第859話 通信手段

統一歴九十九年五月九日、夕 ‐ 『勇者団』ブレーブス郊外アジト/シュバルツゼーブルグ



「お、おまっ……え、遠征の準備は、どど、どうすんだよ!?」


 デファーグの意見にペイトウィンは激しく動揺した。せっかく好きになった友人、親友になれるかもしれないハーフエルフ……やっと出会えた大切な存在、デファーグ。そんな彼との関係をより充実したものに深めていくために、ペイトウィンはデファーグに対して優位に立とうとした。ところがそれからと言うものペイトウィンは良いところが無い。

 良いところを見せようと三人で連れ立って夕食を摂りに出かけた先では思いもかけずNPCヒトのウエイトレスごときに翻弄ほんろうされた挙句、恥をかかされた。更に酔うはずのない酒に酔って逃げる途中でダウンしかかり、エイーに解毒魔法で助けられるというみっともないところも見せてしまった。そしてアジトへ逃げ戻ってからはそれまでの失態を挽回すべく、今後のことについて主導権を握ろうとしてるのにデファーグは従おうとしない。一時は大人しくなりかけたのに、何が気に入らないのか反発し始める始末……ペイトウィンは困惑しきっていた。


 だがデファーグの言ったことに間違いはない。何か異常が起こればまず報告……報連相ほうれんそうは集団行動の基本中の基本である。『勇者団』にとって目下の最重要人物ルクレティア・スパルタカシアの動向が明らかになったのだから、まずは『勇者団』のリーダーであるティフに報告すべきなのだ。


「今はそんなもの、後回しにしたっていいだろ!?」


「そんなもの!?」


 ペイトウィンの目が丸くなり、声が裏返る。まずは遠征の準備を整えるべきというのはペイトウィンの発案だ。だからこそシュバルツゼーブルグに残って準備を整えるように任された。それを「そんなもの」呼ばわりされてはペイトウィンの立つ瀬がない。自分の発案を、そして役割を、全否定されてしまったようなものだ。


「スパルタカシアは今シュバルツゼーブルグに居るんだ!

 シュバルツゼーブルグここなら俺たちにも地の利はある。

 ティフ達を急いで呼び戻し、ここで会談を成立させることができれば遠征の必要自体が無くなるかもしれないじゃないか!」


 言っていることに間違いはない。が、それを受け入れることはペイトウィンには出来なかった。人前で恥をかき、みっともないところを見られ、ここへきて言い負かされてデファーグの言うことを聞かされるなんて彼のプライドが許さない。


「ま、間に合うもんか!」


 目の前に迫っていたデファーグをペイトウィンは両手で突き飛ばした。


「ティフ達は一時間以上前に出ちゃってんだぞ!?

 おまけにどんな道を行ったかも俺たちにはわからない。」


 しまった……怒らせちゃったか!?


 ペイトウィンに押しのけられたデファーグは少しばかり後悔した。聖貴族は……特にハーフエルフは結構我儘わがままな傾向にある。感情的になるとかたくなになり、融通が利かなくなる。ペイトウィンはデファーグが更に言い返してこない事に気づくと納屋の壁から一歩離れて仁王立ちになり、腕組みして胸を張った。精一杯の虚勢である。


「それに馬だって疲れてるんだぞ!?

 ブルグトアドルフから駆けて来たんだ。しかも裏道をな。

 ティフ達がどこまで行ったか分からないが、追いつけやしないさ。

 追いつくのはティフ達も馬がへばってそれ以上動けなくなったころだろうよ。

 そんなところへ追いついたとして、どうやって戻って来る?!」


 馬は速さにもよるが一日に四十~五十キロ走ることができる。ブルグトアドルフからシュバルツゼーブルグまでライムント街道を進んでだいたい二十キロ強、裏道を走ってきた彼らの馬は今日だけで既に三十キロぐらいは走っているだろう。しかもその前の日には無茶をさせすぎたせいで一度へばって動けなくなって仕方なく野宿をしたぐらいなのだ。ここから更にアルトリウシア方面へ走らせたところで十キロか、頑張っても二十キロぐらいしか進めないだろう。当然、そこから戻って来ることなど出来はしない。ティフ達にはテイマーのペトミーが同行しているから、テイマーのスキルで馬の疲労も多少はどうにかできるだろうが、ペイトウィンたちには無理だ。エイーの回復魔法でも間に合わないだろう。実際、デファーグはチラッとエイーの方を見るが、エイーも怪我や病気ならどうにかなるが馬の疲労回復となるとさすがに自信が無い。首をフルフルと横に振るだけだった。


「ペ、ペイトウィン、アンタの魔法で、どうにかならないか?」


 デファーグは苦し気にペイトウィンの顔色を顔色をうかがった。剣のことなら誰にも負けないが馬のこととなるとさすがにデファーグもどうにもできない。彼は馬を乗りこなすことはできるが、世話となると全くの門外漢なのだ。馬が無理なら別の手段を探すほかない。

 暗闇にも浮かびあがるようにハッキリ見えるデファーグの白い顔に焦慮しゅうりょの色を見て取ると、ペイトウィンはようやく落ち着きを取り戻した。腕組みしたまま仰け反る様に胸を張り、自分と同じくらいの身長のデファーグを見下ろしながらフーフーと荒く呼吸を繰り返し、そして短く言った。


「ダメだな。」


 デファーグは辛うじて舌打ちしたくなるのを我慢する。


「ア、アンタは魔法の天才だ。

 四属性魔法の他に、召喚魔法も使えるって聞いたぞ?」


 ペイトウィンはわずかに口角を引きつらせた。だがそれは余裕や勝利の確信による笑みではないし、困っているデファーグを嘲笑するものでもない。


「ああ、使えるぞ。

 だが無理だ。」


「何故だ、ペトミーみたいに召喚したモンスターにメッセージを託すことはできないのか?」


 ペイトウィンは腕組みをしたままではあったが、仰け反っていた上体をわずかに戻した。そして残念そうに首を振る。


「それは出来る、だけど無理だ。

 召喚できるのは動けない植物系のモンスターか、召喚していられる時間や移動距離に限りのあるモンスターだけなんだ。

 だからメッセンジャーとして使うなら、ここからせいぜいシュバルツゼーブルグあの街ぐらいまでなんだ。

 ティフ達がどこまで言ったか分からないが、追いつけないよ。

 そんなに遠くまでは行けないんだ。」


 事実だった。ペイトウィンは召喚魔法でモンスターを召喚し使役することが出来る。ただし召喚モンスターは色々と制約があって万能ではない。

 時間制限が無いのは一か所に設置してトラップとして用いる植物系のモンスターか、スライムや『鬼火』ウィル・オ・ザ・ウィスプのようにコントロールの出来ない使い捨ての低位モンスターぐらいのものだ。強力なモンスターとなると召喚できる時間に制限があったり、召喚している間ずっと魔力を供給し続ける必要があって使役できる時間が召喚者の魔力量に依存したりする。特に使い魔として遠隔操作して偵察などに用いるとなると、術者とは常に魔力で繋がりを維持しなければならないのでせいぜい数百メートル程度までしか離れることはできない。

 そうした制限が最も緩く、もっともメッセンジャーに向いているとなるとある程度の知能を持って自分で考えて自分で判断し自分で行動できるスタンドアローンタイプのモンスターになるが、やはり時間や魔力の供給能力に依存したりといった制限とは無縁でいられない。

 ここで召喚モンスターを使ってティフ達に連絡をとることができれば、ペイトウィンとしても名誉を挽回するチャンスだったのだが、いかな『勇者団』一の魔法のオーソリティと言えども出来ないことはできなかった。ペイトウィンはそのことを本心から残念に思っていたし、それは表情にも表れている……が、同時に彼の口角は相変わらず引きつっており、月光を受けた彼の顔は見ようによっては笑っているようにも見えた。

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