第132話 捜索隊

統一歴九十九年四月十四日、夕 - 《陶片》リクハルド邸/アルトリウシア



 リクハルドヘイム中央に位置する市街地、通称 《陶片テスタチェウス》。周囲を柵で囲われたそこに出入りするためには西の《とりノ門》、北東の《とらノ門》、東の《ノ門》、南東の《たつみ門》のいずれかを通らねばならない。

 そしてそれぞれの門を通る《陶片》内のメインストリートにはそれぞれの門のにちなみ『酉ノ門街道ウィア・トリノモン』(別称『海軍基地通り』)、『寅ノ門街道ウィア・トラノモン』、『卯ノ門街道ウィア・ウノモン』、『巽門街道ウィア・タツミモン』の名が付けられていた。

 ティトゥス要塞カストルム・ティティでの会議を終えたリクハルドの馬車は寅ノ門街道から酉ノ門街道へ出ると途中で右に折れ、そこから少し入ったところにあるリクハルドの邸宅へ向かった。

 道は幅が三ピルム(約五メートル半)ほどで馬車が辛うじてすれ違える程度しかないが、《陶片》内は郷士ドゥーチェ以上の貴族ノビレスか許可を得た者の馬車しか通行できないため、リクハルドの馬車は誰はばかることなく進んでいく。

 馬車の中では今の馬車の行き足同様に物事が順調に進んでいく様に満足しきったリクハルドが口元に笑みを浮かべながら外の様子を眺めていた。


 順調だ。順調すぎるくらいだ。

 まさか橋の修理工事費を子爵家で全額負担してもらえるとは思ってもみなかった。今日はひとまず橋の修理工事の主導権を握り、あとは費用負担をどれだけ分担させるか調整するだけのつもりだったのに・・・。

 ルキウスの野郎、融資のアテがあるだと?

 そこが全く想定外なのは少し面白くないが、こっちリクハルドの費用負担ゼロで工事の担当を息のかかった大工に任せられるのは大成功だった。

 あの元老院議員セナートルのアントニウス・レムシウス・エブルヌスがその融資のカギを握ってるってことか・・・さすがに俺もレーマまでは目が届かん。

 だが、こうなった以上はレーマに情報源を作らんといかんな。

 レーマか・・・遠いぜ、遠すぎる。まだまだ先だと思ったんだがなぁ・・・

 こっちアルトリウシアでもう少し地歩を固めるつもりだったが、サウマンディウムに作ったも強化せにゃならんな。



「ん、何でえ?」


 馬車に同乗しているパスカルがジッとこっちリクハルドを見ているのに気づいて声をかける。


「いえ、別に・・・」


 パスカルはそう言うとそっぽを向いた。


「それはそうと、分かってるな?

 工事はウチで仕切るんだ。早速、あの棟梁を子爵ルキウス様んとこに送り込め。」


「カウデクス・ナーソー氏ですね。すぐにでも手配します。」


 仏頂面のままパスカルが素っ気なく答えると、間もなく馬車はリクハルド邸の敷地に入った。さほど広くもない車回しをグルリと回り玄関に着けると、馬車の後ろに立って乗っていたフットマンが降りてドア前に踏み台を置き、馬車のドアを開ける。

 屋敷の中からは「旦那様の御帰りーっ、旦那様の御帰り―っ」とリクハルドの帰宅を告げる使用人の声が聞こえてきた。


 リクハルドが馬車から降り、その巨体を大きく動かして伸びをしていると屋敷の奥から伝六でんろくがひょっこひょっこと杖を突きながら現れた。膝に負った傷がまだ癒えず、普通に歩けない。このため彼は最近はリクハルド邸の留守番ばかりをしている。


カシラリクハルドー!」


「おう、伝六!

 留守中何も無かったか?」


「それがありやした。

 例のダイアウルフの件で。」


「ああ?ダイアウルフがどしたい?」


「へえ、どうも羊飼いの娘がやられたみてえなんでさ。」


 リクハルドに続いて馬車から降りたパスカルは伝六の報告を聞いて表情をわずかに曇らせた。


あの少女ファンニがどうかしたんですか?」


 リクハルドを差し置いて伝六に問いかけるパスカルの口調はいつもより険しい。


「おう、居なくなっちまったんだ。

 娘っ子一人で羊の番をしてたんだが消えちまった。

 一緒にいた牧羊犬いぬが隣の畑で種撒きしてた親んところに駆けて来てよ。ギャンギャン吠えやがるんで、コリャなんかあったにちげぇねえって様子を見に行ったら娘っ子がいなくなってて、ダイアウルフの足跡が残ってたらしい。

 羊と牧羊犬は無事だったようだがな。」


「この際、羊や牧羊犬はどうでもいいでしょう!

 あの娘ファンニいなくなったとはどういうことですか!?」


「それがわからねぇ!

 現場に血が残ってたわけじゃねぇから食われたわけじゃねえらしいって話だ。

 ただ、杖と角笛が落ちてたし、牧羊犬も酷く興奮してて只事じゃねえってことで、親の農夫どもがウチに助けを求めてきたんだ。」


「それで、どうなったんですか!?」


 パスカルらしくない取り乱し様だった。

 彼はダイアウルフに羊を奪われ、牧羊犬を傷つけられて落ち込んでいたファンニを励ますべく、彼女の家族の前でらしくもない熱弁を振るってファンニを褒めたたえた。あの後もファンニが一人で羊の番をさせられていたというのなら、もしかしたらパスカルの賞賛のせいかもしれない。パスカルはそう考え、責任を感じていた。


 自分パスカルのせいだ!!!



「落ち着けよパスカル。

 で、ラウリの野郎が対応したんだろ、奴ぁどうした?」


「へえ、ラウリは手下二十ばかりに鉄砲と槍持たせて連れて行きやした。

 ただ、今日はこの天気だ、足跡は辿たどれるが猟犬使っても臭いは辿れねぇ。

 日も傾いてきたし見つけるのは難しいかもしれねえ。」


 今日は朝から断続的に霧雨や小雨が降り続いている。

 ダイアウルフの足跡を追おうにも雨は臭いを流してしまう。また、仮に見つけても手出しできるかどうかわからない。この天気では鉄砲は使えない可能性が高い。

 ラウリもそれを考えて手下に鉄砲と槍の両方を持たせたのだろうが、最大で五、六頭はいると思われているダイアウルフ相手に二十人程度では、その全員がリクハルド子飼いの海賊時代からの手下たちだったとしても辛いだろう。

 相手は野生動物なんかではなく、軍用に訓練されたダイアウルフだ。人間並みの知能を持ち、鉄砲や爆弾といった自然界には存在しない武器についても知っていて、それらによる攻撃に適切に対応してみせる事もあるという。

 そんな知能と獅子並みの戦闘力を持ったダイアウルフが五、六頭も集まったとなれば、たとえこちらがベストコンディションの歴戦の軍団兵レギオナリウスだったとしても二十人ぽっちじゃ損害は免れない。


「今、手下は何人残ってる?」


「人を走らせて町中から手下を集めてるところでさぁ。

 今んとこ四十人ほどが武装を整えたトコで!」


「ラウリが出てったのは?」


「第一報が入ったのは二時間か一時間半ほど前でそん時に一回様子見に行きやしたが、ラウリが戻ってきて手下連れて出て行ったのはほんの半時間ほど前でさ。」


 リクハルドは空を見上げるとまた霧雨が降り始めた。

 曇天だがまだ日は落ちていない。日が沈むまで二時間ちかくは残されているだろう。だが、秋の夕日はつるべ落とし・・・日が沈むと急速に暗くなる。


 ファンニに付いちゃ残念だが今は置いとくしかねぇ。

 ラウリが連れてった二十人と合わせても六十人ぽっちじゃダイアウルフを狩りだすには少なすぎる。今から行っても見つけた頃には暗くなり始めているだろう。

 暗くなったらやつらダイアウルフの天下だ。

 狩るつもりが狩られる側になっちまう。

 そうなる前にラウリたちを連れ戻さにゃなんねぇ。


「よし、俺ッチリクハルドも出るぜ!

 具足は要らねえ、俺の野太刀ダンビラだけ用意しろ。

 あと誰か走らせてラウリの野郎に待つように伝えろ!!

 今集まってる手下どもには槍と松明を用意させな!

 それから、各門の門衛を倍にして鉄砲持たせとけ。」


「へい!」


 話を聞いていた使用人たちはサッと駆けだして行き、伝六は手下たちが集まっている中庭の方へ歩き始める。

 指示を出すだけ出して手下たちが散っていくのをフンッと鼻を鳴らしながら見ていたリクハルドに、脇からパスカルが話しかける。


旦那リクハルド様、私は・・・」


 パスカルは必死に平静を装っているつもりらしいが、すっかり動転してしまっていて冷静に何かを考える事が出来なくなっているようだった。

 リクハルドはのっそりと身体ごと振り向いてパスカルの顔を覗き込んでいった。


「お前ぇさんは、棟梁んトコに橋の工事の話を持って行くんだよ。」

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