第12話 最初の対話(3)
統一歴九十九年四月十日、朝 - ケレース神殿内/アルビオンニウム
『だあくないと💛』と聞いて一同に緊張が走る。
やはり伝説の《
ドラゴンさえ
そのゲイマーたちを圧倒的な力で一掃した《暗黒騎士》の出現は、大協約の存在を根底から
しかし、当人は周囲の動揺に気付くことなく話を続ける。
「とは言っても、本人じゃな・・・本人ではあらず。
このキャ・・・この身体は『だあくないと💛』であるが、中身は別人で
名は
龍一は口語ではもしかしたら伝わりにくいかもしれないと思い、なるべくルクレティアが使うのと同じような文語体っぽい調子でゆっくりしゃべろうとしたが、文語に慣れていないので単なる「である」体の口語でしかない上に、却ってたどたどしくなってしまう。
「Dark Knight、様、にあらず?」
「身体は『だあくないと💛』であるが、私は龍一。」
『だあくないと💛』の名をやけにネイティブ・イングリッシュっぽい発音で言われた事に少し違和感を覚えていたが、龍一は「私は」というタイミングで右手を自身の胸に当てジェスチャーで強調しながら言った。
身体は《暗黒騎士》だが中身が別人?
どういう事か把握しかねたが、話を進めるためにルクレティアはその疑問をひとまず置いておくことにした。
「
「ごしゅい・・・ああ、目的か・・・えー、従兄弟の子である『だあくないと💛』が十日程前に亡くなったので、生前に世話になった友人知人がいれば挨拶しようと思い参った次第。」
「Dark Knight、様、お亡くなりに?」
「いかにも。」
にわかには信じがたい話だった。
ゲイマーは不老不死か、それにきわめて近い存在だと考えられていた。
実際、ゲイマーが初めてこの世界に降臨してから《暗黒騎士》に一掃されるまで、老いたとか死んだとか言った事は記録されていない。
数十年に渡って老いる事も衰えることも無く存在し続け、殺されても殺される前の姿で復活する不滅の存在だと信じられていた。
《暗黒騎士》によって一掃された事で初めてゲイマーが本当の意味で死ぬという事実が確認されたのだし、その後も現在に至るまで《暗黒騎士》が持つ異形の魔剣 《
だからこそ《暗黒騎士》は他のゲイマーとは別格の存在として認識されている。いや、ゲイマー以外の何かだと考えられてきた。
その《暗黒騎士》が実はゲイマーの一人で、しかも死んだと言われても、ましてや《暗黒騎士》の姿をした人物に言われたのならなおさらのこと信じがたい。
「その、つかぬ事、お伺いいたします。」
「うん?」
「Dark Knight、様、Gamer、なりや?」
「ゲーマー?・・・ああ、まあ、そうですね。
「リュウイチ様、Gamer、なりや?」
「うん?・・・ああ、そうですね。然り。」
「リュウイチ様、と、Dark Knight、様、別人、なりや?」
「いかにも・・・??」
やはり、《暗黒騎士》もまたゲイマーであったらしい。
また、このリュウイチを名乗る人物もゲイマーであるらしい。
そしてリュウイチの身体は《暗黒騎士》のもので、《暗黒騎士》とリュウイチは別人(少なくとも別の人格)で、《暗黒騎士》本人は死んでいる。
これはどういう事なのだろうか?
一人の身体に複数の人格が宿る、いわゆる「二重人格」とか言う現象についてはこの世界でも知られているが、その類だろうか?
