第131話 ミスリルヘルム

統一歴九十九年四月十四日、午後 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア



 奴隷たち八人はリュウイチから色違いで『冒険者のシャツ』『冒険者のズボン』を数着ずつ、さらに『冒険者のブーツ』『冒険者のサンダル』『冒険者のマント』という、リュウイチが『初期装備一式』と言う衣類を一揃い受け取った。

 いずれもかなり高品質なもので、使われている布地はそこらの貴族様でさえ使ってないのではないかと思われるほど上等なものであり、傍から見ていたクィントゥスやルクレティアが思わず羨ましくなるような物ばかりであった。


 奴隷にそのような物を与えるのはどうかと思うが、何せ使われている素材はともかく品目自体はごくありふれた物であるし、一応主人がどういう恰好をさせようが主人の自由と言ってしまっている以上、今更文句をつけるわけにもいかない。

 しかし・・・


 これは、後から誰かから何か言われるんじゃないか?

 領主ドミヌス様や軍団長レガトゥス・レギオニスあたりは特に何も言わないと思うが、領主の側近や軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥム煩型うるさがたあたりが文句を言ってくるかもしれない。


 どこかで歯止めをかけねばならないかもしれないと二人は考え始めていた。

 特に平民プレブスのクィントゥスは上級貴族パトリキであるルクレティアよりもそうしたを受けやすい立場にある。真新しく上等な衣服を貰って喜ぶ奴隷たちの姿をほほえましく思いながらも、内心で冷や汗をかいていた。



『衣服はそんなもんか?』


「はい!ありがとうございます旦那リュウイチ様!」

「凄いです!」

「こんなええもん貰えるなんて」

「大事にします!」


『じゃあ、次は武器とか防具とかの装備品か?

 何が要る?』


 一同は一度顔を見合わせてから誰からともなく、じゃあ防具からと言った。


『防具と言うと?』


「まずは鎧下イァックからですかね?」


『イァック?』


ロリカの下に着る麻の布を重ねた服でさぁ。」

「こう、ダルマティカみたいに着る奴です。」


 奴隷たちの説明を聞いても分からないのでリュウイチはクィントゥスの方を見た。


「ああ、イァックというのはランツクネヒトたちがレーマに持ち込んだジャックという防具を改良したもので・・・ちょっと待ってください。」


 途中まで口で説明しようとしていたクィントゥスだったが、見てもらった方が早いと判断すると私的エリアと公務エリアの間で警備に立っていた軍団兵レギオナリウスを一名呼び寄せた。


「悪いがちょっとロリカを脱いで鎧下イァックを見せてくれ。」


 クィントゥスはその兵士に命じて今着ている鎖帷子ロリカ・ハマタを脱がさせた。

 クィントゥス自身も同じ鎧下イァックを着ているのだが、クィントゥスは鎧下の上に組み立て鎧ロリカ・セグメンタタを着ていたため簡単には脱げないのだった。


「これがイァックです。

 麻布を二十七枚重ねて、間に綿を入れてあります。

 これだけで刀剣の斬撃に対してかなりな防御効果がありますし、短小銃マスケトーナでも散弾なら防げます。」


 リュウイチが見せられたのはキルティング・コートのような服だった。裾は膝くらいの長袖のコートで、貫頭衣トゥニカばっかり着ている彼らの上衣には珍しく、前をボタンで留めるようになっている。襟はカラーこそ入っていないが詰襟のように立っていて首を守れるように配慮されていた。

 アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの前身であるランツクネヒト支援軍アウクシリア・ランツクネヒトの兵士たちが身に着けていたジャックという同様の防具がベースになっており、ジャックが肩の部分を大きく膨らませるのに対し、イァックはその膨らみを省略していた。

 ちなみにイァックとはジャック【Jack】のラテン語読みで地方によってイァック、イャック、ィヤク、ヤクなど微妙に発音が異なるが、アルトリウシアではイァックと発音していた。


『ああ、なるほど・・・待てよ・・・これか』


 リュウイチが取り出したのはジャックだった。彼らが想像していたイァックに比べると肩部分が膨らんでいるが、アルビオンニア軍団の連中が来ているジャックほどではない。

 しかし、眩しいくらいに真っ白に漂白されていて、パッと見では綿のようだ。


「おおー、まさにコレでさぁ」

「すげぇ、真っ白だ」

「柔らけぇぞ、綿もしっかり入ってる。」

「着心地良いぞ。」

「滑らかでカサカサしねぇや。」


 色合いと肌触りがまるで綿のようだった。

 羨ましいような、ホントにそれはイァック(あるいはジャック)なのかという疑問もあるしで何とも言えない表情をしているクィントゥスにリュウイチが尋ねる。


『でも、これってホントに鉄砲を防げるんですか?』


「我々の鎧下イァックと同じように麻布を二十何枚・・・三十枚近く重ねてあるなら散弾や榴弾の破片程度は防げるはずですが、アレはホントに麻布なのですか?

 なんだか綿のように見えますが・・・」


『・・・ジャックって書いてあったし、見た目もそれっぽいからそうかと思うんだけど、どうだろう?

