第692話 空回りするスカエウァ
統一歴九十九年五月八日、午後 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム
昨夜はブルグトアドルフで一泊し、今日はシュバルツゼーブルグへ向かう予定だったがもう一泊することとなった。理由は昨夜の盗賊団の襲撃を受け、カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の乗っていた馬車が大破してしまったためである。
カエソーは立派な
かといって
そこでやむなく、シュバルツゼーブルグへ早馬を出し、シュバルツゼーブルグの
まだ返事は届いていないが、サウマンディアからカエソーが来ているため必要だと聞けば、ヴォルデマールの立場と性格からして嫌とは言わないだろうし、むしろ積極的に馬車を送り出してくるはずだ。
このような理由から、ルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアもブルグトアドルフの街でもう一泊することになった。本来なら丘の上、
表向きの理由は、昨夜発生してしまった多数の負傷兵の看護のためである。が、実際は負傷兵はすべて《
といっても、もちろん数十人に及ぶ盗賊たちのことではなく、『
だがもう一方のナイスの方はそうでもない。
今朝、目覚めた時の様子からするとメークミーよりも御しやすいと目されていたナイスはむしろ油断ならない相手であった。魔力欠乏から回復しきっておらず、弱っている筈なのに、攻撃魔法を使ってカエソーから自分の装備品を奪い返そうとしたのだ。
幸い、こういう事もあろうかとカエソーが事前に相談し、別室でルクレティアに待機してもらっていたため、《
そんなわけで、もしもナイスの尋問も順調に行くようであればルクレティアだけでも礼拝堂より快適な
「ルクレティア!」
「!……スカエウァ?」
リュウイチに倣って汚物を一つの部屋に集め、まとめて浄化魔法をかけていたルクレティアに声をかけてきたのは従兄で元・婚約者のスカエウァ・スパルタカシウス・プルケルであった。
本来ならルクレティアの様な
部屋から出て来たルクレティアにいきなり声をかけて来た男性がスカエウァだと気づいたクロエリアらルクレティアの使用人たちはサッと身を引いてスカエウァとルクレティアの会話の邪魔にならないようにする。
「何してたんだい?」
部屋から出て来たルクレティアに対し、大して興味も無いだろうに話の切っ掛けづくりのための質問をしてくる。ルクレティアが出て来た部屋は汚物を集めて浄化魔法をかけるための部屋だったのだが、女性用区画にはルクレティアのみならずルクレティアの使用人たちの部屋もあるのだ。いくら相手がスカエウァだとしても、区画内の割り振りについてベラベラしゃべるわけにもいかず、ルクレティアは適当にはぐらかす。
「いいえ、別に……貴方こそ、どこかへ行っていたの?」
「え!?あ、ああ……サンドウィッチ様のところへね。
ほら、ジェーク様との面会ができなくなったと、御報告にあがってきたところなんだ。」
ルクレティアの反応が図に当たったのかスカエウァの愛想笑いが大きくなる。だがスカエウァが言葉をつづける前にルクレティアはわずかに眉を
「随分熱心ね。
アナタが自分で言いに行くほどの事でもないんじゃなくて?」
メークミーにしろナイスにしろ、身の回りの世話を焼くための神官はスカエウァの部下から割り当てられている。大して重要でもない連絡など彼らに任せればよいことであり、スカエウァがわざわざ自分で出向くようなことではない筈だ。
出鼻をくじかれたスカエウァはルクレティアの何かを
「ぁえ!?あ、ああ……そのぉ……他に、することもないしな。
ああ、それにあれだ、ジェーク様と面会したいとのご希望を承ったのは僕だったし?」
「ふーん?」
スカエウァ自身がメークミーからそんな希望を聞いたということはスカエウァはメークミーと直接会ったということだ。もちろん、サウマンディアから派遣された神官団の取りまとめ役である彼の立場でそれをすることに問題があるわけではないが、直接会わなければならない必要があったわけでもない。わざわざ会いに行ったということはスカエウァ自身に何らかの思惑があったからこそだ。ルクレティアはその思惑のことを咎めているのだが、スカエウァはそんなことに疑問を抱いたことも無いのでルクレティアの態度が何故こうも冷たいのかわからない。
何かわからんが気に食わない事でもあったんだろう……大して考えることなく、無意識のうちにそう結論付けたスカエウァは今まさに何かを思いついたとでも言うようにパッと表情を明るくした。
「ああっ!そうだ、ルクレティア。
ジェーク様のことを回復させて差し上げられないかな?
サンドウィッチ様が面会が出来なくなったことを随分残念がっておられてね。それにジェーク様のことをとても心配しておられるんだ。」
自分より二つも年上で自分なんかよりずっと大人だと思っていたスカエウァの物言いにルクレティアは驚き、そして呆れた。言葉もなく目と口を大きく開け、目を二度三度とパチクリさせた後、口をパクパクさせながら周囲を見回して言葉を探す。そして何も巧い言い方を思いつかず、やむなくありきたりな答えを返さざるを得なかった。
「アナタ、何を考えているの!?」
「え!?何?」
予想外の反応にスカエウァは戸惑いを隠せない。頭が回らないらしいスカエウァにルクレティアは諭すように問いかける。
「
「え!?いや、ああ……」
スカエウァは後ろを……カエソーの部屋のある方を一旦チラッと振り返ってから視線を合わせないままルクレティアに向き直りつつ答える。
「閣下は先ほどまで来客と面会しておられたんだが……なんだか気分が悪いとおっしゃられて、自室へ……」
要するにカエソーに話を通していないのだ。メークミーにしろナイスにしろ、どちらも捕虜でありカエソーの管理下に置かれているのだからカエソーの許しが無ければルクレティアだって勝手は出来ない。スカエウァにしたところでメークミーとスカエウァがムセイオンの聖貴族だから世話をする神官を貸し出しているだけであって、管理を任されているわけではなかった。
「じゃあ閣下に話を通して来て。」
「ルクレティア!?」
スカエウァは信じられないという風に目を丸くし、ルクレティアに向き直る。
「閣下のお許しが無いなら私は何もできないわ。じゃ‥‥」
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