それとも遺体に別人が
はたまた《暗黒騎士》とは別人格であると
ただ、いずれの場合だったとしても今ここで確かめる
そもそも実力的に彼をどうこうすることなど誰にもできない。真実がどうあれ確かめる術も無いのだから疑っても話が進まない。
ともかく今は彼の話を信じて話を進めてみるしかない。
「それは・・・まずは、
「ありがとうございます。」
「それで、Dark Knight、様、の、お知り合い、
「いえ、知りま・・・存じません。
いないかもしれませんけど、いるかもしれないから、ひとまず来て探してみようと思って来ました。」
リュウイチは無理に文語っぽく話すのを諦めた。さっきから自分自身で上手く喋れてる気がしなかったし、丁寧にしゃべれば口語でも通じそうだったからだ。
「リュウイチ様、ご自身、御降臨、
「御降り・・・はい、今回初めて来ました。」
「では、こちらの、世界の事は・・・」
「何も知りません。」
「それでは、Dark Knight、様、御友人、
「あー、このキャ・・・この身体で適当に歩き回って『だあくないと💛』を知ってる人の目にとまれば、向こうから話しかけて来るのではないかと・・・で、数日かけて歩き回っても誰も話しかけてこなかったなら、それはそれで諦めるつもりでした。」
「・・・左様で、ございます、か。」
この世界にゲイマーにはもう来てもらいたくない・・・それが大協約体制成立の動機になっている。
だからメルクリウスは世界中で手配されているのだし、今日ここにいるアルトリウシア軍団の将兵もそのために来ている。
ゲイマーの降臨を許してしまった上に、そのゲイマーがこの世界をアテも無く
話を聞く限り(それを信じて良いのならば)、おおよそこの世界に害を振りまくような事をする意図はないらしい。
だが、この世界にはこの世界の様々な制度や習慣、風習があり、色々な事情で色々な出来事が起こっている。
それらの中には《レアル》の常識や良識、価値観に反する事もあるだろう。
それを目にした時、《レアル》の常識や良識、価値観に基づいて介入される可能性を考えると、害意は無さそうだからと安易に野放しには出来ない。まして、それが強大な力を持つゲイマーならばなおさらだ。
「お、
歴史を
当時、知る、人間、
「ああ、先ほど、この《
「当時を知る・・・Dragon、
「そうなのですか?」
「はい、百年、昔、Dark Knight、様、お姿、御隠し、なられし、後、全、世界、捜索、試み、ました、ございます。
Dark Knight、様、御存知、者、見つかる、なかった、伝え聞き、ございます。」
「え・・・『だあくないと💛』って・・・とは、有名ですか?」
「この世界で、おおよそ、Dark Knight、様、知らぬ者、あるまじく、心得まする。」
「マジで?」
「ま・・・ぅぅ・・・お、恐れながら、『まじで』、意味、存じません。」
先ほどまでゆっくり喋っていた《暗黒騎士》が、つい素に戻ってしゃべってしまった。慌てて調子を戻してゆっくり言い直す。
「ああ!・・・えっと、何故、そこまで有名なのですか?」
「はい、時は百年の昔、世界、大いなる戦争、ございました。二百人、超える、あまたのGamers、国々にて、
ある時、Dark Knight、様、
大いなる戦争、おさまり、Dark Knight、様、お隠れ、なられ、時の諸侯ら、
そのお姿、見た者、
以来、今日に至るまで、Gamers
「・・・その話は《火の精霊》からも聞いていたが、本当だったのか・・・」
「左様、ございます。
ゆえに、存命の者、Dark Knight、様、
また、Dark Knight、様、知らぬ者、無き故、Dark Knight、様、訃報、知らしめ、むる、ならば、
「なるほど」
龍一は思いもかけず果たすべき用がなかった事を知り、納得したようにも落胆したようにも受け取れる曖昧な返事を返した。
ルクレティアは静かに深呼吸する。
これから大協約の求める重要な使命を果たさねばならない。言い方を間違えれば《暗黒騎士》の不興を買うかもしれない危険な役目であり、同時に世界の命運を左右しかねない重責でもある。
多分、《暗黒騎士》の話を聞く限り、大丈夫なはず・・・。ルクレティアは意を決し、口を開いた。
「我ら、必ずや、御触れ、お出しし、Dark Knight、様、訃報、世に、知らしめ、いたします。
リュウイチ様、おかれましては、御心
たどたどしく、またところどころ間違えたりつっかえたりするところの多い彼女の日本語だったが、今回はそれに輪をかけてテンパった調子で彼女は言い切った。
要するに
