第998話 外出の理由
統一歴九十九年五月十日、朝 ‐
「……外出の許可だ?」
クィントゥスはわずかに
リュウイチの降臨と存在を秘匿するため、アルビオンニウムに派遣されてリュウイチの降臨を知ってしまった
そうした経緯から若くして
特務大隊の将兵はもちろん、ネロたちもクィントゥスの許可がなければ
ただ、クィントゥスに分からないのは何故、今このタイミングでネロが外出を求めて来たかだった。
基本的に特務大隊の軍団兵は外出禁止になっているが、妻子のある軍団兵については特例で外出許可を出している。クィントゥス自身も幾度か家に帰り、家族に会ってもいた。アルビオンニウムから帰ってきているのに、家族でさえ全く会えないという状態が続けば、さすがに怪しまれもするだろうし人々の注目を却って集めてしまいかねないからだった。もちろん、様々な制限を設けたうえでの話で、無制限に要塞の外へ出れるわけではない。
しかし、リュウイチの奴隷になった八人についてはまだ外出許可を出したことがなかった。彼らの中で妻子を持つ者は一人もいなかったし、外出できるのは基本的に妻子のある者が妻子に会いに行く場合だけという話は最初からしてあったので、そもそも外出許可を求めて来る者がこれまでいなかったのである。
クィントゥスは身体を右に傾けて頬杖をついた。
「何のために?
誰に会いに行く?」
妻子の無い者には外出許可を出さない。手紙を出すのは許可するが検閲はする。それが今の方針だ。曲げたことは無い。もちろん公務は別だ。リュキスカやルクレティアに関することで奴隷たちが外出しているのはあくまでも公用扱いで、私用とは話が別である。
公用でももちろん警備の都合上、クィントゥスが承認しなければならない点は同じだが、公用での外出許可申請であれば今のネロのような態度など取りはしないだろう。
「そ、その……母に……母に会いに行きます。」
「
「はいっ!
母が……知ってしまったんです。
私が、奴隷になってしまったことを!!
だからっ!」
ネロが黙ったのを確認したクィントゥスは顔を
「私用で外出許可が出るのは妻子に会いに行く時だけだ、ネロ。
母親は妻でも子でもないだろう?
外出許可は出せんよ。」
予想は出来ていたとはいえ、あまりに冷たい反応にネロは絶句する。そのネロにまるで捨てられた犬みたいな目を向けられたクィントゥスは、その視線から呆れを装って顔を背けた。
「だいたい、手紙を出せば済む話だろう!?」
頬杖をつき、壁際の調度品でも物色するように顔を背けたままクィントゥスが
「手紙は……手紙では、ダメなんです。」
クィントゥスは顔を背けた姿勢のまま、目だけをネロへ向ける。
「何でだ?
今までだって母親に手紙を出してただろ!?」
ネロはこれまで何度か母親に手紙を出している。クィントゥスはこれまでにもネロが出した手紙のいくつかについて、自ら検閲していたから覚えていた。それだけじゃなくネロが奴隷に落ちる前、ネロの母親は
「手紙は……手紙だと……伝わらないことも……
いや、信じてもらえない……」
ネロは手紙を書いていた。出していた。それは届いている。叔父のセウェルスの話からも、母がネロの手紙を読んでいたことは間違いない。だがネロはその手紙の中に自分が奴隷にされてしまったことは書いてなかった。隠していたのだ。特殊な作戦に参加することになったから当分帰れないけど心配しないで……そういう嘘で誤魔化そうとしていた。母からの返事の手紙の内容は、ネロの嘘を信じてくれているようだった。体に気を付けて、頑張ってね……そう
しかし現実は特殊作戦などではなく、軍命に背いて自分の
仮にそうではなかったとして、いったいどう書けばいいのだろうか?
母からはネロが奴隷に堕とされたことを確認する問い合わせのようなものは来ていない。にもかかわらずネロの側から奴隷に堕とされた事について弁解するような手紙が届いたとしたら、ネロの母親側からしたらそれこそ信じられないのではないか?
何で
ネロの弁解の手紙を受け取った母はそう疑問に思い、なおさらネロの手紙を疑ってしまうだろう。セウェルスが母からの問いかけに知らぬ存ぜぬで通している以上、ネロは母が
それよりなにより、もしも母を落ち着かせるために母が多少なりとも納得するように説明しようと思ったら、どうしたところでリュウイチのことに触れないわけにはいかない。だが、手紙でリュウイチのことに触れることはできない。そんなことが書かれた手紙など、クィントゥスも認めるわけもない。やはり、手紙ではダメなのだ。
「とにかく、直接会わなきゃいけないんです!!」
「ダメだ!」
クィントゥスは椅子の肘掛けを手で叩いてネロを叱った。
「だいたい、会ってどうする!?
降臨がありました、降臨者様にお仕えすることになりましたって言うつもりか!?」
ネロは再び唇をギュッと結んだ。
そう、手紙だろうが直接会ってだろうが、結局母を納得させるためにはリュウイチのことに触れないわけにはいかない。そこに触れずに母を落ち着かせようにも、まず納得しないだろう。そして、リュウイチのことに触れる可能性がある以上、ネロの外出をクィントゥスが認めるはずはなかった。
そして、クィントゥスとしてはもう一つ、懸念せねばならない事柄があった。
「だいたい、何でお前の母上はお前が奴隷になったことを知ったのだ?
お前はそのことをどうやって知った!?」
そう、ネロが要塞の外の出来事を知っている。ネロが奴隷に堕とされたことは隊内では既に公表されていることだからネロの母に知られてしまうのは仕方のないことだが、ネロの母が知ったことをネロが知っているのが問題だ。それはつまりネロが外部との接触を持っているということだからだ。もしそのルートを通じてリュウイチのことが漏れる可能性があるのであれば、その対策をせねばならない。
「それは……」
「それは?」
ネロは
「叔父上が……」
「叔父上?」
「はい、叔父のアヴァロニウス・ウィビウスです。」
「アヴァロニウス・ウィビウス……
クィントゥスは酒保開設の際に初めて出会い、世話になったセウェルスを思い出し、驚いた。ネロと同じアヴァロニウスという氏族名を名乗ってはいたが、アルビオンニアにはアヴァロニウス氏族は珍しくない。このため、まさか親戚だとは思っていなかったのだ。
「はい、その、叔父に聞きました。
母が、私が奴隷に堕とされたことを知ったと……
それで、ショックで寝込んでしまったと……」
床に視線を落としたままのネロは気付いていなかったが、クィントゥスは驚いた表情のまま額に手を当てていた。
そういえばコイツも一応、
沈黙が続き、不審に思ったネロがふと上目遣いでクィントゥスを見上げると、それに気づいたクィントゥスは咳ばらいをして姿勢を正した。
「う、うむ……事情は分かった。
だが、やはり私の一存では許可は出せん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます