第858話 今、成すべき事

統一歴九十九年五月九日、夕 ‐ 『勇者団』ブレーブス郊外アジト/シュバルツゼーブルグ



 ペイトウィンがデファーグに対してこうも強気に出ていたのは別にデファーグに対して良からぬ印象を持っていたからではない。いや、悪い印象が全く無いわけでもない。実を言うと少しばかり劣等感は抱いている。

 ペイトウィンとデファーグは同じハーフエルフでありながら一方は魔法に集中し、もう一方は剣術に集中して鍛え上げた……といえば聞こえはいいが、ペイトウィンは楽な方へ楽な方へと選択し続けた結果、魔法に特化することになっただけであり、最初から魔法がそんなに好きだったかと言うとそうでもない。運動が嫌いだったわけではないが身体をイジメるのは嫌だったし、ハーフエルフなのだから元々魔法には優れている。そして父ののこした膨大な魔道具マジック・アイテムで自分のステータスを底上げすれば、大聖母フローリアやその息子ルードはともかく他の誰にも負けない程度の実力を発揮することはできたのだ。ライバルらしいライバルのいないところで、他の者たちには難しい事にちょっと挑戦し、それに成功すれば周囲から褒めてもらえる……それがペイトウィンにとっての魔法だったのだ。

 対してデファーグはハーフエルフ特有の優れた魔力を身体強化に使い、ペイトウィンが避けつづけてきた自らの身体を苛め抜くことで剣聖ソードマスターなどという称号を得るまでに至った男だ。

 ペイトウィンがいくら魔法で同い年のハーフエルフたちの中で一番優れていたとしても、彼の上には大聖母フローリアとその息子ルードという越えられない大きな壁が常に立ちはだかり続けている。フローリアもルードもこと魔法に関してはペイトウィンすら隔絶した実力を持っており、おそらく今後も未来永劫ペイトウィンは彼らにかなわぬままだろう。それに対し、デファーグは総合力ではフローリアにもルードにも絶対に勝てないが、剣術だけに限って見ればフローリアにもルードにも勝てるほどの実力を持っているのだ。


 自分も頑張れば彼みたいになれただろうか……


 心のどこかで、そうした羨望のようなものをペイトウィンはデファーグに対して常に抱いていた。ペイトウィンは常日頃デファーグはもちろん、スモルやティフみたいに身体を鍛え続けるハーフエルフたちに対し、「せっかく魔力があるのに身体なんて鍛えて……」とどこか冷めたような小馬鹿にしたような態度を取り続けていたが、それはペイトウィン自身が常に楽をし続けて今の魔法攻撃の第一人者という地位を手に入れたことに対する後ろめたさゆえのことだったのだ。

 おそらくティフもスモルも、そんなペイトウィンに対して面白からぬモノを感じていたのだろう。一応、同じハーフエルフで付き合いも長く、同じ冒険譚好きの仲間ということで仲良くはしていたが、心の中に互いにわだかまりのようなものを拭いきれずにいた。孤立への恐怖感から無自覚に他人に対して優位に立とうとしてしまうペイトウィンは『勇者団』の中でさえ疎外感そがいかんさいなまれ、それを払拭するためにことあるごとにマウントをとろうとしてしまうのだから悪循環もいいところである。

 そこへ最近入ってきたのがデファーグだった。やはりハーフエルフながら武器攻撃職ということで、どこかでティフたちと同じように色眼鏡で見てしまっていたのだが、つい先刻の『勇者団』の話し合いの中で再び孤立してしまいそうになったペイトウィンをデファーグは救ってくれた。「仲間だろ」と言ってくれた。孤立しないように仲間たちの中へ引き戻してくれた。しかも「魔法のオーソリティー」と言ってくれた。そのことでペイトウィンの中でデファーグへの評価は大きく変わったと言っていいだろう。


 コイツとなら本物の親友って奴になれるかもしれない……ペイトウィンはそう思った。彼の中でデファーグに対する親近感は大きく増した。が、そこでペイトウィンの悪い癖が出る。


「デファーグ、慌てちまったお前の気持ちは分るが冷静になれ。

 俺たちは今三人っきりだし、あの《地の精霊アース・エレメンタル》相手に出来ることなんて何もない。

 メークミーとナイスのことも、今してやれることは何もない。」


「そんな!」


 反駁はんばくしようとするデファーグにペイトウィンは両手を広げて落ち着くようにジェスチャーしつつ、上体を仰け反らせて見下ろすようにして言った。


「聞いただろ?あいつ等は聖遺物アイテムを取り上げられちまったんだ。

 だから俺たちが助け出そうとしてもついては来ない。

 実際、スワッグがメークミーを助けに行って途中まで成功したけど、メークミーは残っただろ?

 勝手に逃げ出せば聖遺物アイテムをそのまま失ってしまうかもしれないんだ。

 助け出す時は逃亡させるんじゃなく、レーマ軍に解放させるしかないんだ。身柄と、聖遺物アイテムを一緒にな。

 その役割は俺たちじゃない、ティフの役目だ。

 俺たちが下手に動いてみろ、ティフの交渉を邪魔することになっちまうんだぞ!?

 だから、。」


 ペイトウィンの悪い癖……それはマウントを取りたがることである。無意識のうちに相手よりも優位に立ちたがってしまうのだ。

 ペイトウィンの中でデファーグに対する親近感は大きく増した。その心の距離はかつてないほど縮まった。だからこそ、ペイトウィンはデファーグより優位に立とうとしてしまう。ペイトウィンは気の置けない友人、真の意味での対等な親友というものを持ったことが無かったのだ。そして、信頼によって人間関係を築いた経験のない彼は、相手より精神的に優位に立つことでしか、相手との人間関係に安心することが出来ないのだった。

 が、ペイトウィンのそうした心理が反映されて出た言葉……「余計なことは考えるな」にデファーグはカチンと来てしまう。


「何を言ってるんだ!?

 状況がどうなろうと言われことしかするなって!?

 黙って従うだけの奴が仲間なもんか!!」


 先ほどまで自信無さげにしていたデファーグの態度が突如急変し、ペイトウィンもエイーも驚き、共に目をみはる。


「よ、余計なことして、迷惑かけるなって、言ったんだ!」


 激昂するデファーグの気迫にペイトウィンは暗闇でもハッキリわかるほど動揺していた。目は泳ぎ、口もよく回らない。そんなことではデファーグの勢いを削ぐことなどできず、それどころか苦し紛れに吐いた言葉の揚げ足を取られてしまう。


「敵の親玉が目と鼻の先に居るんだぞ!?

 それなのに黙って見過ごして何もしない方が却って迷惑だろ!」


 デファーグの気迫にされ、ペイトウィンはよろけるように後ろに数歩下がり、ドンッと壁に背をついた。


「じゃ、じゃあどうしろっていうんだよ?」


 悲鳴に近いペイトウィンの言葉にデファーグの勢いはようやく止まった。数秒、肩で息しながら考え、そののち大きく深呼吸をしてから少し落ち着いた、だが力強い口調で訴える。


「さっきも言ったけど、戦おうってわけじゃない。

 ティフ達はスパルタカシアが先に行ったと勘違いして追いかけて行ったんだ。

 早く知らせないと!」

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