この世界は降臨者のもたらした文明の恩恵で成り立っている。それは事実であり、歴史上の降臨者は
だが、同じ降臨者でもゲイマーは別だ。
レアル世界の
ゆえに、ゲイマーには丁重にお帰りいただく。
通常の降臨者にはそれはできないが、ゲイマーは《レアル》との間を行き来できるのだから、ゲイマーを確認した場合は速やかにお帰りいただくよう
龍一は一瞬呆気にとられ、周囲をさっと見回した。
目の前の三人は相変わらず頭を下げているので表情は見えなかったが、言われた言葉の意味や居並ぶ兵士や中ボスたちの表情から、自分が招かざる客(それも相当面倒な)として見られている事は感じ取れた。
「あ~・・・うん、私も帰りたいと思うけど、帰れないんです。」
ルクレティアは思わず顔を上げかける。
「今、何と、仰せしや?」
「帰れない。実は君たちがここに来る前に、この《火の精霊》から同じ話を聞いて何度か帰ろうとしたのですが帰れなかった。」
「お・・・お
「いや、冗談じゃなくて、私も用があるから帰りたいんだ、です。
でも、理由は分から・・・分かりませんけど、帰れない。帰り方が分からない。です。」
ルクレティアたち予想もしてなかった反応に思わず顔を上げ《暗黒騎士》を見上げる。
その表情は兜の面貌に隠されて見えないが、声色から察するに嘘を付いてはいないようだ。
「ログオフすりゃいいと思うんだけど、何故か出来ない。
他の方法があるなら知りたい。帰る方法について何か知らな・・・御存知ありませんか?」
やや遅れてルクレティアの後ろに控える二人も顔を上げる。
周辺の兵たちも姿勢や表情は保っているが、呼吸をわずかに乱し、目がキョロキョロと泳ぎ出す。
明らかに困惑の空気が流れ始めていた。
ルクレティアは姿勢をなるべく維持したまま、左右を順に振り返ってアルトリウスやヴァナディーズと顔を見合わせた。どうしたらいいか分からなくなり、助けを求めているのだった。
アルトリウスはルクレティアと目を合わせると声を出さずに口を動かした。
『メルクリウス!』
「?」
『メルクリウス!メルクリウスを見なかったか訊いてくれ!』
アルトリウスは今度は辛うじて聞こえる程度に小さく声を出しながら言った。
ルクレティアはアルトリウスが何を求めているかを理解すると姿勢を正し、再び
「お、
リュウイチ様、御降臨、あそばし、されし時、何者か、あります・・・ありましょうや?」
「?・・・誰かいたかという事ですか?」
「然り」
「いえ、誰もいませんでした。」
「リュウイチ様、御召喚せる、術者、なきや?」
「そんな人はいませんでした。ここで目が覚めた時、辺りに誰もいませんでした。」
訊き間違いかと思い、念のため訊きなおしたが答えは変わらなかった。
だいたいリュウイチはゆっくりハッキリした調子で話していて聞き間違い様がない。
やはり降臨した時、近くにメルクリウスらしき人物は居なかったということだ。
「重ねて、お尋ね、申し上げます。
リュウイチ様、御降臨、され、し、は、こちら、なりや?」
「?・・・降臨したのは
はい、そうです。」
龍一は自分がリスポン(ログイン?)した事を「降臨」と言うのはちょっとどうかとは思ったが、日本語が不自由な相手に変に言い方を変えても混乱するだけなのでそのまま使い返事した。
ルクレティアはその答えを聞くと中庭の床を見回した。
魔法陣らしきものは一切ない。
降臨した際にメルクリウスの姿が無く、降臨した場所に魔法陣も残っていない・・・つまり、降臨術は行われていないという事だ。
ゲイマーは一度降臨すればその後はメルクリウスの術無しで勝手に《レアル》とこの世界を行き来できるとされている。今回、《暗黒騎士》は再降臨したのであって、今度のメルクリウス騒動とは関係ないということだ。
ルクレティアは再び背後の二人の顔を交互に見た。今度は二人とも一言も無く、わかったと頷いている。
「・・・それで、帰る方法だけど・・・」
リュウイチが何やら申し訳なさそうに答えを催促してきた。
ルクレティアはハッして再び姿勢を正し、返答する。
「申し訳ございません。残念ながら、御帰還、方法、
ですが、お帰り、なれぬとあらば、お
我ら、力、限り、お世話、申し上げます、ゆえ・・・いえ・・ぅぅ・・・
今後の、ご対応、仔細、取り決め、いたします、たく存じます。
しばし、お待ち、ください、いただき、よろしい、ありましょうや?」
「あ?・・・ああ。はい。どうぞ。」
「失礼いたします」
ルクレティアはそう言うと、三人は中ボスを伴って《暗黒騎士》の前を辞した。
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