第1315話 とんだ見落とし

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「ふ~む……

 『勇者団彼ら』をあえて捕まえず、自由に泳がせながらも、アルトリウシアには近づけたくないと……」


 顎髭をしごくように撫でながらジッと話を聞いていたグルグリウスがカエソーの話を要約してみせると、カエソーはコクリと頷いた。


「その通りです。

 そしてその役目を果たせるのは、私が見る限りグルグリウス殿を置いて他にありません!」


 理解者を得て喜ぶ異端の学者のようにカエソーは表情をパァっと明るくするが、しかしグルグリウスはと言うと困ったように苦笑いを浮かべ、両手を降ろして椅子に座りなおした。


「たしかに実力だけを考えれば吾輩わがはいにはそれが出来るでしょう」


「おお! では!?」


 承諾を促すカエソーにグルグリウスは残念そうに首を振った。


「ですが具体的にどうせよとおっしゃるのですか?」


「それは……」


 今からティフを追いかけて見張り、アルトリウシアに入りそうになったら警告するなり実力で追い払うなりしてくれれば……カエソーはそう言うつもりだった。だがカエソーがそれを口にする前にグルグリウスはカエソーの見積もりの甘さを指摘する。


「もしもティフブルーボール様を追いかけて『勇者団』ブレーブスを見つけ、その動向を見張ることになるのでしたら吾輩わがはいは出来ません。

 何故なら吾輩わがはいペイトウィンホエールキング様の御世話係も仰せつかっているからです」


 ペイトウィンの存在をすっかり失念していたカエソーは、グルグリウスの指摘で思い出し、アッと表情を硬くした。


「どうしてもというのであれば、ペイトウィンホエールキング様の御世話は他の方にやっていただくほかありませんな。

 吾輩わがはいも身体は一つしかない以上、離れた場所でなさねばならぬ二つの仕事を同時に両立させることなどできませんから……」


 そう言うとグルグリウスは目の前に置かれていた茶碗ポクルムを手に取り、カエソーの真似をするように香を嗅ぎ、一口啜った。


「そうか、それがあった……」


 小さな声で呟きつつ、カエソーは急な頭痛でも覚えたかのように文字通り頭を抱える。

 ティフも強烈だったがペイトウィンも決して負けてはいない。ハーフエルフの尊大な態度、傍若無人な言動、そして子供のような気の短さ、それらを抑え込むのは容易なことではない。気難しすぎて何が理由で発奮するか分かったものではなく、魔力に優れている以上武器などの装備品を全て取り上げてしまったとしても実力で取り押さえることが出来ない。それが出来るのは《地の精霊アース・エレメンタル》かグルグリウスのどちらかしかいないのだ。


 しかし《地の精霊》はリュウイチが召喚し、使役する精霊エレメンタルの一柱である。その力はリュウイチの力と言って差し支えない。

 《地の精霊》はリュウイチが彼の聖女サクラであるルクレティアを護るための付けた精霊であるため、《地の精霊》がルクレティアを護るために自らの意思で力を使う分には法的には何の問題も無いが、カエソーが自分の都合で《地の精霊》の力を利用するとなると、カエソーが降臨者の力を……つまり『《レアル》の恩寵おんちょう』を独占したということになりかねない。それは大協約に反してしまう。

 ルクレティアは《地の精霊》に個人的に頼み込んで色々やってもらったりしているが、それはルクレティアがリュウイチの聖女サクラ……つまり降臨者の妻であり所有物であるから法的に黒にならないだけで、厳密には黒寄りのグレーであり、ましてリュウイチとは何の関係もないカエソーなら完全な黒で間違いなしだ。


 仮にそうした法的問題が無かったとしてもやはり《地の精霊》は使いづらい。何故なら《地の精霊》は基本的にルクレティアの言うことしか聞いてくれないからだ。ルクレティアが頼めばカエソーに念話で必要な話をするくらいはしてくれるが、積極的にコミュニケーションはとってくれるわけではない。カエソーにはイマイチ理解しきれないのだが、どうも修行を積まない一般人は雑念が多すぎるため、話しかけても精霊には聞き取り切れないのだそうだ。なので《地の精霊》に何か頼もうとするとどうしてもルクレティアを中継せざるを得なくなる。

