第560話 呆気ない幕切れ
統一歴九十九年五月七日、夜 - ブルグトアドルフ礼拝堂/ブルグトアドルフ
「ヒール!」
ルクレティアが唱えると、両手で持った
通常、
本来のルクレティアがそうであるように、施術者の魔力が低い場合は被術者の魔力を消費して補われることもあり、その場合はただでさえ負傷によって体力を消耗した怪我人から魔力を奪うため、却って死期を早める結果になることすらある。
だが、今のルクレティアの場合は違う。
リュウイチから授かった
その代わり、魔力消費が激しい。ルクレティアにしても『聖なる光の杖』があるからこそ発動できているのだし、仮に普通の人間が『聖なる光の杖』を使って同じ治癒魔法を使いでもしたら一発で魔力欠乏を起こして死んでしまうだろう。ゲイマーの血を引く魔力に秀でた
だが、それでも自分が本来保持している魔力の全量を上回る魔力を消費しているのである。まったく影響がないわけではない。
「ふぅ…」
治癒魔法に成功した事を確信して一息ついたルクレティアは安心したように息を吐くと、
「
「
ルクレティアの傍らに立っていた奴隷のリウィウスと侍女のクロエリアが咄嗟にルクレティアを支える。
「「ルクレティア様!!」」
アロイス・キュッテルやセルウィウス・カウデクスほか同室していた軍人たちが驚いて声をかけると、ルクレティアは少し額を抑えながら姿勢を戻した。
「だ、大丈夫です…ちょっと、目眩がしただけで…」
「や、やはりこのような大魔法を御使いになられたのですから、ご無理はなさらない方が…」
ルクレティアが魔道具によって治癒魔法を発動させるところを初めて見たアロイスは心配なようだった。彼は魔法については素人だが、それでも魔法を使いすぎたり大魔法を発動させるなどして魔力を使いすぎると命に関わることぐらい承知している。ルクレティアはメークミーを治癒する前にカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の治癒を終えたばかりだったのだ。
「いえ、本当に大丈夫です閣下。
私にはコレがありますから…」
ルクレティアはそう言うと自分の左手の薬指に嵌めた『魔力共有の指輪』を大事そうに撫でた。それは今ほのかな光を放っており、ルクレティアに今も魔力が供給されている事を物語っている。ルクレティア自身、左手の指輪から魔力が流れ込んできて自分の中を満たしていくのを感じ、どこかうっとりとした表情を浮かべている。
「そ、それならいいのですが…」
アロイスはルクレティアがリュウイチから受け取った魔道具についてある程度話は聞いている。だが、軍の装備品である
たしかに、これまで見たこともないような、それこそゲイマーの伝説で語られるような治癒魔法は見させてもらった。だが、その魔力はやはりルクレティア自身のものだし、それを魔道具を使って補充できると言われても実際にルクレティアが目眩を起こしているのを見ると本当なのかどうか疑わしくなってもくる。
しかし、ルクレティアが大魔法を使うのをこの数日で幾度か見て来た他の者たちはアロイスほど
「ルクレティア様。
その…恐れ多いのですが、伯爵公子閣下はもう大丈夫なのですか?
まだ、御目覚めにならないようですが…」
ルクレティアは百人隊長の方を見ると優しく微笑む。
「はい、御身体の方は完全に治っておられます。
ただ、気を失っておられたのでそのまま寝ておられるだけでしょう。
体力も大丈夫なはずですが、もし状況が許すようでしたらこのままここでお眠りになられた方が良いと存じます。」
ルクレティアは今回初めて普通の治癒魔法よりも上位のハイ・ヒールをカエソーに使用していた。ちなみにメークミーの治癒後に目眩を起こしたのはそのせいである。
「ありがとうございます、ルクレティア様!
ルクレティア様の御部屋も取り急ぎご用意いたしますので、どうかルクレティア様もお休みを…」
まだ、カエソーが目覚めるまでは安心しきれないが、それでも百人隊長は膝をついて礼を述べた。
「いえ、私は未だ、他の
「それには及びません!
軍団兵どもは既に《
「全員!?
もう、ですか?」
百人隊長の報告にルクレティアは驚いた。確かに《地の精霊》に負傷兵の治癒を頼んだのはルクレティアだが、負傷兵はあの場に何十人と居たはずなのだ。《地の精霊》は一人なのだから、一人ずつ治癒したとして半時間以上はかかるはずである。だからルクレティアはまだ半分も治癒は終わっていないだろうと考えていた。
「ハッ、ルクレティア様が礼拝堂を後にされてから、《地の精霊》様はあの場にいた者ども全員を一度に治癒されまして…もう、全員任務に復帰しております。」
ルクレティアは何か自分の出番を奪われた様な、どこか拍子抜けしたような気分になった。実際、彼女の顔にはそんなどこか呆けたような表情が浮かんでいる。
「で、でも、まだこれから怪我人が出るかもしれないのでしょう?
戦もまだ…」
すると今度はアロイスが答えた。
「いえルクレティア様、戦はもう終わっております。」
「終わってる?」
「ええ、ちょうどルクレティア様が馬車から降りてこられた頃、戦闘終結を告げる緑の信号弾が上がっておりました。」
「で、でも、外からまだ爆弾の音が…」
彼女たちがいる礼拝堂には外から時折爆弾が爆発する音が遠雷のように聞こえてきていた。だから外ではまだ兵士が盗賊たちと戦っているとルクレティアは思い込んでいたのだ。
「ああ、あれは戦闘ではなく、消火活動の音でしょう。」
「消火!?」
「はい、燃えている建物を壊すのに、爆弾を使ってるのです。
戦闘ではありません。」
ところが破壊消火には人手が要る。火災が起きている建物を、あるいは隣接した建物を他へ火が燃え広がる前に急いで破壊しなければならないのだから、まともにやったら結構な人数が要るのだ。ところが今、兵士の多くが盗賊の掃討に駆り出されていて消火に割り当てられる人数が十分確保できない。そのため、手っ取り早く爆弾を使って家屋を破壊しているのだった。
まだまだ、自分の出番はこれからだ・・・そう思って気を張っていたルクレティアは文字通り肩透かしを食らった状態になってしまった。
「と、盗賊の方は、じゃあ全員追い払ったのですか?」
今度はサウマディアの百人隊長が報告する。
「はい、ほぼ全員捕まえたとのことです。」
「捕まえた!?」
百人隊長もルクレティアらと共にこの部屋に来る直前に報告を受けたばかりで詳細は確認できていなかったし、自分自身納得も理解もできていなかったのだが、彼は少し
「はい、その…なんでも、盗賊どもが全員、突然倒れて寝始めたとかで…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます