第430話 悪戦苦闘

統一歴九十九年五月五日、深夜 - ケレース神殿門前広場フォルム・テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 神殿の裏手で火災が発生し、『地の防壁』アース・ウォールの外にいた重装歩兵ホプロマクスが神殿へ戻り始めた。そして、神殿内から銃声が聞こえている・・・ペトミー・フーマンが使い魔のジャイアント・バットを使って得た情報は少なくともファドが神殿への侵入自体には成功したことを示していた。おそらく火災はファドが起こしたものだろうし、神殿内から銃声が聞こえているという事はファドが見つかってしまい、戦闘に入ってしまったのだろう。

 だがヴァナディーズ暗殺に成功したかどうかはまだわからない。銃声は聞こえているからファドはまだ生きていて戦っているのだろうが。


 ともあれ、ファドは危機的状況にあり、自分たちは“敵”を引き付ける役目を果たせない。『地の防壁』に囲まれて先ほどの重装歩兵と遮断されてしまっている上に、ゴーレムとスライムに阻まれて囲いを脱することもできなくされてしまっているからだ。

 作戦は失敗しつつある。


「ファドか!?

 ファドが来ているのか!?」


 剣聖ソードマスターデファーグ・エッジロードが眼前のマッド・ゴーレムを両断すると同時に、二つに分かれたゴーレムの身体の片方を蹴り飛ばした。マッド・ゴーレムはコアを破壊しないかぎり何度でもよみがえるが、こうして切断した身体の一部を蹴り飛ばして遠くに離せば復活の時間を遅らせることが出来ることに気付いたのだ。


「多分そうだ!

 ファドは反対側から神殿に侵入し、そして見つかった。

 “敵”はファドを捕まえるため、神殿へ戻って行った。

 今、外から聞こえている銃声は、多分ファドを撃ってるんだ!」


 ティフ・ブルーボールもまた眼前のマッド・ゴーレムと戦いながら、それが自分の本来の作戦であることは伏せたまま状況だけをデファーグに説明する。ティフが言い終わらないうちに、ティフが戦っていたゴーレムが一瞬で両断され、さらにそれが崩れ落ちる直前に、二つになった身体の片方を横から現れた誰かがシールド・バッシュで突き飛ばした。


「おっ…」


 横からティフに助太刀したのはデファーグだった。シールド・バッシュで吹き飛ばされたマッド・ゴーレムの上半身が数ヤード先にドシャッと音を立てて崩れ落ちるのを見届けると、デファーグはティフの方を向き、気配だけを頼りに地面のスライムを突き刺して言った。


「じゃ、じゃあファドを援けないと!!」


 ティフはデファーグの顔を見、しばし無言で息を整えてから言った。


「…分かってる。

 だが、この囲みをどうにかしないことには何も出来ん。」


「何か方法はないのか?

 アンタは俺が剣を振ってる間もずっと本をいっぱい読んでたじゃないか…」


 デファーグはファドの目をジッと見たまま、再び気配だけを頼りに地面を張っていた別のスライムを立て続けに二匹、刺し殺した。


「無い!

 この『地の防壁』もゴーレムどもも《地の精霊アース・エレメンタル》が作り出してる。

 強いて言うなら、そいつを倒してしまうしかない。」


 そうは言ったものの《地の精霊》は彼らの前に姿を現していなかった。どこにいるかも見当もつかない。ティフもデファーグもそれはずっと気にかけていた。しかし、一度たりともその姿を見ていなかったし、それという気配も見つけていない。ただ、この周辺全体がそれらしい気配で満たされているのを感じられる程度だ。


「そ、そいつは…どこにいる?」


 ティフは首を振った。そもそも本当にいるかどうかも確認できたわけではなかった。使われている魔法の種類やその強力さからおそらく《地の精霊》であろうことが予想され、そして“敵”の司令官らしき伯爵公子が「《地の精霊》様」と言っただけだ。

 もしかしたら“敵”の方こそ重大な大協約違反を犯していて、本来ならムセイオンに報告されるべき強力な魔力の持ち主が秘匿されているのかもしれない。そしてそいつが地属性の魔法の使い手で、彼ら『勇者団ブレーブス』を通じて存在がバレそうになったので、《地の精霊》がいるかのように偽装しているのかもしれない。

 もっとも、今のこの世界ヴァーチャリアで彼らハーフエルフを上回る魔法の使い手がいるなど、現実味のある話ではなかったが・・・。


「分からない。お前だって見つけられないでいるんだろう?」


 ティフがそう言うとデファーグは悔しそうに顔を歪めた。それを無視し、ティフは離れた場所で動かないままジッとしているロック・ゴーレムを見た。


「強いて言えば、アイツの中かもな。

 少なくとも、今この場にいる“敵”の中で一番強力そうだ。

 なのに、あそこに姿を現して以来ずっと動いていない。

 安全な場所からマッド・ゴーレムたちを操っているんだ。」


 その予想は全くの当てずっぽうだった。ロック・ゴーレムから特別強い気配を感じるというわけではない。ただ、ティフたちが夢中になって読み漁ってきた英雄譚に登場する敵のボスは、だいたい手下に戦わせて自分は何もせず、最後に追い詰められてからようやく戦い始めることが多かった。この場でそれに近い存在といえば、ロック・ゴーレムだろう。


「アイツか…」


 デファーグはロック・ゴーレムを睨むと剣を握り締めた。その形相からデファーグが何を考えているか気が付くと慌て始めた。


「お、おい…デファーグ?まさかお前…」


「アイツを倒そう。」


 言うが早いかデファーグはロック・ゴーレム目掛けて駆けだしていた。


「あ、おいデファーグ!!…クソッ、みんな!デファーグを援護しろ!!

