第1315話 とんだ見落とし
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
「ふ~む……
『
顎髭を
「その通りです。
そしてその役目を果たせるのは、私が見る限りグルグリウス殿を置いて他にありません!」
理解者を得て喜ぶ異端の学者のようにカエソーは表情をパァっと明るくするが、しかしグルグリウスはと言うと困ったように苦笑いを浮かべ、両手を降ろして椅子に座りなおした。
「たしかに実力だけを考えれば
「おお! では!?」
承諾を促すカエソーにグルグリウスは残念そうに首を振った。
「ですが具体的にどうせよとおっしゃるのですか?」
「それは……」
今からティフを追いかけて見張り、アルトリウシアに入りそうになったら警告するなり実力で追い払うなりしてくれれば……カエソーはそう言うつもりだった。だがカエソーがそれを口にする前にグルグリウスはカエソーの見積もりの甘さを指摘する。
「もしも
何故なら
ペイトウィンの存在をすっかり失念していたカエソーは、グルグリウスの指摘で思い出し、アッと表情を硬くした。
「どうしてもというのであれば、
そう言うとグルグリウスは目の前に置かれていた
「そうか、それがあった……」
小さな声で呟きつつ、カエソーは急な頭痛でも覚えたかのように文字通り頭を抱える。
ティフも強烈だったがペイトウィンも決して負けてはいない。ハーフエルフの尊大な態度、傍若無人な言動、そして子供のような気の短さ、それらを抑え込むのは容易なことではない。気難しすぎて何が理由で発奮するか分かったものではなく、魔力に優れている以上武器などの装備品を全て取り上げてしまったとしても実力で取り押さえることが出来ない。それが出来るのは《
しかし《地の精霊》はリュウイチが召喚し、使役する
《地の精霊》はリュウイチが彼の
ルクレティアは《地の精霊》に個人的に頼み込んで色々やってもらったりしているが、それはルクレティアがリュウイチの
仮にそうした法的問題が無かったとしてもやはり《地の精霊》は使いづらい。何故なら《地の精霊》は基本的にルクレティアの言うことしか聞いてくれないからだ。ルクレティアが頼めばカエソーに念話で必要な話をするくらいはしてくれるが、積極的にコミュニケーションはとってくれるわけではない。カエソーにはイマイチ理解しきれないのだが、どうも修行を積まない一般人は雑念が多すぎるため、話しかけても精霊には聞き取り切れないのだそうだ。なので《地の精霊》に何か頼もうとするとどうしてもルクレティアを中継せざるを得なくなる。
それでいてカエソーの見たところルクレティア本人も《地の精霊》とのコミュニケーションが万全とは言い難いようだ。そもそもカエソーもルクレティアも《地の精霊》に何がどれくらい出来て何が出来ないのかが良く分かっていない。そして《地の精霊》も人間たちの都合を斟酌するのが難しいらしく、カエソーやルクレティアが何をすると助かって何をされると困るのかを理解しきれていないところがある。それでいて《地の精霊》の力は
その点、グルグリウスはかなりマシである。少なくとも話が通じる。普通の人間が普通に会話することができ、人間社会の常識もある程度理解してくれ、また自分で判断して行動することも出来る。余計なこともせず、それでいて不足している部分は自分で考えて補ってくれるため、仕事を安心して任せられるのだ。難しい仕事を処理していくうえで、やはり一番モノを言うのは実力よりもコミュニケーション能力だと断言せざるを得ない。おそらく、《地の精霊》もその辺の不都合を考え、精霊よりは人間社会に造詣の深く人間の機微を察することのできる
そしてなんといっても実力は折り紙付きで、かのペイトウィンを容易に捕えて連れて来てくれた。仮にペイトウィンが全力で反抗したとしても実力で抑えつけてくれるだろう。
そしてグルグリウスは《地の精霊》の眷属ではあるが、《地の精霊》がリュウイチによって召喚された精霊であるのに対し、グルグリウスは元々ペイトウィンが召喚したインプだった妖精だ。ヴァーチャリア生まれの妖精を使役する分には、大協約は影響しない。もっとも、グルグリウスはリュウイチの《地の精霊》から魔力を貰ってグレーター・ガーゴイルに進化した存在なので、法的に真っ白かというと断言するのは難しい。やはり黒寄りのグレーであろう。
しかし、白ではなくとも黒ではないのなら利用できないわけではない。要は弁明の余地があるかどうか……そう考えるのが一般的な
そういうわけでカエソーとしてはグルグリウスという手札を最大限に利用したいのだが、便利すぎる道具にはどうしても頼りすぎてしまうのが人間の
クソ……そういえば
参ったぞ、ルクレティア様に
ルクレティアに任せれば、仮にペイトウィンが暴れようとしても《地の精霊》が未然に防ぐだろう。それでペイトウィンが多少痛い目にあったとしても、恨まれるのはルクレティアであり《地の精霊》……サウマンディウス伯爵家が恨みを買う心配はない。だが、ダメだ。
ペイトウィンはルクレティアに目を付けている。ルクレティアからリュウイチの存在を探ろうと狙っているようだし、実際ルクレティアの身に着けている
それにルクレティアもペイトウィンに対して恐怖心を抱いている。どうやら四日前に帰路で立ち寄ったブルグトアドルフで奇襲を受けて以来、『勇者団』という集団全体に対する恐怖感を強く持ってしまったようだ。最初は積極的にコミュニケーションをとろうとしていたメークミーに対してさえ、あれから少し距離を置こうとしている節がある。
ルクレティアには《地の精霊》の加護というほぼ絶対的な防御があるが、そうはいっても無警戒になれるわけではない。《地の精霊》はペイトウィンの暴力からは守ってくれるだろうが、精神的な攻撃からまでは守ってくれないだろう。虜囚という立場にあるにもかかわらずリュウイチの手がかりを掴もうと初対面のルクレティアにズケズケと文句を言ってきたペイトウィンが今更紳士的に振る舞うはずもない。色々と揺さぶりをかけてくるのは間違いないだろう。人間の機微にあまりにも疎い精霊にペイトウィンの精神攻撃からルクレティアを護ることを期待するのは無謀というものだ。
つまり、ルクレティアとペイトウィンを近づけさせることは出来ず、またペイトウィンを抑え込むために《地の精霊》の力をアテにすることも難しいということだ。
となるとグルグリウスにはこのままペイトウィンのお守りを続けてもらうしかない。
「んん~~~、だがそれでは……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます