第1121話 ラーウスとルーベルト
統一歴九十九年五月十一日、夕 ‐
この状況で使われていないはずの陣営本部を
そのマニウス要塞に貴族たちが集結している。
ルキウスはアルトリウシア領主として復旧復興事業を指導するためであり、特に
偽装とはいえこうした表向きの理由がある以上、世間に不審に思われることのないよう偽装に即した行動を示さねばならない。先週、先々週とエルネスティーネたちは要塞司令部の
まだマニウス要塞に収容されている避難民たちが要塞司令部前の
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民衆から湧き上がるドイツ語とラテン語の称賛の声にエルネスティーネは軽く手を挙げて答え、馬車へと乗り込んでいく。エルネスティーネを称える歓声は馬車が走り出し、警備厳重な要塞司令部裏の立ち入り禁止区域の方へ消えてもしばらく続いた。
万雷の歓声の中、マルクス、そしてルキウスとアンティスティアの子爵夫妻もそれぞれの馬車に乗り込み、続いていく。それを要塞司令部の正面玄関に並んで見送る家臣や軍人たちの中で、
帝都レーマで生まれ育った彼が立身出世を夢見てアルトリウシアの地を踏んだのは一昨年の十一月……まだ一年半ほどしか経っていない。その時はまだフライターク山が噴火して半年も経っておらず、放棄が決まった州都アルビオンニウムから大量の難民がアルトリウシアへ流れ込みつつある最中だった。アルビオンニウムから避難民を送り出し続けたエルネスティーネが家族を引き連れてアルトリウシアに入城したのは、それから半年後の去年五月のこと……今からちょうど一年前のことである。つまり、ラーウスはエルネスティーネと面識を持ってからまだ一年経っていないのである。
初めて会った頃、エルネスティーネは気丈に振る舞ってはいたものの、見た目はどう見ても疲れ切った未亡人そのものだった。人気もさほどあったという印象は無い。だというのに今はどうだ。この一年、徐々に属州領民たちの支持を集めつつはあったが、
「すごい……」
口から洩れたその言葉は、素直な感嘆の言葉だった。帝都レーマで今のエルネスティーネほど民衆に支持される貴族はそれほど多くは無い。ラーウスが直接見た中でこれほどの民衆が熱狂するのは
「災難の中でも常に領民を想い、慈悲を垂れる……
感動を新たにしているラーウスの背後から、厳かな調子で男が語り掛けた。驚き振り向くラーウスの目に映ったのはルーベルト・アンブロス……侯爵家の筆頭家令その人だった。
……いつの間に……
玄関口を挟んで反対側に並んでいたはずのルーベルトが近づいていた事にも気づかなかったとは、ラーウスも余程エルネスティーネの人気に意識を捕らわれていたようだ。
ギョッと驚いた瞬間に素の姿を見られた気恥しさからラーウスは苦笑いを浮かべる。
「お恥ずかしい……
ラーウスが「侯爵夫人」の部分だけをラテン語のマルキオニッサではなく、ドイツ語でフュルスティンと呼んだのに気づいたルーベルトはフフンと楽し気に笑う。
「すべては
ルーベルトの言う「信仰」にラーウスはピクリと小さく頬を震わせた。多くのレーマ貴族にとって……特にヒト以外の種族にとってそうであるように、ラーウスにとってもキリスト教は“敵”の宗教であり、ランツクネヒト族のレーマ正教会に対してもどこか
「しかし、侯爵家の家臣たる我々は奥様御自身の献身と信仰とに頼り切るわけにはまいりません。むしろ我々はそれを御支え申し上げる立場にあるのです。」
「?」
何を言っているのだ?……内心では戸惑いつつも表情を保ち続けるラーウスにルーベルトは相談を持ち掛ける。
「失礼、
管轄外のこととは承知しておりますが、一つ軍事の専門家として御意見を伺いたいのです。この後少し、お時間をいただけますか?」
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