第434話 殿軍
統一歴九十九年五月五日、深夜 -
体内の
魔力欠乏で失神したミシェル・ソファーキング・エディブルスを担いで魔法職、支援職の順に次々と脱出、最後に残って
仲間の脱出を容易にするため、ゴーレムたちを引き付ける…彼らのそんな悲壮な戦いは間もなく終わろうとしている。
「あとは俺たちだけだ!
逃げるぞ!?」
スモルが周囲を見回し、戦場に残っているのが自分たち三人だけだと確認すると息を切らせながら仲間たちに呼びかける。
「お、おう…」
「ひ、左に引き付けて、右へ逃げるぞ!?」
「わかった…」
ゴーレムたちとの戦闘が始まった当初、ゴーレムの動きは統制が取れていたように思う。ロック・ゴーレムと大きいマッド・ゴーレムは遠巻きに様子を見ているだけで動かず、小さいマッド・ゴーレムだけが彼らを包囲し、そして少しずつ包囲を縮めるように襲い掛かって来ていた。
マッド・ゴーレムのどれかが戦闘を始めて前進を止めると、他のマッド・ゴーレムは前進の速度を緩め、包囲網の一部が突出しない様にしていたし、マッド・ゴーレムの一体が倒されて包囲網の穴が開くと、互いの間隔を調整して包囲網の穴を塞ぐようにもしていた。
それでも、数が減れば間隔が開いて包囲網が荒くなる。その隙を突いてデファーグがロック・ゴーレムに突撃を仕掛けると、今度は大きいマッド・ゴーレムがフォローに入っていた。それからは小さいマッド・ゴーレムを大きいマッド・ゴーレムがフォローしながら、あくまでも『勇者団』を捕まえようとするかのように攻撃していた。そう言えばマッド・ゴーレムたちは
ともあれ、そのようなゴーレムたちの行動はロック・ゴーレムが動き出すとともに変わった。それまでの連携が崩れ、それぞれのゴーレムが互いの位置関係など気にせず、とにかく自分のもっとも近くにいる相手に襲い掛かるようになったのだ。
おかげでこうして彼らはゴーレムを引きつけて仲間を逃がすことに成功している。最初は効果が無かったタウンティングも効くようになったのだ。
「うおおおぉぉぉぉぉ!!!」
タウンティング・シャウト…あえて戦場の西に寄った場所に三人そろって移動したところで、メークミーが
ドッスン、ドッスンと地響きを伴う足音を立てて歩み寄って来るゴーレムたちに向かい、剣を構えながらスモルが指示を出す。
「よし、寄ってきた奴らの脚を斬り、動けなくしたところで右から一気に崖へ駆け抜ける・・・いいな!?」
「「おう!」」
三人は時折、足ぶみをしながらゴーレムを待ち構えた。その場にジッとしていると、足に足枷蔓が絡みつき、小さなスライムが脚を這い上って来るからだ。
そうこうしているうちにゴーレムが目と鼻の先まで迫って来る。
「行くぞっ!!」
合図とともに三人は飛び出し、ゴーレムの脚を払うように剣を振る。足場が悪く、踏ん張りが効かないため、彼らの斬撃は込めた力の割に切れ味が悪い。それでも、ヒトの胴体ほどの太さのあるマッド・ゴーレムの脚を七~八割方斬るくらいは出来た。スパッときれいに両断できなくとも、それくらいまで斬りこめばゴーレムの脚は体重を支えられなくなって崩れ落ちる。
「よし、逃げろ!!」
眼前に迫ったマッド・ゴーレムを倒した三人は一斉に駆けだした。
タウンティングが効くようになったとはいえ、彼らに戦場をコントロールするだけの力はもうなかった。魔法職のメンバーは全員崖を下っており、支援攻撃してくれる武器攻撃職も残っていない。今残っているのは前衛職の三人だけで、しかもそれぞれの体力も魔力も限界に達していた。彼らの靴やズボンの中にも、いつの間にかスライムが侵入していたのだ。そして、スライムは皮膚に吸着することで、相手に痛みも与えず魔力を吸い取る。
魔力は生命エネルギーそのものだ。奪われると体力そのものも減っていく。その周辺がひんやりと冷たくなっていき、ちょうど冬に雪で
彼ら三人の足も、今まさにそんな感じだった。冬でもあるまいに、雪の中を裸足で歩き回ったみたいに足が冷たく冷えて痺れ、感覚がほとんど無い。雪との違いは冷たく冷えすぎたことによる痛みがあるか無いかだ。だからこそ
そんな足で、しかも泥濘と足枷蔓に足をとられるこの戦場で、重い甲冑を身に着けた彼らが存分に戦闘力を発揮できるわけもない。デファーグは脚をとられ、派手に転んでしまった。
「ぶふぁっ!?」
「デファーグ!?メークミー、デファーグが転んだ!!」
デファーグの転倒に気付いたスモルが立ち止まり、一緒に走っていたメークミーを呼び止めると自身はデファーグのところまで駆け戻る。
「す、すまないスモル、脚が…脚がもう…」
「気合い入れろデファーグ、脚がシビレてんのはみんな同じだ。
ほら、肩かせよ。」
スモルがデファーグを起き上がらせている間、二人に迫る小さなマッド・ゴーレムの生き残りにメークミーが斬りかかった。この一戦で覚えた定石に従い、脚を斬ってシールドバッシュで突き倒す。
「お急ぎください!
他のゴーレムも迫ってます!」
「メークミー!ゴーレムの相手は俺がする。
お前はデファーグを担いで先に逃げろ!」
スモルは立ち上がらせたデファーグをメークミーに預け、自分が
「お断りしますソイボーイ様!
私の体力ではエッジロード様を担いで崖を下ることなど出来ません。
さあ、早く!!…でぇいっ!!」
メークミーは二体目の小さいマッド・ゴーレムを斬撃とシールドバッシュで退けると、スモルやデファーグとは違う方向へ向かって走り出した。
「メークミー!メークミー戻れ!!
スモル!俺を、俺を置いて行ってくれ!
メークミーを!!」
最早自由が効かない脚で、生まれたての小鹿のようにブルブルと震えながら、辛うじて自分の体重を支えるだけのデファーグがメークミーを呼び戻そうとする。だが、メークミーはゴーレムたちを引き付けるため、最後のタウンティング・シャウトを行った。すべてのゴーレムがデファーグたちを無視し、メークミーに向かって歩き出す。
「デファーグ!行くぞ!!」
「スモル!?」
デファーグはもちろん、スモルにももう余裕はなかった。ソファーキングもそれは分かっている。分かっていて敵を引き付ける囮になったのだ。スモルにはそれが分かっていた。自分にはもう、ソファーキングを助ける余力は残っていない。ここでデファーグを担いで逃げ出さなければ、結局三人とも逃げられなくなってしまう。
「メークミーの犠牲を無駄にするな!
さあ俺と一緒に来い!!」
「スモル!待てスモル!待ってくれスモル!
メークミー!!メークミー!!」
「あきらめろデファーグ、今は行くぞ!行くしかないんだ!
それであとで必ず!助けに戻るんだ!!」
そういうスモルの顔をデファーグは見ていなかった。暗かったし、泥だらけで見えなかった。だが、その声が涙に濡れているのだけは分かった。駄々をこねるデファーグを引きずるようにして、スモルは崖まで歩き、崖下を見下ろしながら深呼吸をする。
そこから見下ろす崖下は、明るい月に照らされていた戦場とは対照的に、まるでインク壺の中のように真っ黒な闇に染め抜かれているように見えたが、スモルは躊躇なく飛び降りた。
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