第759話 大聖母と《暗黒騎士》
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
夜中でも昼のような明るさを
このため、『鏡の間』の内部はまだ昼間だというのに薄暗く、同室する人の顔を見分けるくらいは問題ないが字を読むには少々苦労する程度の明るさしかない。
その『鏡の間』の最奥中央には『魔法の鏡』が鎮座し、今は全体が青白い光を放っている。その鏡をはさんで両脇には
彼らがそのように並んで立っているのはただ単にそうせよと教えられているからにすぎない。実際のところ、彼らは既に魔力の大半を消耗してしまっており、これから何かを命じられたところで神官らしい何事かをなすことなどできようはずもないからだ。では何のために彼らにそうせよと教えられているかというと、単なる権威付け以外の何物でもなかった。
仮にもレーマ帝国の最高権力者たるレーマ皇帝が、ムセイオンという国際機関の長たる
もっとも、そうした演出が齢百年を超える大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルに対してどの程度効果があるかなど知れたものではない。ヴァーチャリア世界の人間の中で最高齢であり、最強の魔法使いであり、なおかつ自身がゲイマーの血を引く子供で、さらに強力なゲイマーの妻としてその子を産んだ、
そして今、そうした
『そんな……《
鏡に映る茫然とした様子で顔に手をやるフローリアの顔が青白く見えるのは、おそらく向こう側の『鏡の間』の照明のせいばかりではあるまい。鏡越しにマメルクスに向けられていたその視線は、今は
……《
珍しく我を失ったフローリアがうっかり漏らした言葉にマメルクスは何か引っかかるものを感じていた。
《暗黒騎士》の名を呼ぶ際、フローリアは確かに敬称を付けていた。マメルクスの知る限り、フローリアが歴史上の
「
名はリュウイチと申されるそうです。」
マメルクスが念を押すように断りを入れると、フローリアはハッと我に返った。
『え?!……ああ!……ああ、ああそう……そうですね……
《
やはり……また様を付けた……
「御本人が
『つまりリュウイチ様からすると《
「その通りです。
そして、報告書によれば御本人が申されるには、《
『………そう……《
マメルクスが注意深く観察した限りでは、フローリアは《暗黒騎士》の死に対してはそれほど驚いているようには見えなかった。
フローリアは《暗黒騎士》とは面識が無かったと一般には信じられている。マメルクスもそのように聞いていた。だが普段、歴史上のゲイマーについて語る際、自分と直接面識のあったゲイマーの名前に対してだけは敬称をつけて呼んでいたフローリアが今日の会談では《暗黒騎士》の名に敬称をつけて呼んでいた。そこからてっきりフローリアは《暗黒騎士》と面識があったのではないか?実は知り合いだったのではないか?とマメルクスは疑ったのだが……
《
「お信じになられるのですか
不滅と言われるゲイマーの頂点に立つ存在の死を、意外にもあっさりと受け止めるフローリアに対しマメルクスは
『え?……ええ、こればかりは疑っても仕方のないことではなくて?』
「しかし、不滅の肉体を持つ
ゲイマーは基本的に不滅だと言われている。どれだけ時を経ても歳を取らず、たとえ殺されても
ゆえに、一掃されたゲイマーは死んだわけではなく、今もどこかに封印されているか、あるいは《レアル》世界で生きていると信じている者も少なくはなかった。
『あの方たちは不滅ではありませんわ。
現にあれだけいた
その時フローリアの口元に浮かんだ柔らかな笑みは、心なしか寂しげでもあった。フローリア自身はゲイマーたちが生存している可能性を信じていないのだろう。
マメルクスはフローリアに不用意に不快な思いをさせてしまったことに気づき、素直に謝罪する。
「申し訳ありません。
討ち取られた
『それは気にしなくても良いのです。
彼らと私はさほど親しいというわけでもありませんでした。
それに……
それに私はまだ、一番大切な存在を奪われずに済んでいるのですからね。』
相変わらずその表情がどこか寂しげなのは仕方ないにしても、一瞬でも柔らかさを取り戻したのは一人息子の存在を意識したからだろう。だがその顔から憂いが完全に晴れないのは、我が子同然に育てているゲイマーの子らの親や祖父母が《暗黒騎士》の手にかかって死んでいるという事実があるからだった。
「
『いいえ、直接の面識はありません。
《
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