第1418話 トルキラ
統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐
「で、大丈夫なのかよ、ゴルディアヌスはよ?」
「ゴホッ、エホッ……オ、オレぁ……」
意識を失い倒れる寸前だったゴルディアヌスはネロの
「大丈夫だ。
だが、しばらく安静にしておいた方が良いでしょう」
ネロはロムルスにそう答えると同時にリュウイチを振り返った。その答えはロムルスの質問への答えであると同時に、リュウイチへの報告という意味もあったのだろう。
リュウイチはひとまずゴルディアヌスが落ち着いたらしいことを知ると、そのまま力なく長椅子に腰を下ろした。そのまま長い溜息をつきながら髪をかき上げる。
『何でこんなことに……
ゴルディアヌスは何か病気だったのか?』
誰に訊くともなくつぶやいた疑問だったが、ネロたちはゴルディアヌスが何かの持病があったというような話は聞いたことが無い。むしろ健康が自慢みたいなところのある男だけに、ネロたちにとっても今回のことは意外だった。
『そうではありません』
ネロたちが答えなかったからというわけではないが、《風の精霊》が勝手に答え始める。
『ゴルディアヌスは酷く恐れていたようです。
そして恐怖のあまり、こうなってしまったのです』
リュウイチがジロリと《風の精霊》に目をやる。
『恐怖?
何を恐れていたんだ?』
『主様の、怒りです』
……俺、そんなに怒ってたか?……
《風の精霊》の答えに真っ先に浮かんだ疑問はそれだった。リュウイチはゴルディアヌスがやったこと次第では確かに叱るつもりはあった。だがまだ叱ってないし、そんな怒りをあらわにしたという自覚も無い。いや、それどころか怒りという感情を抱いた覚えすら無かった。
しかし、ゴルディアヌスの症状を見れば、確かに異常な恐怖に囚われてそうなったと言われれば納得できる気はする。何気に、一昨日見たグルギアが紹介される際に貴族たちの前でへばってしまった時と症状が似ているようにも思える。
……でも、あのゴルディアスが?
自分でも心当たりが無いわけではない。いや、むしろリュウイチはつい先ほど、上司の溜息だけでもパワハラになることがあると自覚したばかりの筈だ。ただ、リュウイチが思っていたよりもゴルディアヌスの受けたストレスが大きかったというだけのこと。しかし人間、自分がやらかした事となると、そしてそれが自分の想像できる範疇を超えた結果だったとすると、中々受け入れがたいものである。……そんな馬鹿な、何かの間違いだ……リュウイチは同じ過ちを犯す多くの人間たちがそうであるように、事実を受け入れることを一旦留保した。
今はゴルディアヌスが《風の精霊》から妖精を借りた件について、事実確認を勧めねばならない。ルキウスは言った、精霊の行いは主人の魔法と見做されると……つまり《風の精霊》が何かしでかしたなら、たとえ自分があずかり知らないところで行われたことであってもリュウイチの責任になるということだ。ゴルディアヌスもリュウイチの奴隷なのだから、対外的な責任はリュウイチに集約されることになる。リュウイチ自身は何も知らないままだというのにだ。
『ほかに、ゴルディアヌスと《
話を聞きたい』
『それならばオトとトルキラです』
八人の奴隷たちの中で一番常識のありそうなオトが妙なことに関わっているとは考えたくはなかったが、しかし八人の中で《風の精霊》との接点があったのはオトだけだったはずだし、《風の精霊》とゴルディアヌスを結びつけることができるとすればリュウイチとオトのどちらかしかいない。ネロもロムルスも《風の精霊》のことは知っていたし姿も見た事があったが、だからといって《風の精霊》と話をしたりとかしたことはなかったはずだ。そもそもレーマ人たちは精霊は自分たちとは違う存在だという認識が強く、神官とかでないかぎり積極的に関わろうとはしない。触らぬ神に祟りなしということなのだろう。
『オトか……』
だがオトは今リュキスカの部屋へ行ってもらっている。戻ってくるまで話は聞けない。
『トルキラならこの部屋にいますよ』
リュウイチは溜息をついた。件のトルキラから直接話を聞くというのは考えなかったわけではない。むしろ今回の件の関係者の中で一番興味があったといってもいいだろう。だが、トルキラは《風の精霊》の眷属だ。《風の精霊》にとって都合の良い事ばかり言って悪いことは言わないのではないか、《風の精霊》に有利な物言いをするのではないかという懸念がある。《風の精霊》があれだけ規範意識や道徳観念の欠落した存在なら、その眷属も同じなのではないか……そう考えると、トルキラの証言を先に聞いたせいで事実とは異なる先入観を植え付けられそうな気がしてあえて避けていたのだ。リュウイチとしては出来ればオトの話を先に聞きたい。だが、オトはいつ帰って来るか分からなかった。
『仕方ない、トルキラはどこだ?
鳥の姿だって言ってたな?』
『ゴルディアヌスの
《風の精霊》がそう答えると、ネロとロムルスがいち早く反応した。ゴルディアヌスが丸めて小脇に抱えたままにしていた『冒険者のマント』を取り出し、ゆっくりと広げる。すると中から茶色い小鳥が姿を現した。
「あっ!」
「居た!?」
ネロとロムルスが同時に声を上げると、小鳥はパッと羽根を広げて飛び上がり、そしてリュウイチの前のテーブルの上に降り立った。そしておもむろに下あごを床に付けるように身体を投げ出し、両羽根を広げてテーブルを覆いかぶせようとするかのようにする。普通の鳥は絶対にしないであろう姿勢だ。
『偉大なる《
いと尊き御方に御目通りする栄に浴し、光栄至極に存じ上げます』
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