第13話 旅装

統一歴九十九年四月十日、午前 - ケレース神殿前/アルビオンニウム



 それから一時間もしない内に一行は神殿テンプルム前の広場フォルムに集合していた。そこには一行に新たに加わった男の姿があった。

 《暗黒騎士ダークナイト》こと降臨者リュウイチである。

 ただ、その姿は最初に合った時とは装いが全く異なっている。


 尻丈のゆったりとしたは長袖のシャツトゥニカは輝くように白く、見るからに上等な綿で織られシミ一つない。それを腰のあたりで締める黒革のベルトは艶やかに光りを放ち、紐のように細いにもかかわらず金のバックルと相まって存在感を主張している。


 ベルトにくくり付けられた短剣ダガー細剣レイピアは羽織ったマントの裾に隠れているがその柄は金銀に輝き、マントがひるがえったわずかな瞬間に覗いただけでも思わず目を奪われてしまうような見事な意匠が施されていた。


 黒に近い焦げ茶色のズボンブラカエもやはり綿のようだが、シャツに比べて厚手の生地を使っており、オレンジに近い明るい茶色の糸で目立つように縫われたステッチ部分はまるで刺繍のように規則正しく幾何学模様を描いており、見た目の美しさを演出しつつ強度的にもしっかりしていそうだ。


 膝近くまである明るい茶色のブーツは何の革を使っているか分からないが、ひどく柔らかそうで皺のよりやすい足首あたりさえ皺らしい皺もなく、全体が磨きぬかれた大理石のように滑らかな光沢を放ってきらめいている。


 そして両肩には腿丈のフード付きマントを羽織っているのだが、これが鮮やかな緑色に染められたフェルトで作られており、アルビオンニアのくすんだ背景の中にあっては、まるで緑青で汚れた銅皿の上で輝きを放つエメラルドのように際立って見える。

 一見厚手なのに十分な柔軟性を備えているらしく、歩くたびに軽やかに光沢が波打つ様はまるでシルクのようにさえ見えた。

 特に襟元や裾に沿うように帯状に縫い込まれた金糸の装飾は日の光を映してまぶしいくらいで、豪奢ごうしゃに宝飾品で着飾っているわけでもないにも関わらず王侯貴族のような荘厳な存在感を周囲に対し傍若無人なまでにまき散らしていた。



 リュウイチが《暗黒騎士》姿からこのような恰好になったのは、再びリュウイチの御前へ戻ったルクレティアが現在自分たちが置かれている状況を説明し、一般人に偽装してアルトリウシアへ同道していただくようお願いした結果だった。


 最初に対面した時と同じように《暗黒騎士》の前に並んで跪き、怪しげな日本語でルクレティアが説明し終えると「わかりました。」と 《暗黒騎士》は即座に承諾した。

 そして安心したルクレティアが顔をあげた時、いつの間に着替えたやらリュウイチは既にこの格好になっていた。



 初めて見るその顔はレーマ帝国の一般的な美的感覚からはやや外れているが、整った造りをしており端正と言えた。

 鼻筋はまっすぐと伸び、唇はやや薄く、口はゆるくへの字気味。面長でも丸顔でもなく、頬骨もエラも目立たないが細い感じはしない。

 肌は南蛮人ほど白くは無いがやや小麦色がかった程度の薄い褐色。

 黒く短い髪、やや太目で意志の強そうな眉毛。

 そして見ていると吸い込まれそうになる黒い瞳。


 その顔がニコニコとほほ笑んでいた。

「こんな感じでいいかな?」

 リュウイチは身体をよじり、自身の恰好を確認しながら訪ねた。


 もう少し何とかならないかと頼みたいところだったが、それを口にするより先に《火の精霊ファイア・エレメンタル》に釘を刺されてしまった。


が主のまといしは《冒険者の服》《冒険者のマント》《冒険者の靴》、吾が主の持つ最も粗末な御召物おめしものである。

 いとたっとき身にありながら、もったいなくもそなたらの些末な願いを聞き入れ、かようにみすぼらしき御姿をば御晒しあそばす御寛容に感謝するが良い。』


 ひどく派手な服装ではあるのだが、これより地味な衣服は持っていないらしい。

 ルクレティアが振り返って背後に控えるアルトリウスとヴァナディーズと顔を見合わせるが、二人とも微妙な顔つきだった。


 しかし、代わりの衣服を用意することもできないし、これ以上何かを要求するのは難しい。何より《暗黒騎士》のままでいられるよりはずっとマシだ。

 そして、今更気づいたことだったが、どんな格好をしようと《火の精霊》を付き従えている限り『一般人』に見えようがないではないか・・・。


 二人は無言のまま頷き、ルクレティアは改めて向き直ると礼を述べた。

「ありがたき幸せ」

 この時「どこの御貴族様だよ!」というようなツッコミはその場にいる誰の頭にも浮かんではいない。《暗黒騎士》姿の彼の放つ強烈な威圧感から解放された事による安堵感が圧倒的に強かったからだ。