 一度試してみる?』


「試すとおっしゃいますと?」


『鉄砲借りて撃ってみて試せないかと・・・』


「・・・も、勿体なくはありませんか?」


 彼らが手にしているのはこの世界ヴァーチャリアで聖遺物と呼ばれ珍重されている代物である。たとえそれが爪楊枝一本であれ、『聖遺物』であるならば一目置かれるものなのだ。たとえテキトーに描いたラクガキのようなものであっても、ピカソの絵となれば莫大な値が付くのと同じである。


『そうかもだけど防具とか安全に関する物は性能や効果を把握したうえで使わないといけないしねぇ。

 ほら、この攻撃は防げると思ってあえて受けたら死んじゃったなんて事になったら困るし?』


「それはそうですが・・・・・わかりました。

 ただ、ここで銃を使うのは多分、問題があると思いますので軍団長レガトゥス・レギオニスに相談してみます。」


 聖遺物とは言っても当の本人リュウイチがそうしたいと言うのであれば、クィントゥスにそれを止めさせる事などできない。何よりクィントゥス自身も軍人である。少し興味があるのも事実だった。



『お願いします。

 ・・・と、じゃあ次は?』


兜かぶりガレアトゥスってぐれぇですし、ぜひガレアでお願ぇします。」


 ピカピカの鎧下ジャックを着こんで満面の笑みを浮かべる奴隷たちがキラキラした眼差しをリュウイチに向けて言う。

 その姿は冷静に見るとまだ秋なのにキルティング・コート着て喜んでるみたいで少し滑稽に思えなくもない。


『兜かぁ・・・このまんまの奴は無さそうだけど・・・』


 先ほど鎧下イァックのサンプルを見せるために来てくれた兵士の被っているガレアを見ながら少し考えこむ様子を見せたリュウイチだったが、頭の中ではストレージの防具フォルダ内のヘルメットフォルダからそれっぽいアイコンを見つけてチェックしている。


 同じものをこんなにたくさん・・・生産スキル上げのために作ったのかな?


 何だか知らないがアイテムの種類も数もやたら揃っていて、まるで一つの軍隊の装備をまるごと整えられそうだった。


『こういうのでいいかな?』


 取り出されたのはケトルヘルメットだった。


アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの連中が使ってる奴だ!」

「いや、よく見ろ!

 似てるけど違うぞ!?」


 アイコンのイラストを見る限りでは一番形が近かったのだが、リュウイチの印象としては某ロボットアニメのジ〇ン軍兵士のヘルメットだ。アイテム名としては「ミスリル・ケトルヘルム」と表記されている。

 形はシンプルな一体成型物で頭頂部が微妙に尖っていて前が控えめな庇のように膨らんでおり、後ろにはやや広めの傘のようなツバが広がった感じになっている。

 RPG等創作物ではお馴染みのミスリルだが実物を目にするのは勿論リュウイチは初めてだ。非常に軽くて確かに硬そう、見た目は銀色・・・にしては少しくすんでいて、どちらかと言うと灰色に近く、微妙に金色っぽくもある。


 ・・・・・これって、チタンじゃね?


 形はともかくとして、見た感じといい手に持った感触といい、以前会社の親睦会のバーベキューで社長が自慢していたチタン製コッフェルにそっくりだ。


 どこか腑に落ちない物を感じつつも、手に取ったチタン・・・じゃない、ミスリル・ケトルヘルムを早速手渡す。

 受け取った奴隷たちはまずその軽さに驚き、さっそく内側に入ってたクッション入りの半帽を引っ張り出して被り、その上からヘルメットを被った。


「こいつぁ凄えや!」

「軽いぞ!無茶苦茶軽い!!」

「鉄のガレアより断然軽い!」


 奴隷たちのただならぬハシャギ様に不審に思ったクィントゥスがリュウイチに問いかける。


「あの、リュウイチ様、あの兜は一体・・・?」


『ああ、これ?』


 手渡されたヘルメットを手にしたクィントゥスはあまりの軽さに愕然とした。なるほど、これじゃああの騒ぎ様も無理はない。


「こ、この兜は何ですか?」


『えっと「ミスリル・ケトルヘルム」?』


「「「ミスリル!?」」」


 全員が一斉に驚きの声をあげた。


『え、不味かった?

 魔道具マジックアイテムでも特殊装備ユニークアイテムでもなく、魔法効果とかも付与されていない普通のヘルメットの中から選んだんだけど・・・』


 ミスリル・・・それはヴァーチャリアにおいても伝説上の素材だった。といっても、実物は存在している。かつてゲイマーガメルたちが残した聖遺物の中にミスリル製のアイテムが含まれていた。

 しかし、そのミスリルという金属の正体も不明なら製造方法も加工方法も分かっていなかった。


「たしかに、マジックアイテムでは無いのでしょうが、ミスリルとなると・・・」


『ミスリルは不味いんですか?』


 どうなの?とばかりにクィントゥスとルクレティアが顔を見合わせる。

 たしかにミスリルはダメだとは言わなかった。ユニークアイテムでもないし魔法効果も付与されていないとなると、最初に言った条件は満たしている事になる。今からやっぱりミスリルもダメですなんて、後出しで条件を追加して良いものかどうか?

 やっぱり駄目ですと言っても、いや大丈夫ですと言っても、どのみち後で誰かから何か言われそうだ。


 この世界ヴァーチャリアで生産不可能なミスリル製の武器や防具を与えられたとなると、これは恩寵おんちょう独占の非難は免れない。

 だが、彼らはリュウイチの奴隷であり持ち物なのだから、持ち物同士の組み合わせをどうしようがリュウイチの自由でありクィントゥスはもちろん、この世界ヴァーチャリアの人間がとやかく言えることではないのも確かだ。


「その・・・軍団長に確認させてもらっていいですか?」


 悩んだクィントゥスは下駄をアルトリウスに投げる事にした。

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