 それでいてカエソーの見たところルクレティア本人も《地の精霊》とのコミュニケーションが万全とは言い難いようだ。そもそもカエソーもルクレティアも《地の精霊》に何がどれくらい出来て何が出来ないのかが良く分かっていない。そして《地の精霊》も人間たちの都合を斟酌するのが難しいらしく、カエソーやルクレティアが何をすると助かって何をされると困るのかを理解しきれていないところがある。それでいて《地の精霊》の力はいにしえゲイマーガメルさえもしのぐほどの強大なものであり、お互いの意思の疎通の不備から下手に力を暴走されると収拾のつかない事態に陥りかねない危険性がある。そういう意味では、《地の精霊》はリュウイチと同じくらい使存在であった。


 その点、グルグリウスはかなりマシである。少なくとも話が通じる。普通の人間が普通に会話することができ、人間社会の常識もある程度理解してくれ、また自分で判断して行動することも出来る。余計なこともせず、それでいて不足している部分は自分で考えて補ってくれるため、仕事を安心して任せられるのだ。難しい仕事を処理していくうえで、やはり一番モノを言うのは実力よりもコミュニケーション能力だと断言せざるを得ない。おそらく、《地の精霊》もその辺の不都合を考え、精霊よりは人間社会に造詣の深く人間の機微を察することのできるインプグルグリウスを眷属に加えたのだろう。

 そしてなんといっても実力は折り紙付きで、かのペイトウィンを容易に捕えて連れて来てくれた。仮にペイトウィンが全力で反抗したとしても実力で抑えつけてくれるだろう。


 そしてグルグリウスは《地の精霊》の眷属ではあるが、《地の精霊》がリュウイチによって召喚された精霊であるのに対し、グルグリウスは元々ペイトウィンが召喚したインプだった妖精だ。ヴァーチャリア生まれの妖精を使役する分には、大協約は影響しない。もっとも、グルグリウスはリュウイチの《地の精霊》から魔力を貰ってグレーター・ガーゴイルに進化した存在なので、法的に真っ白かというと断言するのは難しい。やはり黒寄りのグレーであろう。

 しかし、白ではなくとも黒ではないのなら利用できないわけではない。要は弁明の余地があるかどうか……そう考えるのが一般的な貴族ノビリタスだ。完全に潔癖な人間など上級貴族パトリキにも平民プレブスにも居ないし、ましてカエソーは実際的な軍人だ。自らの実力以上に高潔であろうとするロマンチストではない。必要は多少の悪を容認するものなのだ。


 そういうわけでカエソーとしてはグルグリウスという手札を最大限に利用したいのだが、便利すぎる道具にはどうしても頼りすぎてしまうのが人間のさが……カエソーもグルグリウスの力に頼りすぎて、いつの間にか全体を把握しきれなくなってきていたようだ。


 クソ……そういえばペイトウィンホエールキング様という捕虜も居たのだった……

 参ったぞ、ルクレティア様にペイトウィンホエールキング様の世話をさせるわけにはいかないし……


 ルクレティアに任せれば、仮にペイトウィンが暴れようとしても《地の精霊》が未然に防ぐだろう。それでペイトウィンが多少痛い目にあったとしても、恨まれるのはルクレティアであり《地の精霊》……サウマンディウス伯爵家が恨みを買う心配はない。だが、ダメだ。

 ペイトウィンはルクレティアに目を付けている。ルクレティアからリュウイチの存在を探ろうと狙っているようだし、実際ルクレティアの身に着けている魔導具マジック・アイテムやリウィウスたちの装備にも関心を持っているようだ。

 それにルクレティアもペイトウィンに対して恐怖心を抱いている。どうやら四日前に帰路で立ち寄ったブルグトアドルフで奇襲を受けて以来、『勇者団』という集団全体に対する恐怖感を強く持ってしまったようだ。最初は積極的にコミュニケーションをとろうとしていたメークミーに対してさえ、あれから少し距離を置こうとしている節がある。

 ルクレティアには《地の精霊》の加護というほぼ絶対的な防御があるが、そうはいっても無警戒になれるわけではない。《地の精霊》はペイトウィンの暴力からは守ってくれるだろうが、精神的な攻撃からまでは守ってくれないだろう。虜囚という立場にあるにもかかわらずリュウイチの手がかりを掴もうと初対面のルクレティアにズケズケと文句を言ってきたペイトウィンが今更紳士的に振る舞うはずもない。色々と揺さぶりをかけてくるのは間違いないだろう。人間の機微にあまりにも疎い精霊にペイトウィンの精神攻撃からルクレティアを護ることを期待するのは無謀というものだ。

 つまり、ルクレティアとペイトウィンを近づけさせることは出来ず、またペイトウィンを抑え込むために《地の精霊》の力をアテにすることも難しいということだ。


 となるとグルグリウスにはこのままペイトウィンのを続けてもらうしかない。


「んん~~~、だがそれでは……」

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