追いかけっこ
第923話 森の異変
統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ 『
ブルグトアドルフの街から東へ森へ分け入り、馬車で二時間ほども進んだところにその山荘はあった。レオナード・フォン・クプファーハーフェン男爵がレーマ留学から帰って間もない頃、まだ叙爵する前でレオナード・フォン・アルビオンニアと名乗っていた頃に狩猟を
しかしこの山荘、視界が開けているのは北側ばかりではなかった。東から西へ伸びる尾根のような丘の途中に建てられただけあって、南側にも視界は開けている。昼間に遠く見渡せばライムント街道の
このような立地に建てられた山荘から見渡せる範囲では、この夜中に人工の光など一切見えない。存在しない。
もっとも近くに人が住んでいるのはブルグトアドルフの街と
このような状況でウッカリ光が漏れようものなら、見た者はたとえそれが素人でも「
「!」
誰かに起こされたような気がして、クレーエは突然目が覚めた。パッと開かれた目には暖炉で赤くなった炭とチロチロと小さく踊るオレンジ色の火が映る。それ以外に動くモノは一切ないし、周囲からは雑魚寝している盗賊たちの静かな寝息が聞こえるばかりだ。
なんだ……やけに胸騒ぎがしやがる。
クレーエはむっくりと起き上がった。暖炉の火の光はホール全体を照らすにはあまりにも頼りなさ過ぎたが、暗さになれた目にはホールの白い壁や黒い柱のコントラストを見分けるぐらいは出来る程度の光を
家具も調度品もすべて撤去されたホールはやけに広くガランとしているが、広い床のところどころに
昨日五月八日の早朝、シュバルツァー川のほとりでクレーエはペトミー・フーマンから盗賊たちを再集結させるよう命じられたのだ。盗賊たちの大部分はあのブルグトアドルフの乱戦で捕まるか殺されるかしてしまった。あの混乱の中から無事に逃げ延びることができたほどの盗賊なら、おそらく簡単には見つからないだろう。再集結にも応じないはずだ。
だが、当初の予想に反して盗賊たちは割と簡単に次々と見つけることが出来た。不思議なくらいに勘が働き、森に潜んでいた盗賊たちをすぐに見つけることが出来たのだ。中には寝ている間に季節外れの
見つかった盗賊たちも意外なほどすんなりクレーエに従った。「逃げてもいいんだぜ?」と逃亡を
変に買いかぶられちまったな……面倒くせぇ……
クレーエ本人からすればせっかくのチャンスだというのに逃げきれなかった間抜けどもに
結局、クレーエは十三人の盗賊たちを再集結させることに成功した。スワッグ・リーが拾って来た二人とレルヒェとエンテを合わせて十七人……今この山荘にはクレーエを含めて十八人の盗賊が集まっている。そして交代で見張りに立っている四人を除く十三人がクレーエと共にホールで寝ていたのだった。
そのホールのドア一つの向こうで人の気配がしたかと思ったら音もなく開き、向こうから見覚えのある顔が現れた。
「おっ、
入ってきたのはエンテだった。他の盗賊たちを起こさないように小声でクレーエに呼びかけると、コソコソと足音を抑えながらまっすぐクレーエ目指して駆け寄って来る。
「起きてたんなら丁度いいや!」
「何だ、何かあったのか?」
エンテは今晩三組目の見張り番の一人の筈だ。その彼が見張りに立っていたのだとしたら、陽が落ちてから四時間以上経過していることになる。エンテはクレーエの座っているすぐ近くまで来ると滑り込むように膝をつき、クレーエに顔を突き付けた。クレーエは思わず顔を
「来てくれ、外の様子が変だぜ?」
「変?」
「何だ、何かあったのか?」
クレーエの近くで寝ていたレルヒェもむっくりと身体を起こした。
「何だ、お前も起きてたのかレルヒェ?」
「ついさっき見張りを交代して寝入りばなさ。
それより何があったんだよ?」
目をこすりながら起き出してきたレルヒェに
「それが変なんだよ!」
「だから何がだ?」
「それがよ、南西の森ん中で急にパァッと火が上がってさ。
火事かと思いきやそれがすぐに消えてさ。
それがだんだんコッチへ近づいてるみたいなんだ。」
「「???」」
要領を得ない説明で状況を理解できないクレーエとレルヒェが互いに顰めた顔を見合わせると、エンテは腰を浮かせてクレーエの服を掴んで引っ張った。
「とにかく来てくれ。
直接見てもらった方が早ぇえや!」
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