を歩く彼らの右頬を妙に暖かく照らしている。
気づけばそのキラキラと輝く水面を無言のまま見つめながら歩いていた四人は、つい先ほどまでの恐怖や安堵や失望や
「ブルーボール様ぁ!!」
彼らに向かって前方から馬に乗った男が一人駆けて来た。黒づくめの軽装で頭巾で頭も顔も覆った男の脇には黒い大きな犬が一緒に走っている。
「おお、ファドか?・・・ファァーーード!!」
前から駆けて来る男がファドだと気づくと、ティフは馬の
「どうしたんだファドの奴?」
「何かあったんでしょうか?」
「ああ~~、突然俺らだけで居なくなっちゃったから心配しちゃったんじゃないか?」
ティフの大声に驚いて暴れそうになる自分の馬を抑えながら他の三人が思い思いに話しているうちに、ファドは馬の腹を蹴って全速で駆けて来た。
「ファド、どうした、そんなに慌てて?
何かあったのか?」
ティフが目の前で馬を停めたファドに問いかけると、ファドは馬から飛び降り、馬の轡を持って逃げないように抑えたまま膝をついて報告した。
「大変です!
サンドウィッチ様が連れ去られました!!」
ファドの報告に四人は一瞬驚き、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「ああ、そのことか…」
「お、驚かれないのですか!?」
四人が意外と落ち着いているのでファドは逆に驚き、膝をついたまま身を乗り出しすようにティフたちを見上げる。
「ああ、実は今メークミーが乗せられた船を追って…それで逃してしまったところさ…」
ペイトウィンがしゃしゃり出て、自分たちの不始末を冷笑しながら言うと、ファドは目を丸くした。
「船!?」
「ああ、ついさっき海峡の向こうへ…なんだ、違うのか?」
訊き返してきたファドに説明しようとしたティフだったが、ファドの驚き方に違和感を覚え確認する。
「ええ!サンドウィッチ様は馬車に乗せられて南へ運ばれて行きました!!」
今度は四人の方が目を丸くする番だった。
「何だと!?」
「本当か!?」
「間違いありません!
御姿は見えませんでしたが、魔力を感じました。
指輪を、
四人はファドの報告に驚いた。てっきり、さっきの船にメークミーが乗せられていると思い込み、その結果アルビオーネなどという化け物と戦う羽目にまでなったというのに、あの船にはメークミーは乗せられていなかったのだ。
四人の間にあからさまに動揺が広がる。
「じゃあ、さっきの船は!?
乗ってなかったのか?」
「偽装ってこと!?」
「ファド、詳しく話してくれ!」
四人の遅ればせな反応に戸惑いながらファドは説明し始める。
「は、はい…リー様と共に廃墟の中で逃亡者狩りをしていたところ、レーマ軍の車列を見つけました。その中の馬車の一台から、私もリー様もサンドウィッチ様の気配を感じました。
車列にはレーマ軍が加わって守っていました。兵力はおそらく三百五十から四百といったところで、サウマンディア
車列にはスパルタカシアの一行も加わっていて、一緒にいた盗賊の話ではアルトリウシアへ帰る車列だと・・・」
「なんてこった!
すっかり騙された…」
「じゃ、じゃあ神殿は!?
他の部隊はどうなった!?」
もし、神殿にレーマ軍が残っていないのなら彼らは一応、次の新月には降臨術を試すことが出来るようになる。降臨に成功したならば、あの《
「いえ、アルトリウシアから来たホブゴブリンの兵士が百近く、それと宮殿にいたサウマディア軍団の五百が丸々残っています。」
さすがに敵もそこまで間抜けではなかった。もっとも、ティフたちにしてもそこまで期待はしていない。
「くそ、完全に出し抜かれたな…まさかそんな手でくるとは…」
悔しそうに歯噛みし、拳を作ってやり場のない怒りを自分の太腿を打ち付けるティフに脇からペトミーが問いかける。
「どうするティフ?
メークミーの奴、連れ去られちまうぜ?」
「もちろん助けたいさ…だが、今からじゃ追いつけないぞ…」
ティフは悔しそうに答えた。
レーマ軍の行軍速度は速い。歩兵なのに“歩く”というより、“走る”に近い速度で移動する。重い装備を持っている癖に、一日に二十五キロくらい平気で移動する。しかも、二十五キロ移動してから陣地を築城し、防備を固めてから夜を明かす…最初から防備を固めた要塞と要塞の間を移動し、陣地を建設する必要がないなら一日で四十キロ以上移動することすらあった。
それに対して彼らは今アルビオンニウム郊外のアジトから五キロくらい北にいる。そこへ戻って準備を整え、二時間以上前に出発したであろう敵に追いつくのは至難の業だ。何せ、彼らの馬は午前中に無理に走らせたせいでくたびれ切っており、しばらく休ませなければもう魔法でバフをかけても走らせることなどできない。彼らがアルビオン湾口からずっと馬に乗らずに歩いてきたのはそのせいだ。今、バフをかけてようやく無理矢理歩かせているような状態だったのだ。
諦めざるを得ない…そう言いたげなティフを力づけるようにファドは報告した。
「それについてはご安心を!
奴らは例の、ブルグトアドルフから逃げ出した住民たちを連れているので速度は遅いようです。あの調子ではおそらく、今日はブルグトアドルフまでしか行けないでしょう。
そして、ソイボーイ様とリー様が独断で盗賊たちを率い、ブルグトアドルフに向けて先行しております。ブルグトアドルフに先回りし、待ち構える態勢を整えるおつもりのようです。」
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