「では、あらためまして、御身の、お世話、を、させて、いただきます。Lucretiaルクレティア Spartacusiaスパルタカシア不束者ふつつかもの、ございます、が、何卒なにとぞよろしく、お願い申し上げます。」


 一通り説明も終わったしようやく出発かと思ったところで再び自己紹介が始まったものだから、リュウイチはつい呆気にとられてしまった。

「あ、はい、よろしくお願いします。」


 自身の挨拶を終えたルクレティアはスッと立ち上がり、脇に避けると跪いたままのアルトリウスを指示さししめして続けた。


「こちら、れ、Legio Artoriasiaレギオー・アルトリウシア、大将、Artorias アルトリウス Avaloneusアヴァロニウス Artoriasiusアルトリウシウス

 これより、赴く、Artriusiaアルトリウシア、領主、Luciusルキウス Avaloneusアヴァロニウス Artoriasiusアルトリウシウス、子爵、跡取り。御身、の、御暮し、いただく、屋敷、御用意、申し上げます。」

 続けて、アルトリウスが紹介された。


 今後の対応を協議してから再び中庭アトリウムへ戻る途中、さっきはガレアを取り忘れていた事を指摘されていたので、今回は忘れずに兜をとって頭を下げた。


「先ほど、兜、外す、忘れ、御無礼、申し訳ありません。と、申し上げます、て、おります。」


 《火の精霊》からはゴブリンと聞いていたが、彼だけが他の兵士らと明らかに種族が異なる。驚いたリュウイチは思わず質問した。

「・・・彼は、周りの兵隊と、違う種族?」

 ためらい勝ちになったのは、ひょっとして種族について質問するのは失礼だったりするのかと懸念したせいだった。


「この者、父、Hobgoblinsホブゴブリン、なれど、母、Koboldsコボルト、なれば、いささか、容姿、異なります。」



 ホブゴブリンの父とコボルトの母から生まれたハーフ・コボルトのアルトリウスはコボルトの特徴を強く受け継いでおり、一見するとホブゴブリンには見えない。

 この世界のコボルトは生物学的にはゴブリンに近い種族である。


 ホブゴブリンがヒグマなら、コボルトは白熊のような関係だ。

 特徴も白熊のようで、寒冷な南極圏の気候に適応進化したゴブリンであり、体格が大きく全身を白い毛でおおわれている。

 皮下脂肪が少なくて寒さに弱く、泳ぎの苦手なホブゴブリンと違い、皮下脂肪が多くて寒さに強く泳ぎも得意だ。逆に暑さにはめっぽう弱い。アルトリウス自身もレーマ留学中はあまりの暑さに大変苦しんだ。


 鼻が低く頬骨が発達しているせいで顔つきが野暮ったく見えるホブゴブリンに比べ、鼻が大きく発達し頬骨やエラが目立たないため、顔つきがホブゴブリンよりずっと端正に見える。

 ただ、鼻先、唇、アイラインは犬のように真っ黒で目立った。白熊と同じで地肌は真っ黒なので体毛の無い部分はこのように見えるのだが、アルトリウスの場合はそれがアクセントになって顔立ちの精悍さを際立たせていた。


 白く輝くような毛髪と、ホブゴブリンからはかけ離れた端正な顔立ち、そして優れた体格、さらに名門アヴァロニウス氏族の血筋をもつ貴公子ということもあって『白銀のアルトリウス』と呼ばれ、帝国南部と帝都レーマの全女性ホブゴブリンたちの憧れの的となっている。



「そうですか。不躾ぶしつけな質問をして、済みませんでした。

 どうぞ、よろしくお願いします。」

「勿体ないお言葉、誠心誠意、お世話、申し上げます。」


 本当はもう少し知りたい事もあったのだが、後でも訊けるだろうとリュウイチはひとまず質問を切り上げた。ルクレティアのたどたどしい日本語を聞き取るのに少し疲れてきたというのもある。

 それから道中の近衛としてクィントゥスが紹介され、一同はこのやたら疲れる『挨拶』という儀式からようやく解放された。

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