第787話 魔窟
統一歴九十九年五月十日、昼 ‐
「やっと来たか……」
フロンティーヌスを迎えるフースス・タウルス・アヴァロニクスをはじめ守旧派議員たちにとって彼の印象は決して良くない。
ホントに奴を行かせるのか?
「彼は
上級貴族の癖に馬にも乗れないと聞いたぞ?
「そんなのはただの噂です。
さすがに乗馬の心得くらいはありますよ。」
だが、奴を元老院の代表に位置付けるのは……
「彼は正式な使節ではありません。
あくまでも『メルクリウス目撃の報告を受け、所管する
それで現地に着いてみたら偶然にも降臨が起きていた……と言うことにするわけか。だが、途中でレムシウス卿と合流するという話はどうした?
「叶うならそうしますが、レムシウス卿は中道派でどう動くか分かりません。
ウァレリウス!
サウマンディアで奴に取り込まれていれば
「そうです。彼が皇帝派と
レムシウス卿に合流を避けられては、
ということはやはり
「だからリガーリウス卿です。
レムシウス卿と合流できなくても、彼なら無理なくアルビオンニア属州まで行ける。行ける大義名分が既にある。
しかも降臨者が収容されているアルトリウシアまで直接行けるんです。」
だが、それで送り出せる使者が
「仕方ないではありませんか、
チッ、いっそのことレムシウス卿が戻るまで待った方がいいんじゃないのか?
皇帝だってムセイオンからの返事を待たね使者を立てることなどできんのだ。
ムセイオンへ報告し、その返事が返って来るまで往復でひと月半はかかるだろ?
「レムシウス卿がいつ帰って来るかはまだわかりません。
奴は自分の商売のために
それにムセイオンの返事はおそらくひと月半もかかりません。もしかしたらもう返事をもらっているかも。」
馬鹿な、
ムセイオンだって報告を受け取ったら返事を出す前に
「ところが、皇帝は既に報告をし終えてるんですよ。
なんだと!?ああ、そうか、アレがあったか……
すっかり忘れていた。しかし、本当に使えたのか……
「昨日、皇帝から秘匿要請が届いたでしょう?
あれは
降臨したのが《
でもそんなことになれば
そういうことか。てっきり、我々の人選を妨害するための方便かと思ったが……
「とにかくレムシウス卿を待ってはいられません。
だが正式な使節はレムシウス卿が帰ってからでなければ出せない?
「そう、だからリガーリウス卿なんです。
正式な使節としてではなく、現地の
理解できるが言い訳としては苦しくないか?
いくら現地軍の
「だから、世間に降臨の事実が広まる前に彼には発ってもらわねばなりません。」
無理だろう。もうレーマに噂は広まっているぞ?
「何ですと!?
皇帝から秘匿要請が来た後、私からも連絡したじゃないですか!
一体、誰が広めたんです?」
それは知らん。
だが、もうかなり広まっているようだ。
「なんてこった!
リガーリウス卿を送り出してから噂を流すつもりだったのに……」
広まってしまったものはもうどうしようもないぞ。
どうする?
「どうするも何も、
こうなれば少しでも早く送り出し、リガーリウス卿が噂を知る前にレーマを発ったことにするだけです。」
フロンティーヌスが入ってくる前、議員たちの間で交わされていた会話によって頭を痛めていたフーススは自分がいかにも不機嫌そうな表情をしているという自覚が無かった。
うわぁ……
室内に入り、フーススをはじめ元老院守旧派の重鎮たちがそろいもそろって
フーススはまぁいつものことだ。フロンティーヌスにとってフーススは自分が元老院議員として家を立て直すうえで一番世話になった大恩人であり、厳しくて何かにつけてしょっちゅう怒るがそれでもフロンティーヌスには必ず良くしてくれる。怖くはあるが、彼の言うことを聞いていれば間違いはなく、言ってみれば第二の親父のような存在と言えるだろう。だからああやって怖い顔をしてこっちを見てくるのはまだ仕方ないし我慢も出来る。というか、それがフロンティーヌスが受け入れるべき試練のようなものだ。
だけど他の重鎮たちは違う。彼らはちっともフロンティーヌスのためになることをしてくれたわけではない。まあ、
何だよそれ、ため息をつきたいのはこっちだよ……
胃がキュウッとするのを感じながらフロンティーヌスはゴクリと唾を飲みこんだ。
「よく来てくれたリガーリウス卿。
そんなとこへ突っ立ってないで、まあこっちへ来て座れ。」
ヒトのくせにホブゴブリンのフロンティーヌスより背が低く、ホブゴブリンのフロンティーヌスよりガッシリとした筋肉を身に着けた大恩人フーススがまるで何かを諦めたように、フロンティーヌスから視線を逸らして目の前の空いている
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