第984話 悪い友達
統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
『それよ!
何でこんなことになってるの!?』
「なんでとは?」
訊き返した後、グルグリウスはまた義姉が機嫌を悪くさせてしまったかもしれないと後悔したが、《森の精霊》は特に意に介することなく、同じ調子で食いつくように訊いてくる。
『
一昨日、彼らが近くの街で暴れたけど、《
面倒だから追い払えって……捕まえなくていいって言われたもの。
それで私、追い払おうとして失敗して、一人が魔力使い切って倒れちゃって、それで結果的に捕まえちゃって、それで仕方なく《
《
だからきっと
なのに、何で今日は捕まえろってなったの?』
で身を乗り出すようにして見た目通りの少女のような
「
《
『でも、《
「もちろんです。」
グルグリウスはひときわ大きな声で言うと、誇らしげに胸を張った。ほんの数時間前まで、貧弱なインプに過ぎなかった彼にとって神にも等しい
「人間どもは
『どうして!?
《
《森の精霊》の追及にグルグリウスは一瞬、言葉に詰まった。眉を寄せ、面倒くさそうな表情を浮かべそうになるのを辛うじて堪える。
グルグリウスにしても全てを知っているわけではない。グルグリウスはこの世に召喚されて生を受けてからまだ半日と経っていないのだ。インプという種族が持つ集合知によって一般常識等のメタ的情報は有しているものの、彼の主人たる《地の精霊》の置かれた立場や事情などはほんの数時間ほど接する間に交わしたわずかな会話で得た分の情報しか持ち合わせていない。もしかしたら最近の事情に関してさえ、実は《森の精霊》の方がグルグリウスより知っていることだってあり得た。
「それは……」
果たして義姉を満足させることができるかどうか不安に感じながら、グルグリウスは答えをひねり出す。
「
『脅迫って?』
「要求を飲まねばシュバルツゼーブルグの街を火の海にすると……」
『ブルグトアドルフの街では実際に
なのに何で実際にはまだ火を放ってないのに、火を放つって手紙を書いただけで捕まえようってことになるの!?』
《森の精霊》である彼女にとって、意図して火事を起こすということがどれほど忌むべき事かは改めて説明するまでも無い。そして彼女からすれば実際に火を放った者たちと、火を放っていない者では前者の方が重罪であるはずだった。
ところが、彼女の主人たる《
「まだ火を放ってないからですよ。」
グルグリウスが小さく首を振りながらそう答えると、《森の精霊》は口をへの字に結んで眉を寄せた。やはり納得できないらしい。
「一昨日のことは
おそらく放置すれば確実に火を点けるでしょう。かといって言うことを聞いてやることもできない。だから捕まえて火を点けられないようにするのです。
火を点けられてから消すより、火を点けられないようにした方が良いと判断なされたのでしょう。」
《森の精霊》は難しい顔をして
「それに、
今回、
おわかりですか?」
グルグリウスの問いかけに少女は反応した。腕組みをしたまま顔を上げ、グルグリウスを見上げる。
『だから《
街に火を点ける……人間にとってそれは大量殺人に等しい暴挙だが、正直言うと
そして実際、ブルグトアドルフの街を焼いた火事も《地の精霊》にとってはもちろん《森の精霊》にとってすら他人事だった。それがシュバルツゼーブルグの街に変わったところで同じである。その他人事であるはずのシュバルツゼーブルグへの放火宣言に《地の精霊》が反応し、脅迫者であるペイトウィンの捕縛を決断。さらに眷属であるグルグリウスを派遣してきている。それは《森の精霊》にとってそれは非常に不可解な出来事だったのだ。
しかしグルグリウスの説明で《森の精霊》の中に渦巻いていた疑問が一気に解消された。
彼女たちの主、《地の精霊》はルクレティア・スパルタカシアを守護している。ルクレティアは彼らにとって取るに足らない人間の一人にすぎないが、聞くところによれば《地の精霊》が仕える偉大な御方の奥方になられる女性だという。そのルクレティアをペイトウィンが脅した……だから《地の精霊》は人間任せにせずに自ら対処することを決めたのだ。
グルグリウスがコクリと頷くと、《森の精霊》は腕組みしていたうちの片手を顎に当て、沈思黙考し始める。
理由は分らないが
もしそうなれば、グルグリウスが指摘したように《森の精霊》も友達であるはずのエイーやクレーエを手にかけねばならなくなる可能性がでてきてしまう。エイーやクレーエが『勇者団』と行動を共にする限り、その可能性が消えることは無いだろう。
『グルグリウス、聞かせて。
グルグリウスは義姉の自分の方を見ずに投げかけて来た疑問に神妙な顔つきで応えた。
「
ジロリ……と《森の精霊》がグルグリウスを睨み上げる。言葉を濁して逃げようとしたグルグリウスだったが、義姉の無言の圧力を受けるとオホンと咳払いした。
「
おそらく、自分より強い者が居ることを知らないのでしょう。
こういう人間は痛い目を見て己の
グルグリウスは『勇者団』のことなど知らない。それは事実だ。生まれて半日しか経っていない彼が実際に見聞きしたことなどわずかなものだ。だが、元々集合知を持つインプとして生まれた彼は、《森の精霊》などよりよっぽど人間というものを知っている。そのグルグリウスがペイトウィンとエイー、そしてシュバルツゼーブルグで会ったナイス・ジェーク、メークミー・サンドウィッチといった捕虜たちを見て抱いた感想は、《森の精霊》を満足させるには十分なものだった。
《森の精霊》は早々に帰りたがっている義弟をわざわざ呼び止めて相談をしてみた自分の判断が間違っていなかったことを確信し、腕組みを解いた。
『グルグリウス、知恵を貸しなさい。
私は私の友達を守ってあげたいの。』
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