アルトリウシアのサウマンディア軍団
第1023話 恩と感謝と二日酔い
統一歴九十九年五月十日、午後 -
サウマンディアから増援を受けての軍議は
軍議とは言っても特別何かを話し合うというようなものではなかった。彼らは元々
工事現場となるアルビオン島北岸地域はアルトリウシアの中で
スプリウスも先に派遣されていた
要は、この軍議は単なるセレモニーに近いものであった。互いに自己紹介し、互いに何をどうする予定なのか、何を協力し、何ができないかを確認するだけの、軽い会合のようなものである。
そもそも、
両陣営のトップ二人が二日酔いということで互いに相手側のトップを気遣う雰囲気もあり、軍議は誰もが積極的に口を開いて活発にという雰囲気にはなれず、どこか重苦し気な、それでいてどこか気の抜けたような、何とも言えない状態になってしまった。
こんなことなら日をずらしても良さそうなものだ。実際、マルクスにはエルネスティーネやルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵から軍議を延期するかという提案も事前になされていたのだが、マルクスの強い意志によって本日予定通りの開催となっている。
理由は今後の日程への影響である。今日、五月十日は金曜日だ。明後日は日曜なのでエルネスティーネは
それにマルクスは明日は何としてもエルネスティーネたちと共にマニウス要塞へ赴き、降臨者リュウイチと
「……以上になりますが、何かご不明な点はございますでしょうか?」
アルビオンニア侯爵家の筆頭家令ルーペルト・アンブロスは第三大隊に対するアルビオンニア側の支援体制について説明を終えると、不足の有無について確認を求めた。全員の視線がマルクスに集まるが、マルクスは気付く様子も無く、真っ青な顔に沈痛な表情のままコメカミに当てた手で頭を支えつつ、ぐったりと目を閉じている。話を聞いていたかどうかさえ怪しいその様子を横目で見ながら、スプリウスは気まずそうに咳払いした。
「万全な支援体制を整えていただき、感謝の言葉もございません。
我が
「感謝はむしろ私共の方が述べねばなりません。」
「左様、既にプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵閣下には随分なご支援を頂いておりますのに、此度の更なる貴官と貴官隷下大隊の増援。
アルトリウシアは伯爵のお気持ちに応え、必ずや復興を遂げることでしょう。」
エルネスティーネと今日から早速公務に復帰したルキウスが相次いで感謝の言葉を返す。
「アルビオンニア属州が、そしてアルトリウシアが、此度の惨禍に見舞われたこと、サウマンディウス伯爵は
アルビオンニアとアルトリウシアの復興が成れば、それはサウマンディアにとっても喜びとなりましょう。
まだ足らぬ支援があれば、遠慮なくお申し出くださるようと、サウマンディウス伯爵より言付かっております。」
安っぽいリップサービスの応酬に見えなくもないが、必ずしもそうでもない。サウマンディア属州としては、もうこれ以上の支援は出したくないというのが本音ではあったが、しかし降臨者リュウイチの存在を知っている一部の首脳陣にとってはここでアルビオンニア側に売れるだけ恩を売り、降臨者リュウイチや今アルビオンニアに潜伏しているムセイオンのハーフエルフたちの今後の扱いについて、少しでも優位に運びたいという思惑があった。
アルビオンニア側としてもそれは承知している。これ以上他家から、特にサウマンディアからの支援を受けるのは、普通に考えれば不味いという感覚はほぼ全員が共有している。だが今現在アルトリウシアには降臨者リュウイチがおり、しかもルクレティアとリュキスカという二人の女性をリュウイチにあてがうことに成功している。おまけにムセイオンから脱走した『勇者団』を名乗る聖貴族たちは今アルビオンニアにおり、そのうち二人は身柄を確保している。
メルクリウス騒動の容疑者である彼ら聖貴族たちは、どのみち捜査権を有するサウマンディア側に引き渡すことにはなるのだが、それでもまだ捕まっていないメンバーについては扱いが確定しているわけではないのだ。アルビオンニア領内でのサウマンディア軍団による捜索活動……そこにどれだけ便宜を図るか、『勇者団』の逮捕にどれだけ協力するか、『勇者団』を逮捕したとしてその身柄をいつ、どのように引き渡すか……その辺の匙加減はまだまだ調整の余地がある。
だいたい、『勇者団』はメルクリウス騒動云々をさておいたとしても、アルビオンニア領内でテロ行為を起こし、領民や軍に多大な被害を生じさせているのだ。メルクリウス捜査のために一旦はサウマンディア側に引き渡さねばならないとしても、アルビオンニア領内で起こした事件の数々についての捜査や賠償請求に関する権利は間違いなくアルビオンニア側にある。
つまり、アルビオンニア側にはアルビオンニア側でサウマンディア側から更なる支援を引き出すために提示できる物が、まだ残されているのだ。ルキウスはもちろん、エルネスティーネもその点は理解しているので、サウマンディア側に対するリップサービスでも
スプリウスはサウマンディア側の善意を強調し、アルビオンニア側が多少なりとも恩義を感じるように言ったつもりだったが、エルネスティーネやルキウスの自信に満ちた態度からは、あまり自分たちの優位を感じ取ることが出来なかった。もっともそれは、彼の隣で苦しんでいるマルクスのせいでもあったかもしれないが……
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