 ペイトウィン!ロック・ゴーレムをれ!!」


「ええ!?マジかよ!」

「まだ雑魚モンスターいんだぞ!?」

「他のマッド・ゴーレムとかは!?」


 ロック・ゴーレムへの攻撃を優先する判断に他のメンバーたちは驚きの声をあげた。彼らは軍事に関する教育はほとんど受けておらず、彼らの戦いに関する知識は歴代ゲーマーに関する英雄譚や軍記ものの読み物から得た物ばかりだ。そして、そうした読み物の中の主人公たちは雑魚を片付けてからボスを倒すのが最も一般的な流れだった。このため、彼らはまずマッド・ゴーレムを片付け、それからロック・ゴーレムを倒さねばならないと無意識に思い込んでしまっていたのだった。

 

「後回しだ!

 ロック・ゴーレムを先にる!

 ペトミー!スワッグ!スマッグ!ナイス!

 お前ら四人で他のゴーレム抑えといてくれ!

 俺とスモルとスタフとペイトウィンでデファーグを支援だ!

 他はロック・ゴーレムを優先にバックアップ!」


 ティフも支持を出しながらデファーグの後に続く。それに応じて『勇者団』はフォーメーションを変え、スモル・ソイボーイと復帰したばかりのルイ・スタフ・ヌーブがロック・ゴーレムの方へ駆けだした。


 しかし、彼らの前方をロック・ゴーレムに向けて走っていたデファーグの前に、さっきまでロック・ゴーレム同様ジッとしたまま動かないでいた大きなマッド・ゴーレムたちが二体立ちはだかり、デファーグの行く手を阻む。それらは今まで彼らが戦ってきた小さい方のマッド・ゴーレムと動きは同じだったが、サイズがまるで違う。デファーグより頭二つ分は背丈が高く、脚の太さだけで人間の胴体と同じくらいの太さがあり、胴体はデファーグの剣の全長よりもずっと太い。


「クソっ!」


 デファーグはマッド・ゴーレムの胴体は両断できないと判断し、剣を横なぎに払ってその脚を刈り取る。しかし、さすがに人間の腰回りほどもある土の柱を二本立て続けに着ることはできず、右側にいたゴーレムの片脚を切断し、デファーグの斬撃はもう片脚の半ばあたりで勢いを殺されてしまう。


 ズドドーッ


 右側にいた方のマッド・ゴーレムは片脚を失い、その場で倒れた。だが、左側にいた方のゴーレムがデファーグに掴みかかる。デファーグは逃げきれず、やむを得ず盾を突き出すが、マッド・ゴーレムの両手を同時に防ぐことはできずに捕まってしまった。


「デファーグ!待ってろ!!」


 一足先にデファーグに追いついたティフがデファーグのすぐ左側から飛び込み、地面を前転してマッド・ゴーレムの横をすり抜けながら、持っていた舶刀カットラスでゴーレムの右足首を切りつけた。その足首だけでも人間の太腿くらいの太さはあったが、それでもティフの舶刀に八割方斬られて体重を支えられなくなり、ゴーレムはドスンと膝をついてしまう。


「おおおおっ!?」


 デファーグはその隙にマッド・ゴーレムの首を剣で突き刺したが、崩れてきたマッド・ゴーレムの体重を支え切れずに押しつぶされてしまった。


「炎を司る精霊よ、我が呼びかけに応え、ここに集え。

 我の捧げる魔力を対価に、万物を焼き尽くす爆炎をもて、我が敵を滅せよ!!」


 ペイトウィン・ホエールキングが呪文を唱えると、彼の持った杖の先に炎の球体が現れる。

 

「ファイア・ボール!!」


 ロック・ゴーレムに向かって杖を振るうと、その先に生じていた炎の球体がロック・ゴーレム目掛けて飛び出した。『火炎弾』ファイア・ボールは途中でスタフの頭をかすめ、ロック・ゴーレムに向かって真っすぐに飛び、その顔面に直撃した。


 ボファッ!!


 視覚的には派手な爆発が起こったが、ロック・ゴーレムはビクともしない。


「熱っ!今かすった!今かすった!!」

「効いてねーぞ、ペイトウィン!?」


 スモルとスタフに文句を言われ、ペイトウィンは罰が悪そうに頭を掻く。


「あっれぇ~~?」


 彼はここへ来てどうもいいところが無い。『火炎弾』は彼の最も得意で最も好む魔法だったが、どうもうまく決まらない。


「ペイトウィン!

 岩に炎は効かない!!

 違う奴か、もっと強い魔法だ!!

 スモル!先にこっちに来てくれ!

 デファーグが埋まっちまった!!

 早くしないと、ゴーレムが復活しちまう!!」


 ティフが土に埋まってしまったデファーグを援けるためにマッド・ゴーレムの残骸を掘りながら叫ぶ。だがスモルもスタフもそれどころではなかった。他の四体の大きいマッド・ゴーレムも動き出しており、そのうちの二体に彼らも捕まってしまっていたからだ。


「無理だ!こっちも、クソッ!このデカブツめぇ!!」

「ペイトウィン!ソファーキングでもいい!コイツをどうにかしてくれぇ!!」


 スモルとスタフはそれぞれ大きいマッド・ゴーレム一体ずつに釘付けにされてしまっていて、その攻撃を凌ぐので精一杯になってしまっていた。小さいマッド・ゴーレムは残り六体だというのに、そこに大きいマッド・ゴーレム六体が参戦し、彼らのフォーメーションは完全に崩されてしまう。


 彼らの戦況はますます混迷の度合いを深めていくのだった。

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